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第二十七話

「セイ、聞こえてるな。さっき俺は、騎士たちが森に入り魔獣を食い止めていると話したな。その中に、そこにいるケリーの父親もいる」


「え……」


「ケリーの兄もだ」


 いよいよベッドに横になっていられず、聖は身体を起こしケリーを見つめる。ケリーはやや顔を強張らせ、考えまいとでもしているように唇を強く噛んだ。


 もし自分が瘴気を祓わなければ、ケリーの家族が犠牲になるかもしれない。自分が瘴気を祓わなかったせいで命を落とす人がいるかもしれない。そのことにひどく動揺する。


 自分を動かすためにオーウェンがついたうそかもしれないじゃないか。聖を信用させるために愛しているふりをするくらいだ。また聖を騙している可能性だってある。


「ケリー……本当なの?」


 震える声で聞くと、困ったように笑ったケリーが軽く頷いた。


「セイ様、父と兄は第五騎士団の騎士です。領地もなく、過去の武勲だけで貴族籍を与えられております。そして、国を守り死ぬ覚悟はとうにできています。そのことで、あなた様が心を揺らす必要はありません」


「死ぬ覚悟、なんて」


 平和な国で生まれ育った聖には、その覚悟がどれだけのものか見当もつかない。聖には瘴気を祓う力がある。けれど、力があっても戦う覚悟なんてまったくない。


 いまだに魔獣は怖いし、自分以外瘴気を祓える人がいないとわかっていても、気が重い。けれど、自分のせいで誰かが傷つくのも怖い。


 本当はこんな重い役目を背負いたくなんてなかった。この世界に召喚されたのが自分以外の誰かならよかったのに、何度そう考えたか。


 ケリーはきっと家族が死んだとしても、聖を責めないだろう。ただ、ケリーに自分と同じ思いをさせるのかと考えただけで、聖の心は動揺に揺れた。


 もし自分がなにもしなければ、誰に責められなくとも、なにもしなかった自分を許せなくなるような気がしたのだ。


「セイ……頼む」


 懇願するようなオーウェンの声が扉の外から聞こえる。


 聖はベッドから下りると、しわになったローブを軽く手で伸ばし、深呼吸をする。


「セイ様」


 ケリーが案じるような声で自分を呼ぶ。


「……わかった、行くよ。準備はできてるんでしょ」


 オーウェンに頼まれたから行くわけではない。聖が扉を開けると、安堵したようなオーウェンと目が合った。


「あぁ、助かる」


「あなたを許したわけじゃない。もう二度と信用もしない。この国のことなんて今でもどうでもいいって思う。でも……ケリーの家族になにかあったらいやだから、行くだけ」


「わかってる。それでも、助かる」


 聖はオーウェンとは目を合わせずに、王城の門の前に停められた馬車へと乗り込んだ。カミラとディーナも共に乗り込む。その顔には安堵が浮かんでいた。もしかしたら知り合いに、第五騎士団の隊員がいるのかもしれない。


(そっか……みんな、ここで暮らしてるんだもんね。ケリーだけじゃない。エンベルトも、カミラもディーナも。私が行かなかったら、ここにいる誰かの大切な人が死ぬかもしれないんだ。私みたいに……大切な人と二度と会えなくなるかもしれない)


 普段人で賑わっている街は、騎士や警備隊の姿しかない。扉も窓も閉ざされ、人々が息を潜めるように静まりかえっている。


 王都を出て、隣の領地と王都を繋ぐ街道を北に真っ直ぐ進む。森の奥の方から風に乗って血の匂いが漂ってくるような気がした。


「早く行かないと」


「あぁ」


 独り言だったのに、隣に座っているオーウェンから言葉が返される。それに応えるのも癪で聖は無視を決め込んだ。


「ここから森の中に入るから、馬車を停めて」


 瘴気が濃くなっている場所を探し、馬が怯えない程度に離れた場所に馬車を停める。王都からそう離れていない。もし聖があのまま部屋に閉じこもっていたら、明日にも魔獣が王都を襲っていたかもしれなかった。


