2-20
「後にして」
「? 分かった。待つ」
ルカが何か大事な話をしようとしている。
そう思った私は、無情にもイクスを追い払おうとした。
まあギルドメンバーなんてみんなこんな扱いだ。熱い信頼もあるが、ドライな関係でもある。
それに慣れているイクスのはずだが、意外にも彼は引かなかった。
「いや、明日にして」
「今日がいい」
いつもなら頼めば大抵のことは聞いてくれるのに、なぜか今日に限って居座る気らしい。
首を傾げつつ、私はルカへ向き直った。
「場所、移動しようか」
「……いや、いい」
「?」
人に聞かれたくない話なのかと思って提案したのだけれど、どうやらルカの意識はそこからずれてしまったようだ。
自分が言おうとした内容を忘れ、青白い顔でイクスが抱えている巨大な魔石を凝視している。
「震えてるけど、大丈夫?」
「………………大丈夫だ」
ふるふると震える体で神妙な面持ちで頷く。
……いや、全然大丈夫そうには見えないのだが。
けれどルカは意外と頑固だから、平気だと言った以上、簡単に意見を曲げないだろう。
もう先ほどの話の続きを聞くのは難しそうだ。
「ならミサキ、俺の頼みを聞いて」
「……あのねえ」
そんな内情など知らないイクスは、相変わらずのマイペースさで話しかけてくる。
というか、その抱えている魔石。SランクとSSランクの魔物からドロップしたやつだよね。
「……うん?」
ふと視線を動かすと、少し離れたイクスの背後の物陰から、村人たちがこちらを窺っているのが見えた。何だろう。
「これ」
「え?」
「……っ」
しかしそんな事など気にしないイクスはずい、大きな魔石を私の顔面に差し出した。主張が強い。
「すごい大きさだねぇ」
ドロップする魔石は個体差はあるが、基本的にランクが高いもの程大きくなる。
魔石の大きさは魔力の保存容量に直結するので、当然その分だけ価格も跳ね上がるという仕組みだ。
Sランクでも充分大きいが、SSランクの魔石はさらに別格だな。こう改めて見るとかなり大きい。
……正直、持ち運びには向かなそうである。
「おおっ!!」
「まじか!」
「え、星持ち同士で?!」
「大ニュースがこんな小さな村で……!」
「……ん?」
かなり高価な魔石に対して、邪魔になりそうだな、などと失礼なことを考えていたら、物陰に隠れていた村人たちが一斉にざわめいた。
「何?」
不思議に思いながら、まずはイクスに問いかけた。
魔石は山分けで話はついている。
Sランクの魔石は私とイクスで四つずつ。
SSランクの魔石については、記録はとったから後は一欠けらだけギルドに送って、あとは二つに割って分けると決めたはずだ。
「……人気がない場所で話がしたい」
イクスは静かにそう言った。
二人きりで、なおかつ彼の気分が乗っている時は別だけれど、基本イクスは無口である。
だから時々、言いたいことが分かりづらい。
私は首を傾げて、少し考える。
そして、ようやく思い当たった。
「……あー、なるほど。分かった」
魔力が食べたいんですね。
こんな大きな魔石、見たことないもんね。そりゃすぐ食べてみたいかあ。
「ここじゃ人目があるから、場所を変えようか」
ひもじい思いはつらいよね。
私も労働後のご飯のありがたみを噛みしめていたところだったので、危険な前衛を頑張ってくれた仲間の可愛らしい要望に応えることにした。
「ッキャアアアア!!」
「ええええ!?」
「マジ?! マジか!!」
私が立ち上がった瞬間、離れた場所で様子を窺っていた村人たちが一斉に叫び出す。
「え、何?」
「…………気にするな。行こう」
突然の歓声と悲鳴に困惑し、私は村人たちとイクスを交互に見た。しかし誰も理由を教えてくれない。
若者たちは興奮し、大人たちはにやにやしている。
イクスは理由を分かっているのかいないのか、いつものようにマイペースのまま周りを一切気にしないまま、森の奥へと進んで行った。
村の人たちはチラチラとこちらを伺っているので、話の中心は自分たちらしい。なのに本人である私だけ理由が分からないのは、なんだか面白くないぞ。
その状況にやきもきして、私は一番頼りになりそうなルカへ顔を向けた。
「ル、…………え?」
けれど、言葉が止まった。
「…………」
ルカは、見たこともない表情をしていたからだ。
何かを言いたげで、けれど必死に呑み込んでいるような。
叫び出したいようで、泣き出しそうな。
……そんな複雑な感情が、そこに浮かんでいた。
「ルカ、」
「い、いや…………。……何でもない。大丈夫だ」
「でも」
「ほら、イクス殿が待っている」
私が口を開こうとすると、それより先にルカが遮った。
笑顔を浮かべているが、これは必死に何か自分の感情を殺している時の表情だ。
「ルカ」
「!」
けれど、私はそういう関係を彼に望んでいない。
言いたくないことは言わなくてもいいが、伝えたいことがあるのに我慢するのは違う。
だから少し強めに、彼の名を呼んだ。
いつもと違う私の態度に、ルカは逃げるように一歩下がる。だけど私もそれを追うように一歩踏み出した。
その瞬間、場違いな音が夜の空気に響いた。
――グゥゥ
「…………」
「…………」
「…………」
少し先で待っているイクスのお腹が、悲しげに鳴った。
「……イクス、用事はいつものでしょ?」
「ああ」
「いつもの……?」
このまま様子のおかしいルカを放っておくことはできない。
かといって、空腹の仕事仲間を放置するのもさすがに気が引けた。
私は小さく息を吐き、二人の手を掴んだ。
「とりあえず、森に行こう」
ここは人目が多すぎる。
夜の森は危険だが、S級冒険者が二人もいれば、問題はないだろう。
私の突然の行動にルカは困惑しつつも逆らわず、イクスは無言でついてきた。
「ほら、これでいい?」
「礼を言う」
森の奥へたどり着くと、私はイクスが持っていた巨大な魔石全てに魔力を補充した。
満杯になった魔石は、幻想的な光を帯びて美しい。
イクスはいつもの無表情ではあるものの、どこかうっとりと魔石を眺めてお礼を言った。
代金を支払うと、そそくさと森のさらに奥へ消えていく。
おそらく、魔力を食べに行ったのだろう。
ここで食べなかったのは、ルカがいるからだ。
私は何も言わず、イクスの背中を見送る。
「今のは……?」
「ごめんね。言えないんだ」
私たちのやり取りに、ルカが狐につままれたような顔をして首を傾げる。
けれど、いくらルカが私の大切な人でも、他人の秘密は言えない。それとこれとは別だから。
「それで、ルカは何に困ってるの?」
けれど、ルカの悩みごと別だ。ルカにも、一人で考えたいことはあるだろう。
でもさっき村で見せた表情は、ただ困っているようではない。
私に何か言いたいことがある。けれど我慢している。そういうものに感じた。
「……本当に、何でもないんだ」
「…………そっか」
でも、ルカはさっきと違って硬く口を閉ざす。
なら、無理矢理聞き出すのも違う、よね……?
――私は、それ以上聞けなかった。




