2-13
「?!」
「!!」
思わずイクスと顔を見合わせる。
――村の魔術具は起動している。
「村人は防壁を起動して屋内へ隠れろ!」
イクスが普段は出さない大声で叫んだ。突然のことで右往左往していた村人たちが、その声にハッとして慌てて家へと駆け込んでいく。
私はそれと同時に大きく跳躍した。
――まずいな。
「ミサキ!」
「三時の方向から例の魔物の群れがこちらに向かってきてる!」
理由は分からないが、SSランクを筆頭とした魔物たちが、この村へ向かっているのが見えた。
今まで問題なくこの村は魔物から秘匿出来ていたはずだ。魔力も十分蓄えており、故障もしていないとアルベルが今朝も入念に確認していた。
だが事実として、今魔物はこの村へ向かっている。襲撃されるのは時間の問題だろう。今回の魔物は未知な部分が多いのでギルドの支援部隊を待ちたかったが、こうなってしまっては仕方がない。
村で戦闘するわけにはいかないので、先に別の場所へ誘導する必要がある。
「パーラ、アルベル。村長に伝えて。今から私たちは少し離れた丘で戦闘を開始する。私たちが戻るか、ギルドの増援が到着するまで決して村から出ないようにって」
「っ、はい」
「こんな急に! ミサキ様たちはまだ準備も出来てないでしょう?! もしかしたらたまたまこっちに向かっているだけで、まだ村には気付いていないかもしれません! 応援が来るまで待ちましょう!」
今から村長たちのところへ向かって事情を説明している時間は無い。一緒にいた二人に伝言を頼む。
アルベルは何かを呑み込むように頷き、パーラは必死に私たちを説得しようとした。
その優しさは嬉しい。けれどこうなってしまっては悠長なことを言っている暇はない。最悪を想定するべきだ。
「ありがとう、パーラ」
「!」
「ルカ、リッカと一緒に村長たちといて」
「……っ」
ルカとは事前に、戦闘になった場合は防衛用の魔術具がある村で待機するよう話し合っている。大分難色を示していたが、過去の出来事もあり最終的には頷いた。
「……分かった」
「ごめんね」
ルカは何か言いたげだったけれど、唇を噛み締めて言葉を呑み込む。それに私は気付いていたけれど準備を急ぐ。流石にあのSSランクの魔物をこんなに早く戦うとは思わなかったなあ。村に、というよりルカとリッカに残す魔術具を全て起動させ、私は立ち上がった。
「リッカもルカをお願いね」
「ピ!」
リッカは念のためルカの護衛として、お留守番だ。あとそのつもりはないが、万が一私に何かあった場合、ルカを乗せて王都のギルドまで逃げるようリッカに頼んである。……ルカにも村の人たちにも言っていないけれど。
リッカに伝えている内容は正確には「私に何かあったら」ではなく、「私の魔力反応が途切れたら」だが。
頷いていたので伝わっているだろう。
……私は出来る事なら見返り有りで引き受ける。その本質は決して聖者のように善人ではない。本来はパーラが私に向けるような人格者ではないのだ。
私にははっきりと優先順位や、線引きがある。
「ミサキ」
「うん。行こうか、イクス」
初めて対峙するSSランクの魔物。自嘲しそうな気持ちを一旦止めて、気を引き締める。
イクスに手を差し伸べそのまま風の魔法を発動して空へ飛び上がった。
「あそこだね」
村を出てイクスと共に、魔物たちが視認出来る位置まで移動した。
まだ向こうは私たちに気付いていないが、それも時間の問題だろう。
「……ミサキ」
「何?」
腕を引っ張られ、隣の人物を見上げる。ルカよりも大きい身長は、飛んでいるおかげでいつもより低い位置だ。
「……魔力欲しい」
「えー……」
未知の魔物を前に流石の私も少し緊張していたのだが、いつも通りのイクスに一気に脱力した。彼の食いしん坊は通常運転らしい。
「今、余分な魔石は持って無い」
「……直接でいい」
「……で《・》い《・》い《・》?」
「…………が、いい……です」
私が持っていた魔石は全てルカの守りとして置いてきた。その旨を伝えると、イクスは妥協したような口調で言うので威圧的に聞き返す。理由は魔石を使わない魔力譲渡は微妙な気持ちになるからだ。鈍感なイクスでも流石に私の不機嫌は察したらしく、慌てて言い直す。
だが、私の答えはノーだがな!
