第10話 秘密
リナは、医務室の火災からユリウスが自分を心配してくれていると思うようになった。
ユリウスが結界の前で、自分のいる建物を見ていたこと。
火災のあと、怪我がないか何度も確認したこと。
そのどちらも、リナにとっては特別な意味を持ったらしい。
ユリウスは、彼女の誤解を訂正しなかった。
「これ、持っていて」
放課後、リナが小さな銀色の飾りを差し出した。
「何?」
「護符。うちの店で売ってるものだけど、少し術式を変えてもらったの」
丸い銀板の中央に、淡い青色の石が埋め込まれている。
「危ないことがあると、少しだけ結界が出るんだって」
「僕に?」
「ユリウスは、危ない場所へ行くから」
「閉架書庫へ連れていったのは僕だけどね」
「そういうことじゃないよ」
リナは困ったように笑った。
「ユリウスは、自分が何もできなかったって気にして、危ないことでも調べようとするでしょう?」
そのように見えているらしい。
「ありがとう。大切にするよ」
ユリウスが護符を受け取ると、リナは嬉しそうに笑った。
安価な護符だった。
ユリウスには必要ない。
それでも、受け取らない理由はなかった。
「リナに、もう1つ頼めないかな」
「どうしたの?」
「閉架書庫へ入った日の記録が残っているかもしれない」
リナの笑みが消えた。
「記録?」
「鍵を借りた人の名前や、司書室へ入った時間だよ」
「でも、先生には見つかったでしょう?」
「僕たちを見つけた人は、司書ではなかった」
「オズワルドさん?」
「名前を調べたの?」
「少しだけ」
リナは不安そうに周囲を見た。
「消したほうがいいの?」
「森林の事件を勝手に調べていたと知られたら、学院から疑われるかもしれない」
「でも、悪いことをしたのは私たちだよ」
「そうだね」
ユリウスは否定しなかった。
「だから、リナが嫌なら頼まない」
「ユリウスはどうするの?」
「僕だけで方法を考える」
「それは駄目」
「どうして?」
「また1人で危ないことをするでしょう?」
リナは唇を結んだ。
「私が消す」
「本当に?」
「うん。図書委員なら、記録簿に触れる機会があるから」
「見つかれば、今度こそ処分されるよ」
「分かってる」
リナは、ユリウスを見た。
「でも、信じてるから」
ユリウスは微笑んだ。
「ありがとう」
リナは、その言葉を聞いただけで安心したようだった。
彼女は翌日、記録簿から該当する頁を切り取った。
誰にも気づかれないよう、前後の記載を別の紙へ写し直した。
ユリウスに報告したとき、手は震えていた。
「怖かった?」
「少し」
「もうしなくていいよ」
「必要だったんでしょう?」
「うん」
「なら、よかった」
リナは笑った。
無理に作った笑顔だった。
ユリウスは、彼女の手を取った。
手を握られれば、人は安心することを知っていた。
「本当にありがとう」
リナの頬が赤くなる。
震えは止まった。
ユリウスは、その反応を見た。
好意を利用すれば、リナは規則を破る。
恐怖を感じても、自分のためなら行動する。
どこまで頼めば断るのだろう。
*
「最近、リナとよく一緒にいるな」
昼休み、学生食堂でダリオが言った。
「前から隣の席だよ」
「そういう意味じゃない。放課後も、よく2人で話してるだろ」
「相談を受けているだけだよ」
「何の?」
「言えないから相談なんじゃないかな」
「お前、変なところで口が堅いよな」
ダリオはパンを齧った。
向かい側では、リナがネネと話している。
ネネはまた数日休んでいたため、授業の内容を教えてもらっていた。
「それより、ネネは大丈夫なの?」
ユリウスが尋ねる。
「何が?」
「最近、よく休んでいるから」
「昔から身体が弱いんだって」
リナが答えた。
「寒くなると、熱が出やすいみたい」
「そう」
「心配?」
リナが、少し意外そうに尋ねた。
「同じ卓にいるからね」
「ユリウスは、やっぱり優しいね」
ユリウスは笑った。
ネネが休んだ日、ネネの席が空いていることには、すぐ気づくようになっていた。
気づいたからといって、何かを感じるわけではない。
ただ、彼女が戻ってくると、いつもの配置に戻ったと思う。
それだけだった。
「ユリウス」
ネネが呼んだ。
「何?」
「この間の生徒の名前、分かったよ」
医務室の火災で亡くなった少年のことだった。
「アレン・コール。南部の町から来た人だった」
「どうして調べたの?」
「名前も知らないままなのは、嫌だったから」
「知って、何か変わった?」
「忘れにくくなった」
ネネはそう言って、弁当の蓋を閉じた。
「今度、皆でお墓へ行かない?」
「僕たちが?」
「嫌なら、無理にとは言わないけど」
ダリオはすぐに頷いた。
「行こうぜ。助けられなかったやつだろ」
リナも、静かに賛成した。
ユリウスは、断る理由を考えた。
墓へ行っても、死者は戻らない。
アレンという名前を覚えても、自分には何の利益もない。
時間の無駄だった。
「ユリウスは?」
ネネが尋ねた。
その目に、期待が浮かんでいる。
ここで断れば、ネネは少しだけ残念そうな顔をするだろう。
ユリウスは、その表情を想像した。
「僕も行くよ」
ネネが笑った。
「ありがとう」
なぜ自分が承諾したのか、ユリウスには分からなかった。
彼女の反応を観察するためだと考えた。
それならば、説明がつくだろう。




