2-16
彼女と初めて会ったのはいつだっただろうか。
昔からの付き合いではない。きっかけは確か、ギルドから緊急依頼で招集された時だった気がする。
それから幾度となく同じ依頼に駆り出され、気付けば自然と気心知れた仲になっていた。
もう一人のS級――"堅城"の方が付き合いは長い。だが、あいつは大国の貴族だ。立場上そう簡単には動けない。
だから自然と、身軽な俺と彼女――ミサキが呼ばれることが多かった。
堅城との連携も悪くない。だが中・遠距離戦を得意とするミサキは単騎近距離型の俺と、相性が抜群だった。
前衛と後衛。本来なら互いの欠点を補い合う関係だ。強力な魔法使いでも敵に接近されたら脆い。だから前衛が守る。一方で前衛は敵へ近付くための援護が必要だ。特に相手が高ランクになればなるほど、その重要性は増していく。
だが俺の場合、その大半を一人で完結できてしまう。だから正直、魔法使いは護衛対象が増えてしまうようなものだった。それは前衛にも同じことが言えるが。
結局俺はギルドの提案をいつも断り、単独で討伐を続けていた。例外は同じS級である堅城くらいだ。
「まあ試しに組んでみてよ」
「……断る」
「確かに新人だけど、先週Sになった子だからイクス君にもついていけると思う」
「…………S?」
久しぶりにギルドへ呼び出された俺は、その時初めて三人目のS級の存在を知った。
「……何タイプ?」
「お、興味持った?」
「ああ」
新人という言葉に期待はしていなかった。戦闘における連携は実力だけでは成立しない。相手に命を預け、自分も預けられる。言葉だけでなく、視線や空気から次の動きを読むのは、経験でしか身につけられない。
それを差し引いても、新たに生まれたS級冒険者に興味が沸いた。
ギルドは実力主義。金を積んでもランクは上がらない。逆に一度上がれば大怪我や引退でもしない限り、自分の意思で下げることも出来ない。そんな組織の頂点。興味を持たない方が無理だった。
「魔法使いだよ」
「!」
「剣士職の君とは相性が良いかもしれないね」
俺は戦うこと自体は好きだ。それに、この特殊スキルのせいで魔石を集め続けなければならない。
この能力は食べた物に含まれる魔力を吸収し、自分の力へ変換する力。それは自分で魔力を生み出す訳ではないので蓄える魔力量が多く強力だが、同時にとても厄介な能力でもある。
理由は魔法を使わなくても、微量ではあるが魔力が消費され続けるからだ。魔力量と空腹感は連動しているのか、そのせいで俺の腹は常に満腹になることがない。立場上滅多にないが、魔力を摂取しない日が続くと酷い飢餓感に襲われて眠れないことさえある。
魔力接種の方法として、魔石や食べ物に頼らず人から根こそぎ奪う方法があるのは知っている。それは一般的には知られてない方法だが、裏の世界じゃ有名だ。冒険者をやっていれば各地を周る。光の部分を知っていれば、当然闇の部分も知る機会があるものだ。
食べ物から接種する魔力量は微々たるもので、魔石だってたとえS級と呼ばれる俺であっても常に潤沢に持っている訳ではない。
だが、どれだけ飢えようと俺はあの方法だけは絶対にやらないだろう。あれは非人道的なやり方だ。嫌悪さえする。
「その子はアルカナ王国を襲ったドラゴンを一撃で倒してね。その功績で急遽S級になったんだよ」
「……一撃?」
思考が沈んでいたところで、ギルドマスターの言葉に我に返る。
「……ドラゴンの鱗は魔法を弾くだろう。どうやったんだ?」
「そこ食いつくと思ったよ。騎士団が注意を引いてる間に近付いて、風魔法でスパーンとやったらしいよ」
「風……」
ドラゴンの鱗は剣を弾き、魔法すらも通さないとか言われてなかったか? 真実は頑丈なだけで、並外れた力を使えば魔法や剣でダメージは与えられる。事実、俺も魔力を乗せれば切れる事は実証済みだ。
騎士団が前衛代わりになったとはいえ、それを魔法使い単体で倒すとは……。
「……なかなかの腕だな」
「イクス君がそんなこと言うの珍しいね~。じゃあ依頼承諾でいいかな」
「……構わない」
ギルドマスターが嬉しそうに書類へ判を押す。俺はその横で茶請けの煎餅に手を伸ばした。この煎餅うまいな。
「相変わらずよく食べるねー。僕、見てるだけでお腹いっぱいだよ」
「……スキルのせい」
