2-11
「……うわ」
「……あれだな」
慎重に物音を立てないよう進み、目撃情報のあった場所へ向かう。
すると、すぐに見つかった。
「あれ、バイコーンとデュラハンかな。あと一体だけ名前が分からないんだけど。イクス知ってる?」
「……知らない」
視線の先には九体の魔物の集団がいた。バイコーンが四体、デュラハンが四体。そして最後に見たことのない魔物が一体。
やはりパーラとアルベルの予想通り、新種なのかもしれない。村人たちの話と数が合わないが、それ自体は大した問題ではなかった。
「九体の内四体は、多分騎乗するのかな」
「……ああ、多分」
恐らく村人たちが五体と間違えたのは、デュラハンがバイコーンに騎乗している姿を目撃したのだろう。魔物の中には上半身が人型で下半身が馬の種族もいるため、見間違えたとしても不思議ではない。
……でも倍かあ。まあもう虚偽は許したからいいんだけど、Sランクの上、申告の数が二倍って……。
たまたまイクスと来たからよかったものの、流石に私一人だったら詰んでたぞ。
「でも問題はアレかな」
だが一番危険なのはそこじゃない。軽く現実逃避をしてしまったが、意識は魔物達に向いたままだった。星持ちが二人もいれば正直、バイコーンとデュラハンの組み合わせ自体はさほど脅威ではない。
それよりも私たちの視線を引たのは、一体だけ異様な存在感を放つ中央の魔物だった。
「……SSはあいつだろうな」
「あの一体だけ格が違うねぇ。Sランクが倍の数いるというのに、それすら可愛いと思えるほど次元が違うね」
いつもの癖で笑ってしまうが、久しぶりの強そうな敵に冷や汗が出る。
「こんなに離れているのに魔力の質がヤバいのが伝わってくるよ~」
「……一度戻ってギルドと周辺国に知らせた方がいいな」
「そだね。……新種かな」
「……多分、な」
その場での交戦は見送った。
気配遮断の魔術具と十分な距離を取っていたおかげで、幸いにも気付かれていない。
状況次第で奇襲も視野に入れていたが、あの未知の魔物だけは危険度が読めなかった。まずは情報収集と応援要請する方が最善だと判断し、私達は一度村へ戻ることにした。
「他の魔物は問題なさそうだけど、あの魔物だけは分からないね」
「……ミサキの魔法でもか?」
「多少は効くだろうけど、貫通はしない気がするな。イクスは?」
「…………一対一で、且つ全力を出す必要があると思う」
「イクスでもその結論かあ」
魔物の警戒範囲を抜けてから、私たちは感想を言い合う。多分ルカの前で初めて言う弱気な発言に彼が目を丸くする。それに苦笑しながらイクスの意見も問えば、概ね私と同じだった。
「ミサキ、一人でデュラハンを相手できるか?」
「できないよ!」
さらっと無茶な要求をしてきたイクスを叱る。私は身体強化出来る君と違って、死角から放たれた弓矢一本で死ぬ可能性あるからね? 同じランクだからと言って自分と同列に扱わないでほしい。
「魔力は膨大でも、魔法使いは発動までの魔法発動時間あるんだよ。その隙を狙われたらバイコーンの脚力とデュラハンの剣捌きに対応なんて無理。私、近距離戦闘型じゃないし」
王都の時のドラゴンやワイバーンは、騎士団や他の冒険者が足止めしてくれていたからこそ倒せたのだ。それにあのドラゴンズは比較的遅い種族だったし。
「……そうか」
「こら」
心無しかしょんぼりするイクスに注意する。君はなんだかんだで戦うの好きなタイプだろうが、私は安全に戦いたい派だ。
これでも一応S級と呼ばれる程度には鍛えているから発動時間は平均的な魔法使いより早い方だと思うが、それでも魔力を体内から練り上げ、それを現実世界に事象として変化させるには――どうしてもタイムロスは発生してしまう。
足が遅い魔物相手ならそれでも問題無いかもしれないが、今回は速さに定評のあるSランクの魔物が八体。さらに詳細不明のSSランクもいる。……無理!