「わかった。そうだ、セイ、これを」


「なに」


 彼は聖の左手を取ると、中指に捨てたはずの指輪を嵌めた。


「これ」


「いらなかったら、キミが捨ててくれ」


 そう言われて、今すぐに指から外して森に投げたい気分だったが、切なそうなオーウェンの顔を見ているとなぜかそれができなくなる。


「わかった」


 街道の端に馬車を停め、森の中を進んでいくと、魔獣との戦いの後がそこかしこにあり、何人かの騎士が身体を横たえている。腹がなにかに食われたように裂けていて、ぴくりとも動かない身体からは生気が感じられない。


「見るな」


 もっと早く、オーウェンに呼ばれてすぐに来ていたならば、あの人たちは死ななかった。聖が殺したも同然ではないか。


「私の、せい」


 聖が頭を抱えてパニックを起こしかけると、大きな手のひらに目を塞がれる。


「お前のせいじゃない。セイを騙していた俺が悪い。セイに協力を求めるなら、うそをつくべきじゃなかった。騎士が死んだのは、俺の……王家のせいだ」


 背後から抱き締められているうちに、呼吸が落ち着いていく。聖を騙して、聖女の役割を求めてきた男なのに、どうしてこの腕に包まれていると安心してしまうのだろう。


 憎くてたまらないはずなのに。オーウェンへの気持ちは勘違いで、自分にはやはり陽一しかいないと再確認したところだったのに。


「私に、触らないで……っ」


 聖は彼の手を振り払い、ずんずんと森の中を進んでいく。瘴気の発生地点まであとわずかだ。血のにおいが充満し、数え切れないほどの魔獣が自分たちに襲いかかってくる。けれど聖を守るように立つ聖女部隊の隊員は、危なげなくそれを倒していく。


「ギャァァァッ!」


 真っ黒な猪の魔獣が四方から襲いかかってくる。十頭はいるだろうか。


「セイ様! 下がってくださいっ!」


 エンベルトが前に出て、二頭の魔獣と対峙する。エンベルトは器用にも魔獣の口の中を狙い火の魔法を放った。魔獣は身体の内側から焼かれ、声も出せずに倒れる。


 瘴気に当てられていなければ普通の猪だったのだろう。人に危害を及ぼさなければ無残に殺される必要もなかったはずだ。自分のせいで亡くなった者たちを早く弔うためにも、この森を元に戻さなければ。


(オーウェンのためじゃない。私は……ケリーのために、やるだけ)


 ケリーの家族は無事だろうか。


 あの死体の中にケリーの家族がいたらと考えるとぞっとする。


 気が逸り、足を踏み出してしまうと自分を守るための隊形が崩れる。気づくと、そばにいたはずのオーウェンと数メートルの距離があった。


「セイ様っ、前に出すぎちゃっ!」


「ごめん!」


「いえっ!」


 魔獣の返り血にまみれたディーナが聖を守るようにそばに立った。胸を撫で下ろすと、木の上から数メートルもあろう蛇が襲いかかってきた。蛇の口が人の頭を軽く呑み込めるほどに大きく開き、聖は咄嗟に頭を庇うように縮こまる。


「きゃ……っ」


 カミラが蛇の頭を一刀両断にした……はずなのに、血に濡れた剣が滑ってしまったのか剣に巻きつくように蛇がしゅるりと蠢く。


「こ、のっ!」


 カミラは必死に剣を振り回すが、絞め殺そうと力を入れる蛇からは逃れられない。


 ここで聖がなにかすれば彼女の迷惑になると理解しているのに、手を伸ばさずにはいられなかった。


「カミラっ!」


 自分になにができるわけではないとわかっていたのに、動かずにはいられなかったのだ。


 蛇はより弱い方に狙いを定めたらしく、素早く伸ばした聖の腕に巻きつこうとする。


「セイ様っ!」


 カミラの悲鳴のような声が上がった。


「セイ!」


 同時にオーウェンの声が聞こえた。


 こんなときなのに、もし自分が死んだらどうなるのだろう、などと考えてしまう。聖の肉体はもうないようだけれど、魂だけは陽一の元へ帰れるのだろうか。


(それなら、いいかもしれない……)