「いやだ。断る」
「……でも、最近魔石もご飯も、満腹になるまで食べていない」
「…………」
イクスの訴えに沈黙する。長い間魔物から身を隠すため、この村の住人は暫く外へ出ずに生活していた。当然、十分な狩猟や採集も出来ず、蓄えていた食料も尽きかけていた。
一応私たちが到着してからは携帯食を分けたり、魔物に気付かれない程遠くに行って狩りを行ってはいたが、持ち帰れる量は限られている。もちろんその場でイクスは食べるようにしていたが、それでも大食いのイクスからすれば、村で充分な食事が取れないということは満腹と言えないだろう。
むしろ飢えた村人たちを優先して、よく我慢した方である。
私もイクスもギルドの対応とか周辺調査とかでなんだかんだで忙しかったしな……。
「……魔力、足りない」
「分かったよ!」
純粋な状況説明なのか、可哀想アピールなのか、それとも遠回しに緊張しているのか、彼の性格では判断がつかない。だが今回の戦いはイクスが主戦力だ。
食事から魔力を得る彼が万全でない状態は避けるべきだろう。事前に魔力を渡せなかった私にも責任の一端はある……と思う。そう自分を納得させて、私は仕方なく腕を差し出した。
「どうぞ!」
「……口じゃ駄目?」
「だ、め!」
「……まあ、いいけど」
不満そうにしながらも、イクスは私の伸ばした手に自分の手を重ねる。指が絡む、いわゆる恋人繋ぎ。なけなしの乙女心が反応したが、これにそんな甘酸っぱい意味が無いことは知っている。そんな私の葛藤もしらず、イクスは手の甲へと口付けた。
「…………っ」
ぐあああ! この感じ、慣れない……!
何かが吸い取られていくような独特の感覚に、空いた方の手でイクスを殴りそうになるのを必死で堪える。
イクスは魔力を食べ、自分の力へ変換する特殊スキル――暴食を持っている。私で言うところの魔力量無限みたいなものだ。その人だけが持つ、魔法以外の特殊な力。滅多に持っている人はいないが、いわゆる星持ちと呼ばれるレベルはみんな持っている。
暴食は、魔力を含んでいれば食べ物でなくても何でも食べて自分の魔力に変換するスキルとのこと。実際、何度もイクスが魔石を食べている場面を見ている。たとえスキルであっても石を食べるのは人として本当に謎だ。
ちなみに人の場合はお肉ムシャムシャ的なヤバい方向ではなく、口を付ければ魔力そのものを食べられるらしい。それを聞いた時どこかホッとしたのだが、その時のイクスのジト目は忘れられない。
イクス曰く、人の魔力は血肉に含まれるわけではなく、ふわふわと体の中から外へと漂うように湧き出ているらしい。私には見えないが、魔力を滅茶苦茶練り上げると可視化するので、あんな感じなのだろうと推測している。
なお魔力は心臓で作られるため、そこに近い程質が良いとのこと。前に食べてみたいと言われた時は流石に殴った。
他にも魔力吸収の効率がよい箇所があるのだけど、昔そこから許可なく吸われそうになった事があるので本気で魔法を放って喧嘩したことがある。その反省もあって、今は体表から漏れる魔力だけという妥協案に落ち着いていた。
しかしうーん。魔力を吸うというとイクス、蚊みたい。
「まだ?」
「……ん、もうちょっと」
指先からの魔力吸収は時間が掛かる。氷の剣士と言われているだけあって、イクスの容姿は涼やかなイケメンだ。そんな人が食事のためとはいえ長時間跪いているという状況に居心地が悪い。
それに加えて魔力を食べられている時って、何か目に見えない物が吸われているような感覚があって苦手だ。むず痒いというか、落ち着かないというか。
どれだけ吸い取られても魔力無限なので体に影響はないのだが、この感覚には一向に慣れない。
「…………」
「……終わった。充分」
そろそろ耐えられなくなってきて、手を取られていないこっそり拳をこっそり握ったところで、イクスがようやく顔を上げた。私は即座に腕を引っ込める。
「……ありがと。この感覚、久しぶり」
そう言って笑った彼は、青白い光を纏っていた。
普段は無表情に近い彼が、どこか意地悪そうに笑っている。それを見た私は、遠くの魔物たちへ心の中で合掌した。
万全状態のイクスは桁違いに強い。しかも戦闘狂に変身するんだよなあ。
……ちょっとだけ不安だった今回の討伐だけど、案外余裕で勝てるかもしれない。




