2-14
私は村長夫妻やパーラ、アルベルの言葉を無視して、村で一番高い建物である建物の屋上に登っていた。この場所も一応村の防衛用魔術具の範囲内なので、ミサキとの約束は破っていない。
リッカも主人の安否が気になるようで、特に私の行動に反対することもなく、そわそわしながら大人しくついて来ていた。
ミサキから預かった魔石の中から遠見の魔術具を起動し、魔物が現れたと報告のあった方角へ視線を向ける。この魔術具は遠くの映像と音声を拾うことが出来るものだ。
村長たちはイクス殿から預かったギルドへ報告を兼ねた録画付き映像魔術具を起動してそこから見ているので、私は気兼ねなく画面の目の前にのめり込む。
「…………あれが」
「ピピ……」
ミサキたちはすぐに見つかった。魔法特有の光や金属のぶつかる音が、普段は静かな山の中でひときわ目立っていたからだ。
私は噂の魔物を見て息を呑む。話には聞いていた、黒い新種の魔物。
その姿は底の見えない悪意のような、救えない怨念のような……生き物なのに、まるで闇そのものだ。見ただけで言い表せない嫌悪感と恐怖が込み上げてくる。
「……ぉえっ」
慌てて口元を押さえた。あの魔物は何だ。映像越しに見るだけで吐き気を覚える黒い魔物。普通のSランクの魔物を見れば力の差を感じて恐怖は覚える。だが、ここまで気分が悪くなることはない。
全身真っ黒なその姿は、悲しくて憎らしくて悍ましいような、そんな負の感情をごちゃ混ぜにして具現化したような姿に感じた。思わず同調してしまいそうになるほどに。
「…………あれは、本当にただの魔物……なの、か?」
『うーわー、相変わらず気分悪くなる魔物だねー』
魔術具からミサキの声が流れる。私はハッとして視線を移した。
どうやら彼女も黒い魔物に不快感を覚えているらしい。だが、自分ほど強く影響を受けている様子はない。
『試しに適当な魔法ぶつけてみろ』
『適当ってなんだ』
雑なイクス殿の提案に文句を言いつつも、ミサキは炎の攻撃魔法を構築し始める。
その様子を見る限り、イクス殿も眉間に皺を寄せてはいるが、吐き気に襲われている様子は無かった。
――これが、自分と星持ちと呼ばれる、彼らの差なのだろうか。
「…………」
きゅ、と。私は自分でも気付かないほどに拳を握り締めていた。
『【炎爆】』
ドオォン!! と轟音が響く。不意打ちで放たれた魔法は、適当と言いつつ王都でワイバーンに放った時と同等かそれ以上の威力だった。
その光景に、胸の中に巣くっていたもやもやが吹き飛ぶ。
……適当ってなんだっけ。
『グルオォォオオオオ!!』
『ググルァアアア!!』
『あちゃー、効かないかあ』
『……まあ、想定範囲』
突然の攻撃に怒り狂う魔物たち。その咆哮を前にしても、星持ちの二人は微塵も怯んでいない。
ただ世間話でもするかのように自然体でそこに立っていた。
『どうする?』
『……普段通りに』
『まあ、それが一番手堅いか』
短いやり取りだけで意思疎通が成立している。……きっと、今まで何度も共に死線をくぐり抜けてきたのだろう。
「…………」
それが少し、羨ましかった。剣の才能もなく、魔力すら持たない自分には決して立てない場所だ。
彼らは強い。だけど、それだけではない。突然現れた魔物から村を守るため、危険を承知で飛び出して行った。
未知の魔物がどれほど強いのかも、どんな能力を持っているのかも分からないのに。
世間では強いと言われていても、背負う危険は一緒だろうと私は思っている。
そこに強い尊敬と憧れ、そしてほの暗い感情が影を差す。
「…………」
胸の前でグッと拳を握り込んだ。それでも生まれてしまう感情から必死に目を逸らすように。
彼らは尊敬するべきであって、羨んだり、妬んだりするような相手じゃない。
それでも――自分がその場にいたかった、なんて。
「……ハハ、それじゃ足手まといだ」
「ピピ?」
握った手をそっと開けば、そこには潰れた剣だこの跡が残っている。
「私だって、彼女の隣に立ちたいのに」
再び視線を上げる。画面の向こうには、自分には無い膨大な魔力を輝かせるミサキとイクス殿の姿が映っていた。
『行くよ!』
「!」
ミサキの声と共に戦闘が始まる。
ルカは思考を振り払い、画面へ意識を集中させた。
『【炎爆】!』
再び爆炎が魔物たちへ向かって走る。一度効かなかった魔法をなぜと思ったが、すぐに意図を理解した。
爆発は五つ。バイコーンに騎乗したデュラハン四体と黒い魔物へそれぞれ命中し、濃い煙が周囲を覆う。
視界を奪い、足を止めるための煙幕だ。その隙にイクス殿が踏み込み、一瞬で距離を詰めた。
『【クリーヴ】』
横薙ぎの剣閃が前衛のバイコーン二体を捉えた。混乱の中で放たれた一撃は急所へ深く食い込む。
その痛みで気を逸らした魔物の一瞬の隙。イクス殿がその好機を逃すはずもない。そのままグリップを逆手に持ち替え太刀を振り上げれば、騎手であるデュラハンごと真っ二つに切り裂いた。
慌てて隣のデュラハンがそれに反応するが、爆炎混乱で未だ暴れるバイコーンの上では狙いが定まらない。
それでもSランクと呼ばれる魔物はその数舜の中で武器をイクス殿に振り下ろすが、彼は難なく躱す。そしてその振り下ろした体勢が整う前に、そのデュラハンとバイコーンにイクス殿の追撃が叩き込まれた。
時間にして二秒程度の時間なのに、妙に鮮明に見えた。
たった二撃で四体の魔物を奢ったイクス殿。だが、相手もSランク。当然そのまま終わるはずがない。
剣を振り切った体制を戻す前に、残る二体のデュラハンが弓を引き、もう片方は槍を投擲しようと構える。
『【風刃】!』
しかしその攻撃がイクス殿に届くことはなかった。突如デュラハンの周囲に大量の風の刃が発生し、一斉に襲い掛かる。
剣はどうしても振り抜いた瞬間に隙が生まれやすい。
その僅かな時間を稼ぐため、ミサキが完璧なタイミングで援護の魔法を放っていた。短時間での魔法では流石にSランクの魔物を倒せないようだが、それでもイクス殿の体制を立て直すには充分な時間だったようで。
振り向きざまにイクス殿が三体目のデュラハンとバイコーンを袈裟切りに弐線振る。
その様を見た四体目デュラハンは悲鳴を上げながら森の奥へ逃げ去った
しかし、その隙をイクス殿が見逃すはずもなく。
『【インペイル】』
高く跳躍した彼が、そのまま残りの二体の魔物を上から串刺しにした。
「……すごい」
思わず呟く。
あっという間に八体のSランクの魔物が倒されてしまった。
ミサキも強い冒険者だ。だが、イクス殿の強さは別格だった。
世界最強と呼ばれる理由が、分かった気がする。
ミサキの援護があったとはいえ、それだけで説明できる強さではない。Sランクの魔物が紙細工のように斬り伏せていく光景は、常識を疑うものだった。
いつもなら名前を聞くだけで警戒されるはずのデュラハンが、バイコーンの嘶きを聞いたら即逃げとと言われている魔物が。彼の前ではただ無抵抗に斬られていく、獲物にしか見えなかった。




