2-17
「…………魔力、無限……?」
告げられた言葉を、俺は呆然と反芻した。
ありえない。真っ先にそう思った。
魔力とはエネルギーだ。使えば減る。人間なら眠ったり食事をしたりすることで自然回復するが、その量は微々たるもの。魔法で消費する量とは比較にならない。
だから魔法使いは魔力コントロールを必死に鍛錬するし、魔石を外部バッテリーとして重宝している。
まして彼女の場合、ドラゴンを一撃で沈めるほどの魔法を使うのだ。消費量は尋常ではないだろう。
「うん」
「……いや、うんって言われても」
にっこり! と輝かんばかりに笑うミサキに脱力する。先ほどまでの落ち着いた表情との落差が激しい。
正直かなり胡散臭いが、ここで嘘を吐く理由も思いつかなかった。
「……!」
そこで、一つの可能性に思い至る。俺にも、人とは違う能力があるではないか。
顔を上げて、俺はミサキに恐る恐る問い掛けた。
「……もしかして、特殊スキル……か?」
魔力の有無は誰にでもある。だがスキルは違う。極めて稀だ。
俺が知る限りでは、堅城くらいしかいなかった。
スキルは圧倒的な力を与えるが、同時に不便さも背負わせてくる諸刃の剣。
彼女も新人でありながら短期間で星持ちにまで上り詰めた実力者であるのだから、もしかして俺たちと同じように固有スキルを持つ類なのだろうか。
同類がいる期待感と、どうかそんな厄介なものを背負っていないでほしいという思いが胸の中でせめぎ合う。
「うん、そうだよ」
「!」
「私だけの特殊能力って言うの? ”魔力無制限”。私は魔力量が無限だから、どれだけ使っても無くらないんだー」
「ばか……!」
「ぅぐっ?!」
にこにこと笑いながら伝えられた内容に、慌てて俺は彼女の口を塞いだ。そんなこと、いくら人が少ない森の中といえこんな開けた場所で堂々と言うものじゃない。森の中とはいえ、誰が聞いているか分からないのだから。
「むー! むー!!」
「あ、悪い」
むがむがと怒っている様子の彼女に、慌てて手を離す。軽く咳き込む姿に少し申し訳なくなるが、君も悪いんだぞと責任転嫁する。まず危機感が足りない。……口には出さないけれど。
「……それ、他に知ってる奴はいるか?」
涙目で睨まれながらも、一番重要なことを確認する。この世界には、他人から魔力を奪う方法が存在する。
それは、奴隷契約と刻印だ。普通なら問題ない。たとえ奴隷側でも拒否すれば契約は成立しないし、刻印も本来は所有権を示す程度のもので、それ自体に何かを強制する力はないからだ。
――だが、世の中にはあるのだ。抜け穴が。
昔聞いた話だ。どこかの国に強制魔力搾取所というふざけた名前の施設があると風の噂で聞いたことがある。
嘘か本当かは分からないが、そこでは買ってきたり攫ったりした奴隷に、無理矢理昔禁止された強制力の強い奴隷契約を結ばせ、体内へ刻印を刻み込むという。
それで非人道的な魔力タンクの出来上がりだ。そうして魔力を吸い上げ続ける。
搾取する魔力も少量ならまだマシだが、そんな事をする奴らがその程度で満足するはずがない。
それに魔力とは文字通り魔力を持つ者にとっては生命エネルギーと等しく、限度を超えて消費し続ける状態が続くと、人体の生成維持が難しくなり最悪……死に至る。
最初は都市伝説だと思っていたが、後に摘発の記事を見た。つまりそういう施設は実在するし、方法も確率されてしまっている。表向きは壊滅したことになっているが、魔力売買は金になる話だ。ああいう連中はしぶといし、無限に湧き出てくるものだ。
そんな奴らが、無限に魔力を生み出す人間を知ったらどうなるか。……考えるまでもない。当然狙ってくるだろう。
冒険者として強くても、プライベートまで常に警戒している訳ではない。ある程度の危険は流石に分かるかもしれないが、それでも寝ている時や不意を突かれたり、数で襲われたらひとたまりも無いだろう。
そもそも俺たちは魔物相手に戦っているのだ。……人と戦うのとはまた違う。
きっと彼女の雰囲気を観察した感じ、まだ人を傷つけた経験はないように見えた。
「知ってる人はいないよ。魔力が多いのはドラゴン討伐で有名になったと思うけど」
「……そうか」
少なくとも最悪の状況ではない。それだけで少し安心する。
「何でそんなこと聞くの?」
「……はぁ。君は本当に新人なんだな」
溜め息を吐く。するとミサキは不満そうにムッと頬を膨らませた。そんな能天気な彼女に若干気が抜けながらも、俺は知っていることを全て話す。
裏社会の存在のこと、危険人物のこと、信用できる情報屋、護身用の魔術具の重要性、野営の注意点、星持ちとして生きる上で必要なこと……。
俺自身、長年この立場にいた。逆恨みを受けたことがあれば、暗殺者が寝込みを襲ってきたことも何度もある。
その経験から得た知識を惜しみなく教える。
最初は青ざめていたミサキも、途中から真剣な顔で話を聞いていた。聞けば冒険者歴は一年ほどだという。
その短期間で星持ちになったのかと内心舌を巻きながら、それなら高位冒険者として知っておくべき世界情勢も知らないだろうと思い、その辺りも一緒に伝えておいた。
「どうしてそこまで親身になってくれるの?」
「どうして初対面の俺にそんな重要なことを話した?」
会話に一区切りつき、そして一拍置いて口を開けば、質問が被った。
ぱちぱちと瞬きをする俺とミサキが数秒見つめ合う。そして噴き出した。
「あっはは! 同じタイミングだね」
「ふ、はは。そうだな」
ケラケラと笑う彼女。俺も声を出して笑ったのはいつ以来だろう。別に普段がつまらないとかそういう訳ではなく、単純に表情があまり動かないだけなのだが。
「私はただ何となく! イクス、君って相当強いでしょ」
「ミサキもだろ。……一般常識は欠如しているようだが」
「酷い! でも否定出来ない~。あはは。私はねー、なんとなく! ただ、これから長い付き合いになりそうだなって思ったから言ってみた!」
屈託なく彼女は笑う。その顔に打算は見えない。
「……奇遇だな。俺もそう思った。多分、星持ち同士だからかな。……ミサキとは長い付き合いになりそうだ」
気付けば自然と口から出ていた。同じ場所に立てる人間。俺の足を引っ張らない強者。
守る対象ではなく、対等な相手。
”城壁”以外の強者に会うのは、何年振りだろう。
「だから丁寧に教えてくれたの?」
「そうだ。……せっかく見つけた相棒候補に、くだらない理由で死なれたくないからな」
「あはは!」
冗談交じりに言えば、豪快に笑われた。
「自分で言うんだ」
「事実だろ」
「確かに!」
カラカラと笑う女の声は普段なら苦手なはずなのだが、不思議と嫌な気分にならなかった。むしろ俺まで楽しい気分を分けてもらっているような気さえしてくる。
「でもまー、助かった! ありがと!」
そう言って差し出された手を見下ろし、そして握る。
「これからよろしくね!」
「ああ、よろしく」
それはこの世界でありふれた握手。
けれど後になって思えばこの時の出会いは、きっと俺にとって特別なものだったのだろう。