「不思議だよね。物理的には満腹なのに、魔力が満たされない限り空腹感が消えないなんて」
「……厄介だ」
おかげでいつも腹が減っている。これでもS級だから最低限の魔石が確保できているだけで。
……それでも、いつも満たされない食欲は面倒なものであることに変わりはない。
「はじめまして。よろしくお願いします」
「……ああ」
ぺこり、となんだかよく分からない動作をされた。
恐らく彼女の故郷の挨拶だろうか。冒険者には様々な土地の出身者がいるので深くは気にしない。こちらも軽く頷いた。
「早速だけど、とっとと討伐に向かいましょー」
「……分かった」
予め俺の性格を聞いていたのか、それとも察したのか。彼女――ミサキは会話もそこそこに、目的地へ向かった。俺も特に異論はないのでその後を付いていく。そんな一見ぞんざいな彼女の態度に、俺は内心ほっとしていた。
俺は星持ち。大体初対面の女から好意を向けられることも多い。付き合いの長いギルド連中は俺の性格を知っているからそんな事はあまりないが、それでもこの世界で重視されている強さを持っている。
その為、初対面の女は大体含みのある視線で見られてしまうので、それが面倒で人付き合いを避けてきたのもある。
だが今回は同じランクの女冒険者。単純に新しい強者への興味もあったが、同時に懸念もしていた。
しかし実際はどうだ。結果、俺に興味なし。
どんどん先へ進む背中からは媚びも打算も感じないし、たまに向けられる視線に熱は無い。
同じ敵を倒す仲間として対等な、そして初対面の相手への多少の遠慮。そこで俺は初めて警戒を解いた。
「……俺はスピード、パワー系の近距離型だけど、君は?」
「ミサキでいいですよ。多分、中・遠距離型かな。攻撃魔法メインの魔法使いだと思って下さい」
「……? 曖昧な言い方だな。……でもまあ、分かった。あと敬語はいらない」
「あ、そう? 先輩だから一応使ってたんだけど。実践になったら短い言葉でやり取りした方がやりやすいし、使い慣れておきたいから普段もそうさせてもらうね」
俺が後から問い掛けると、ミサキはパッと振り返って軽快に答えていく。
やはりその瞳に熱はない。”堅城”が俺に向ける目と同じだ。対等な仲間を見る視線。
……ならば俺も変に思わず、彼女を信頼しよう。
「……攻撃系って何を使うのか聞いても?」
「私の魔法は分かりやすいから構わないよ。火と風。二つともエレメントなんだよ」
魔法使いは属性によっては隠した方が上手く立ち回れる場合もあるので聞いてみたが、ミサキは教えてくれた。
正直チームを組む時は仲間の能力を把握していた方が作戦が立てやすいから有難いのだが、スキルの公開は場合によっては弱点になり得るので強制せず、個人の判断に任せている。
「……二つも使えるのか。珍しいな」
「! えへへ、そう?」
「……普通一つだけだから」
教えてくれた答えに関心して褒めれば、彼女は素直に喜んだ。俺にはない素直な感情表現に少し関心する。
「……一応俺も伝えておくと、魔法は肉体強化だ。……近距離強化型とでも言えばいいのか?」
「ブハッ! ごめん、失礼。……でも魔法も筋力って! もしかしてトレーニングマニア?」
「……む」
公開しても問題無いと彼女は言ったが、それでも大事な情報を教えてくれたお返しとして、一応自分の魔法属性を伝えた。
俺は剣を扱うアタッカーだが、魔力も適正があるので剣技と組み合わせて使っている。
元々特訓で肉体能力は限界値まで到達したが、さらに肉体強化の魔法を使ったら、人が出せないレベルのスピードとパワーが乗ったのだ。ちなみにこれを”堅城”に言ったら近接バカと爆笑していた。
「ちなみに魔法は何発打てる?」
笑う彼女に”堅城”を思い出すので話題を変えようと、話を変える。
ドラゴンを倒す程の魔法を使うのだ。大型魔法を二、三発撃てたら御の字だろう。
「何発でも」
「……?」
「だから、制限無いよ。何発でも打てる」
「…………?」
聞き間違いかと思って首を傾げれば、ミサキは苦笑して言い直す。
それでも理解出来ていない俺に、彼女は軽い口調で結構重大な秘密を言った。
「私、魔力量無限だから」
「…………………………は?」
世間で俺はクールな一匹狼だとか言われているらしいが。
この時ばかりは間違いなく、間抜けな顔を晒していたと思う。




