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第二十六話

 王城に戻った聖は、事情を話したそうにしているオーウェンを無視して部屋に閉じこもった。


「悪いんだけど、一人にして。夕食もいらないから」


 侍女のケリーに言うと、ケリーは廊下に立ったままのオーウェンと聖を交互に見て心配そうに目を潤ませた。なにか事情があるのは察したのだろう。


「かしこまりました。なにかありましたら、すぐにお呼びください」


 聖はオーウェンの顔を見ずに扉を閉めると室内から鍵をかけた。カウチに腰かけ、ごろりと寝転がる。首に手を当ててネックレスを探しても、そこには吉川聖がしていたネックレスはない。


「この世界で生きていけって言うの? 一生?」


 こうなると知っていたら、陽一にも両親にも別れを告げたのに。陽一と最後にした会話がなんだったのか、もう思い出せない。


 聖がこの世界に召喚された日の朝、母は「いってらっしゃい」と言って聖を送り出し、父はいつものように朝から道場に行っていていなかった。


 さようならの一言だって、言えなかったのだ。


「ふ……っ、うぅ」


 胸に迫る喪失感で目の前が真っ暗に染まっていく。聖は涙を拭うこともせずにカウチから立ち上がり、窓を開けた。春と言うにはまだ早く、肌を刺す風はまだまだ冷たい。


 真下は石畳で木のクッションなどもないから、このままここから落ちれば、聖はまず助からないだろう。


 自分がこの世界で死ねば、もしかしたら元の世界に帰れるかもしれない。そう思うと、飛び降りる怖さがなくなっていく。


 聖は窓枠に手をかけて身を乗りだした。下を見ていると頭がくらくらするが、きっと死ぬまでは一瞬だろう。目を瞑り、なにもない宙に身体を投げだすように体重をかけた瞬間、開けていた窓が勢いよく閉まり、聖は顔面を強打した。


「セイっ!」


「……ったぁ」


 あまりの衝撃に額に手を押し当てながら蹲る。鍵をかけていたはずなのに、気づくとオーウェンに後ろから抱き締められていた。


「離してよ」


「死のうとするのがわかっていて離すわけがないだろう! ケリー来い!」


 オーウェンの怒鳴り声を聞いてか、隣室に控えていたケリーが慌てて部屋にやって来る。


「どうなさったのですか!?」


「この部屋から自害できる危険物をすべて取り除け。ペーパーナイフやペンもだ。首を括るかもしれん、カーテンも外せ。なにをしている、早く」


「は、はいっ」


 ケリーは聖がいったいなにをしたのかを察したのだろう。手を震わせながら、机に置かれたペンなどを片付けていく。


 オーウェンはその場にへたり込んだ聖を強く抱き締めて、懇願するような口調で言う。


「これほどまでの絶望を与えてしまった俺が悪い。全部、俺の責任だ。恨まれても仕方がないと思ってる。最初から説明しても、セイは協力してくれないだろうと思った。だとしても、正直に言うべきだった……すまなかった」


「許せない」


「……わかっている。でもお願いだ。この国のためじゃない。セイ自身のために、聖女として協力してくれないか」


 オーウェンがなにを言っているのか理解できない。


 聖を騙しておきながら、まだ聖女としての力を振るえと彼は言うのか。この国のためじゃないなんて、どの口が言うのだろう。信じがたい気持ちでオーウェンを睨みつけると、彼は一瞬怯んだような顔を見せて、辛そうに顔を歪ませた。


「被害に遭うのは、いつだって弱い者だ。それを救えるのは君だけなんだ。頼む」


「そうやって私の同情を引こうとしているだけでしょう」


「違う!」


「なら、また異世界から新たな聖女を呼べばいいじゃない。そうすれば、私がどこかでのたれ死んだとしてもあなたには関係ないんだから」


「セイ!」


「……もう出ていって。話したくない。あなたの顔なんて、見たくない」


 聖は指輪を外し、オーウェンに向けて投げつけた。


 なにもかもがどうでもよくて、誰の話も聞きたくない。聖の反応がないことを察してか、オーウェンはケリーだけをその場に残し立ち上がった。





 元の世界に戻れないと知ってから二週間。


 聖は自室にこもり、誰とも会わない日々を過ごしていた。


 死のうとしたのに死なせてもらえず、逃げようとしたのに窓という窓がオーウェンの土魔法によってぴったりと閉じられてしまっている。


 室内はがらんとしていて、ベッドやテーブルがなければ、まるで人の住んでいない空き家のようだ。見張られていてここから出ていくこともできず、新しい聖女を呼んだという情報もない。さっさと召喚魔法を使って聖女を呼びだし、聖を解放してほしい。聖はもうこの国が信じられないのだ。