「安全確実にいこう。まずは各所へ報告と応援要請よろしく。国は期待できないけど、ギルドなら調査員とサポートできる人材を送ってくれるでしょ」
「………………分かった」
「残念がらないの」
少し丸まった背中を軽く叩き、森を抜ける。
周囲に魔物の気配がないことを確認してから村へ戻った。
「ただいまー」
「ミサキ様! イクス様!」
「ピピ!」
一歩村へ入ればパーラとアルベル、村長夫妻を始め村の人々が迎えてくれた。どうやら置いて行った食料に手も付けずにずっと待っていてくれたらしい。
……全員の細い手足を見れば慢性的に飢えてるのが分かるんだから、私達の無事を待たずに食べてればいいのに。
心から心配していたように迎えた彼らの視線を真っ直ぐと見れずに、ポリポリと頬を掻く。その雰囲気が気まずくて何か話題を……と思い、取り合えずギルドから増援を呼ぶことにしたから、討伐には少し時間が掛かると伝えたらなぜか泣された。なんでだ。さっさと倒せってか。流石に無理だぞ。
どうしていいか分からなくて、とりあえずわんわんと泣くパーラの口に飴玉を放り投げれば更に号泣された。
年頃の女の子を泣かせたせいか、いろんな方面から刺さる視線に耐えられず、村長宅で報告しなきゃ! と言ってその場から逃げる。
一方、私の後ろをマイペースにゆっくりと付いてきたイクスが通信機で各地へ連絡を入れていたが、案の定この国からの返答はそっけなかった。国の援軍は期待できないだろう。
だがグラッツィアのギルドは違った。SSランク疑惑の魔物という事態の深刻さを直ぐに理解し、応援を派遣するとその場で返答したらしい。こういうところがギルドの良いところだと私は思う。
「ミサキとイクス殿。二人の星持ちが慎重になるほどの魔物なのか……」
夜、村長に借りた家でルカと改めて今日見た魔物について話していた。
こんな小さな村に宿泊施設などあるはずもない。恐らく元は誰かが住んでいた家なのだろう。
そんなしんみりした私の気持ちとは裏腹に、リッカはベッドのど真ん中でヘソ天して爆睡しているが。
「うん。九体のうち八体は問題ないんだけどね」
「……いやSランクの魔物って本来国が滅ぶと言われてるレベルだからな?」
ルカのツッコミをスルーして、私は椅子にもたれた。
「最後の一体だけ、強さが全然読めなかった」
「……そんなにか」
「魔力を感じただけでなんかこう……ゾッとしたんだよね。あと何よりも見た目が異様で」
「見た目?」
結構遠くからだったので、ルカはあの魔物たちが見えていなかったようだ。首を傾げている。
「全身真っ黒だった」
魔物のランクは大体が額に埋め込まれた魔石の色で判別できる。ちなみにSランクなら金色だ。だが、あの魔物はどの他の魔物とも違った。
「全てが黒だったの。毛皮も、瞳も、魔石も。全部。あれは……あれは、そう。まるで生き物じゃなくて、影みたいな……」
魔物は人を襲う。だが、生き物でもある。負のエネルギーではあるが、怒りや殺意、魔物としての自我がある。
だけど……あの黒い魔物には、それが一切感じられなかった。
「……正直、恐怖を覚えた」
「!」
ルカが目を見開く。私が魔物に対してそう口にするのは珍しいからだろう。
「何も感情を持っていないように思った。魔物だって多少知能はある。意思も、本能も」
私は小さく息を吐いた。
「だけどあの黒い魔物はなんていうか、無機質が近いのかな。……すごく不気味だった」
強さが分からないから怖いのではない。何者なのか分からないから怖いのだ。
……アレは本当に生き物なのだろうか。
「突然変異なのか、それとも新種なのか。……あんなのが他にもいたら大変だ。だからその調査も必要だろうから、先にギルドへ連絡したかったんだ」
エンダール子爵邸で見た魔物を召喚する赤黒い魔石といい、今回の黒い魔物といい……知らないところで何かが起きている気がする。
……取り越し苦労ならいいのだけど。