 聖は身体の力を抜く。諦めてしまえば、恐ろしさはなかった。


 オーウェンは、この国を救えなかったと嘆くだろうか。少しは聖が死んだことを悲しんでくれるのだろうか。そんな詮無いことを考えながら、瞼を伏せようとしたとき。


「う……っ」


 呻くような声が聞こえて真横から衝撃が走り、聖は膝から崩れ落ちた。


 なにが起こったのかわからなかった。


 目を開けると、オーウェンが聖を庇うように覆い被さっていた。頭を抱えられているが、苦しさはもうない。


 自分に巻きつこうとしていた蛇はどうなったのだろうか。そろそろと周囲を窺い身を捩ると、耳のすぐそばで苦しそうな声が聞こえてくる。


「ぐ……ぅ」


「オーウェン?」


 彼の身体から血のにおいがする。まさかと急いで身体を起こすと、聖を抱き締める腕の力が弱まり、オーウェンが木にもたれかかった。だらりと垂れ下がったこぶしは血まみれでなにかに貫かれたかのように穴が開いている。


「その傷……」


「怪我は、ないか? 痛いところは?」


「ない、けど……その血」


 オーウェンの足下には頭を切られ絶命した蛇が横たわっていた。蛇の鋭い牙には血がついていた。


「大したことはない。セイに怪我がなくてよかった」


 だらだらと血を流しておいて、大したことがないだなんて。


 もしかしてオーウェンは聖を守るために自分の手を犠牲にしたのではないだろうか。手を差しだし蛇に噛みつかせて、腕を引いたのだとしたら。


(なんで、そんなこと……っ)


 決まっている。聖女という存在が大事だからだ。それ以外の理由はない。


 そのはずなのに、まるで愛おしい人を見るような目を聖に向けて、安心しきったように笑顔を見せられると調子が狂う。


「な、んで……なんで私なんて庇うのっ! 聖女だから? 私が怪我をしたら瘴気を祓えないからっ?」


 聖はオーウェンの手を高く上げ、どうにか血を止めようとする。だが傷は深く、まったく血は止まらなかった。自分のローブで彼の手を包む。白いローブは見る見るうちに赤く染まっていく。どうして自分には瘴気を祓う力しかないのか。それが悔しくてならない。


「気づいたら、身体が動いていただけだ。ただ……セイが傷つくのいやだった」


「そんな言葉に騙されない!」


「わかってる。だから、俺のために泣かなくていい」


 怪我をしていない方の手で頬を拭われ、自分が泣いていたと知った。


 聖は手の甲でぐいっと涙を拭う。オーウェンのために泣いているわけではない。ただ、自分に誰かを守る力がないことが悔しかっただけだ。


「あなたのためじゃない……でも、誰かが怪我をするのも、死ぬのもいや。この世界のことなんてどうでもいいと思うのに、あなたの思惑通りに流されてる自分が悔しいだけ!」


 聖は止血のためにオーウェンの手を高く上げながら、彼をキッと睨んだ。オーウェンに対する気持ちなどないのだと自分に言い聞かせるように。


 この世界の人をすべて救うなんて、自分には荷が勝ちすぎる。


 けれど、自分の手が届く範囲なら助けたいとも思う。ここに来てまだ三ヶ月も経っていないが、自分に優しくしてくれた人はたくさんいた。その人たちが苦しむ姿は見たくない。


「オーウェンをお願い」


 聖は立ち上がり、エンベルトに声をかけた。

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