 今までは、元の世界に帰れるかもしれないという希望があったから頑張れた。


 この世界で生きていくしかないと知った今は、王族を恨む気持ちしか湧いてこないのだ。


 聖は、風呂と食事以外ではずっとベッドに寝転んでいる。食事も必要最低限になり、もともと細かった身体はさらに細くなってしまった。


 あれからも元の世界の夢を見たが、どれも聖の考えを裏付けるものだった。


 実家の聖の部屋は何一つ荷物がなく、物置として使われていた。元の世界にあるはずの自分の痕跡がなにもなかった。


 ノックの音が響く。諦め悪く今日も来たらしい。


 聖が閉じこもっている間にも、どこかの森で瘴気の吹き溜まりが確認できたらしく、幾度となくオーウェンが部屋を訪れている。


 聖が返事をせずにいると、外からエンベルトの声がかかった。


「王太子殿下がいらっしゃいました」


 いつのまにオーウェンは王太子になっていたのだろう。そう考えて、自分には関係がない、どうでもいいかと聖はまぶたを閉じた。


 黙ったままでいると、外からオーウェンの声がする。


「セイ……頼むから、話を聞いてくれ」


 無理矢理入ってくることもできるはずなのに、オーウェンは扉の前で話をする。これ以上聖を刺激しないようにするためかは知らないが、彼の話を聞きたいとは思えない。


 今も、聖女が来ることを待ち望み、耐えている民がいる。そう思うと、胸が苦しくなる。できるなら自分が行って、助けたいとも思う。けれど、気持ちがついていかない。


 聖はドアの外に目を向ける。聖が応じなければ何時間でも彼は扉を叩き続けるであろうことはわかっている。


「俺ができることならなんでもする。だから聖女として力を貸してくれ。王都近くの森で瘴気が発生し、もう一週間になる。森で騎士たちが食い止めているが、もう何人もやられている。いつここに危険が迫ってもおかしくないんだ……頼む、セイ……っ」


 扉を叩く強さとは裏腹にオーウェンの口調はひどく弱々しかった。


 聖は頭を抱えて、シーツに包まった。


 自業自得だと思おうとしても、罪悪感に身体が震えてしまう。オーウェンの言葉を聞きたくなくてシーツの中で耳を塞いだ。


「じゃあ、私のことは放っておいて。新しい聖女を召喚すればいい!」


「それはできない。君を……守るためでもあるんだ」


「あなたになにを言われても信じられないの。ねぇ。うそをついて騙して楽しかった? 私みたいな小娘、さぞ扱いやすかったでしょ。陽ちゃんを裏切ってあなたにふらふらしてるところを見て、鼻で笑ってたの?」


 聖は涙をこぼしながら震える声を扉に向けた。


「あり得ない! 君に言ったことはうそじゃない! 頼むから……信じてくれ!」


 なにを信じろというのか。信じられるはずがない。


「なら帰してよ! 私を元の世界に帰して! 陽ちゃんに会わせてよ! お父さんに……お母さんに会わせて! 家族がいたの! 恋人も! 友達も! 私からなにもかもを奪っておいて……っ」


 最後は嗚咽が漏れて、言葉にならなかった。


 何度同じやりとりをしただろう。彼から返される答えはわかっているのに。


 聖の気持ちは変わらない。彼が何度部屋を訪れようとも、帰せもしないのにうそをつかれ、騙され、どうしてそれで瘴気を祓ってやらねばならないのかと思う。オーウェンが必死になればなるほど、聖は頑なにそれを拒んだ。


「セイ様」


 ベッドのそばにいるケリーが聖に声をかけてくる。


 ケリーもオーウェンと同じように自分に行けと言うのか、そう思い身構えるも彼女にかけられた言葉は予想外のものだった。


「私は、聖女さまは恵まれているとばかり思っていました。王城で保護され、食べ物にも困らず、ドレスや宝石など使い切れないほどに贈られる。そして王太子様と結婚しゆくゆくは王妃となる。それはとても幸せなことだと」


「王太子と結婚? それって……オーウェンと?」


「えぇ……その話も聞かされていなかったのですね」


 聖が頷くと、ケリーはぽつぽつと話しだした。


 この国に召喚された聖女は、代々王太子と結婚し、ゆくゆくは王妃となると決められているらしい。ケリーの家のような弱小貴族からすると、平民でありながら王族と結婚できるなんてまるで夢のようなストーリーだという。民の間では、異世界から召喚され王妃となった前聖女様の絵本なども発売されているのだとか。


(だからオーウェンに、婚約者がいるのにいいのかって聞いたとき、気にするなって言ったんだ)


 婚約者相手なのだから、抱き締めたってキスをしたって、誰に咎められるはずもない。聖をこの国に留め置くために、王太子であるオーウェンが第一騎士団の団長をしている。一番近くで聖女を守り、聖女の心を落とすために。


「でも……違うのですね。あなた様には帰る場所があった。家族がいた……恋人も」


「そうだよ……私には、帰るところがあった」


「それなのに、無理矢理、こちらに攫われてきたのですね」


 ケリーは確かめるような口調で聞いた。


 聖は泣き腫らした目をケリーに向けて頷いた。


「……ケリーは、行けって言わないの?」


「聖女様は王族よりも敬われる存在です。あなた様が望むようにしていいと思います。誰もこの部屋に入れるなとおっしゃるなら、私はその命令に従うまで」


「ごめんね……迷惑かけて」


「迷惑なんて。聖女様の侍女として働けて光栄です」


 ケリーは立ち上がり、扉の方へと歩いていく。


「オーウェン王太子殿下、今はお引き取りください」


 ケリーはベッドに寝転がる聖と扉を交互に見ながら、オーウェンに向かって話した。そして、聖を見て柔らかく微笑む。そんな彼女の方がよほど聖女然としている。


「引くわけにはいかない……それに、俺がこの場を引けばお前の家族も無事じゃ済まないとわかっているだろう!」


 ケリーの家族も無事じゃ済まない、とはどういう意味だろう。


 ベッドから顔を上げてケリーを見る。ケリーは聖と目が合うと、なにも心配する必要はないとでも言うように首を横に振った。

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