2-15
「雑魚は片付いたな」
「……あのねぇ、流石にSランク相手にそう言ったらギルドが泣くよ?」
風の魔法でイクスに近付く。涼しい顔で、一体いるだけで国を滅ぼしかねないと言われる魔物を雑魚呼ばわりする世界最強に、一応苦言を呈しておく。
「……もちろんミサキと俺が揃ってこその発言だ」
「…………」
突然の褒め言葉はよせやい。照れるだろ。……実際、否定は出来ないのだけれど。
Sランクの魔物は強い。それは同じS級である私たちが相手でも変わらない事実だ。だが今回は近距離戦最強のイクスと、遠距離・広範囲戦を得意とする私の組み合わせが噛み合いすぎていた。
実際、彼と組んで敗北したことはない。それどころか怪我らしい怪我を負ったことすらないほどだ。
もう一人のS級冒険者はまた別方向の戦い方をするため連携の仕方や得意な敵は異なるのだが、今はいいだろう。
「……でも本番はこれからだ」
一段低くなったイクスの声に、私も気を引き締めて前を見据えた。そこにいるのは、たった一体の黒い魔物。
だが、その存在感は先ほど倒した八体の魔物全てを足してもなお及ばない。
まるでこの世界そのものを踏み潰してしまいそうな威圧感。破壊と滅びだけを目的に生み出された存在のような禍々しさに、思わず喉が鳴った。
「……アレ、なんだろう。本当に魔物かな」
「……さあ」
Sランクの魔物とは何度も戦ってきた。だが、ここまで得体の知れない脅威を感じたことはない。
肌で感じる。……これは世界を滅ぼしかねない力だ。
「……それでも、俺たちがやるしかない」
黒い魔物から一瞬たりとも目を離さず、イクスが呟く。彼ですら警戒を隠していない。
私たちは世界に三人しかいない星持ちだ。各国に名だたる騎士や傭兵はいるが、それでも純粋な戦闘能力なら私たちの方が上だろう。
つまり、私たちが負ければ――あれを止められる者はいない。
あの黒い魔物だけは、決して野放しにしてはいけない。
「やるっきゃないね」
いつもの口調でおどけながらも気を引き締め直す。もちろん負けるつもりはない。
「……時間は?」
「十秒稼いで」
「……長いな」
「魔術回路は鍛えられないからね」
イクスが自身へ肉体強化の魔法をさらに重ねていく。彼の魔法は自身の肉体強化。元々鍛えあげているから普段は必要ないのだけど、魔法を使えばより強くなる。彼の魔力量はスキルのおかげで多いのだが、消費すると極度にお腹が減ってしまうので、あまり使わないのだ。
なお私の魔力量はどれだけ使っても減らないが、一度に放出できる量には限界がある。普段なら問題にならない欠点だが、今回ばかりはそうもいかない。目の前の魔物に最大火力を叩き込むには、少し時間を掛けて魔力を圧縮する必要があった。
「最初はノックバック狙いで遠距離魔法を撃つ。その後は集中するから援護できない」
「……分かった」
「でも情報が少なすぎる。最初は援護する」
「……ああ、その方が無難か。……あとはミサキの判断でいい」
これ以上の打ち合わせは不要だった。何年も共に戦ってきた相方だ。今さら細かい説明など必要ない。
全力で魔力コントロールに集中すると、視界の端で、自分の髪が赤と緑に染まる。
そんな久しぶりに本気モードになった私に、ごくり、と場違いな喉を鳴らす音が聞こえた。
「……なあ、ミサキ。念のため魔力喰わせてくれないか? 足りないかも」
「あれだけ長時間吸っておいて、そんなわけあるか! さっさと行け!!」
背中を思い切り叩く。断られるのは分かっていたようで、イクスは少しだけ口を尖らせながら走り出した。
もう! と思いながらも直後に黒い魔物も跳んだのが視界に入る。
私は文句の続きを飲み込み、即座に魔法を発動した。轟音と共に爆発が魔物の頭上を叩く。
衝撃でわずかに足を止めたものの、大した損傷は見られない。
――やはり通常魔法では決定打にならないか。
だが、それで十分だった。その一瞬で、最高速まで加速したイクスが黒い魔物の眼前へ躍り出る。
魔物が認識した時には既に刃が迫っていた。
だが黒い魔物は動じることなく頭を振り抜き、そのままイクスを弾き飛ばした。体格差では向こうに分があったらしい。追撃される前に私は炎の檻を展開し、魔物の動きを一瞬だけ封じる。
その隙にイクスが体勢を立て直し、再び斬り掛かった。
『……ッ!』
今度は刃が通ったようで魔物が短く声を上げた。だが傷は浅い。
――今のイクスの一撃を受けて、この程度か。やはり超魔法をぶつけないと倒せなそうだ。
「ミサキ! しばらく援護頼む!」
「了解!」
イクスも同じ判断だったのだろう。珍しく大声で指示が飛ぶ。
つまり、それほどの相手ということだ。
「……これは中々に強敵だねぇ」
私は援護射撃に集中する。正直、近距離戦ならイクスの方が私より遥かに強い。だがどれだけ達人でも攻撃の前後には僅かな隙が生まれる。普段なら問題にならない程度の時間だが、今回の相手は違った。
耐久力、膂力、速度。どれを取っても規格外だ。
「……っ! …………!」
『……! ……!』
ここからイクスと魔物の距離は離れていて声までは聞こえないが、私だけでなくイクスもだいぶ苦戦している。私も魔物がスピードが早く中々的が定まらない。多分私たちが初めて苦戦する強敵に、内心「イクスに頼まれた通り、魔力を渡した方が良かったか?」と少し不安に思う。
「いや、やっぱりそれはないな」
一瞬でも考えた内容を即座に否定する。魔力補給は魔力を提供するものであって、出力を上げるものじゃない。
それに見た感じ、大して魔力を消費していなかったし。
いや、冷静に考えるとSランク八体を倒しておいて、大して魔力量減ってないってどういうこと。
私はその事実に嫉妬と憧れという複雑な気持ちを抱く。
まあ流石”世界最強の剣士”っていう称号に相応しいのだろうけども!
そもそも私は魔力無限のせいで自分がどのくらい魔力消費しているか分からないから、比較しようがないのだけども!
「…………」
それに速攻の魔力供給の方法は……、口付けである。
「……って、できるかー!!」
「?」
離れた場所で戦うイクスが不思議そうに首を傾げた。
モテにモテているイクスにとっては魔力豊富な食べ物食べたいくらいの気持ちなのだろうけど、私は実年齢はともかく乙女の心を持っている。あいつみたいに割り切れん。無理だ。
天然イクスの発言に私はぷんすか怒りながらも、攻撃の手だけは一切緩めなかった。
戦友コンビ




