2-21
「本当に、ありがとうございました」
「このご恩は忘れません」
翌朝、私たち三人は村人総出で見送られていた。
何度も頭を下げられるのは少しくすぐったかったけれど、その気持ちに応えるように、イクスと私には不要な魔物の素材を村へ渡しておいた。
あれだけあれば、村の復興にも、新しい防衛用の魔術具をいくつも買える資金になるだろう。
朝早くから、自分が食べた分以上の肉や野菜を狩ってきたイクスは、眠そうにあくびをしている。
ルカもまた、豊富に集まった食材を保存食へ加工する手伝いをしていたらしい。
「ミサキさん……!」
「パーラ!」
人垣の中から、パーラが駆け寄ってきた。
その目には涙が浮かんでいる。
「本当に、ありがとうございました。ミサキさんたちがいなかったら、私たち……」
「もう。そんな顔しないの」
私は苦笑しながら、パーラの頭を軽く撫でた。
「みんな無事だったんだから、それで十分だよ」
「でも、ミサキさんも怪我を……」
「あー……見てた?」
私は思わず頬をかく。イクスが前衛で頑張ってくれたのに、流れ弾を避けられず怪我をしてしまったのがバレていて少し恥ずかしい。
実は昨日の戦闘で、私は完全に無傷だったわけではない。SSランクの魔物と戦っている最中、飛び散った衝撃の余波で腕を浅く切っていたのだ。
戦っている時は気にならなかったし、イクスに比べれば小さい傷で血もすぐ止まったから放っておいた。
けれど村に戻ったあと、服の袖に滲んだ血をルカに見つけられてしまったのだ。
『ミサキ、これは』
『ん? ああ、ちょっとかすっただけだよ』
『ちょっと、ではない』
そう言ったルカの顔は、歪んでいる。
慌てて「本当に大したことない」と説明したけれど、彼は納得せず結局イクスに魔術具を借りて、私の腕にも治癒の魔法を使うことになった。
『……あれ?』
『どうした』
治すまで逃さんと言わんばかりに私の前に仁王立ちするルカに、私は袖を捲って見せる。
傷跡の無い二の腕を。
「……治ってる」
「もう治療していたのか」
「いや正直面倒だから放っておいた」
「……ミサキ。私があれほど自分を軽く見るなと」
「わー! お説教は勘弁して!」
ルカのねちっこい説教が始まる気配に、私は失言を認めて即座に謝る。
彼は溜め息を一つ吐いて「治ってるならいい」と止めてくれたので、この話題に触れない様に違う会話を一生懸命振り続けた。
それに分かってながらも乗ってくれるルカにホッとしつつも、私は内心首を傾げる。
うーん。イクスを治療してた時に、私にも治癒魔法が掛かってたのかな。
「もう何ともないから大丈夫だよ」
私は心配げに見上げていたパーラに微笑み、そう答えた。
「……ミサキ」
「んー?」
「一緒に行かないか」
村を出て暫く一緒に歩いていた時、唐突にイクスが私に尋ねた。
少し後ろを歩いていたルカの肩が小さく跳ねたことに気付かないまま、私は即答し首を振る。
「んーん」
「……そうか」
「また一緒の仕事をする時はよろしくね。イクスが前衛だと助かる」
「俺もだ。……じゃあ、また」
「うん。またね」
イクスは軽く手のひらを向けると、取り出した転移魔石で姿を消した。
「いやー、旅に出て早々、なかなかのボリュームだったねぇ」
世界に三人しかいないはずの同業者と街でばったり遭遇し、そしてそのまま世界初のSSランクの魔物討伐。
ここ三日間の出来事が濃すぎるだろう。
「……ミサキは」
「ん?」
「ミサキは、イクス殿と共に行かなくてよかったのか?」
「?」
下を向くルカの表情は見えない。
「……。彼は、世界最強の剣士なのだろう? ……いつもどこかで名を聞いた」
「ルカ?」
「年頃の女性たちの話題には、必ずと言っていいほど出てくる男だ。力があり、権力があり、財もある。……この世界では、誰もがそういう者の隣にいたいと思うものだろう」
何が言いたいのかは分からないが、さっきのイクスの誘いを断った理由を聞いているのだろうか。
……もしかして、ルカは自分が捨てられるかもしれないと疑っているのかな。
「ルカが私から離れたいって思ってないなら、ずっと一緒だよ?」
「…………、」
不安を取り除くつもりで言ったのだけれど、ルカは俯いたまま。
彼は納得していないようだ。
正直、イクスに対して色恋の感情はない。
お互い秘密を共有していて、背中を預けられるだけの強さも信頼もある。
でも、それだけだ。
仕事仲間への信頼は、必ずしも恋情と紐づくものではない。
向こうもたぶん、私のことは信頼できる同業者と、便利な食糧庫くらいにしか思っていないと思うよ。
S級冒険者は、強すぎるがゆえに肩へかかる期待も重い。
対等に命を預け合える仲間は、本当に少ない。
サポートしてくれるギルドの仲間はいる。けれど、同じ目線に立てる人はほとんどいない。
特に大きな戦いでは、必ずリーダーになって仲間や一般の人たちを守らなければならないし、いざとなれば自分が最前線で盾になり、すべての命を救わなければならない役割がある。
あの重圧は、背負う側にならなければ分からないだろう。
だから同じ立場であるイクスとは、他の仲間とは違う部分で分かり合えている部分がある。
S級冒険者だからこその心境は、他の仲間に感じるものとはまた別物なのだ。
「だが……」
「うーん。何て言えばいいのかなあ」
そして、この世界には「強い者ほど美しい」という価値観がある。
特に力の庇護が必要なものほど、それに惹かれる傾向が強い。
刷り込みなのか、無意識なのか、判別はつかないが、それが自分の生存率に直結するからだろう。
魔物が蔓延るこの世界で、強者に守られることは生き残る上での手っ取り早い手段だ。
実際、金持ちは護衛を雇うし、金のない者は雑用をこなす代わりに強者の守りの傘に入ることで身を守る。
特にルカは育った環境のせいか、私が付き合ってきた人々の中でもその傾向が強い方に感じた。
だから、それをルカにイクスとの関係を長々と説明しても伝わらない気がする。
彼から見れば、私とイクスが一緒に行動しない方が不自然なのかもしれない。
私とイクスは互いに強い。しかも得意分野が違うので互いに協力すれば無敵に近いし、共に戦ってきたという積み上げた信頼もある。
だからこそ、ルカは難しい顔をしているのだろう。
他人と共に過ごさない事情はいろいろある。何と言えば伝わるのか。
少し悩んだ末、私はシンプルに。
だけど一番の理由を口にした。
「――だって、イクスは首輪してないもん」




