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第二十二話

 オーウェンは塩と油で汚れた手を軽くハンカチで拭い、聖の顎に手をかけた。ぐっと顎を持ち上げられて、指の腹で唇をなぞられる。


「セイが嫉妬してるんじゃないのか?」


「ち、ちが……っ」


「そんなに真っ赤になって?」


 説得力がないと言われたのがわかると、ますます頬が紅潮する。図星を突かれて表情に出るなんて最悪だ。


「私は……陽ちゃんが好きだから。いつか、元の世界に帰るんだし」


 自分に言い聞かせるように口に出す。すると顎に触れていたオーウェンの指先が離れていき、それを寂しく思う間もなく、腰を引き寄せられた。


「な……っ」


 街中でなにをやっているのだろう。オーウェンの逞しい胸元に顔が埋まり、人々の視線が突き刺さる。ひゅうっと誰かが唇を鳴らした音が聞こえて、いたたまれない。


「オーウェン、離して」


「いやだ」


「いやだって……どうして」


「セイがいやって顔をしてないからだ。やはり俺に惹かれているだろう? なら、元の世界に帰るまで、俺を恋人の代わりにすればいい。陽一にしてほしいことを俺がしてやる」


 その誘いは甘美で抗えない魅力を持っていた。間髪入れずに断るべきなのに、オーウェンの提案に惹かれてしまっている。


 陽一の代わりにするなんて絶対にいやだと思っていても、抱き締められる腕の中にいたいとも思う。自分がいやだと言っても離さないでほしいと望んでしまっている。


「こ、婚約者がいる人に、そんなこと言われても」


「それは今は気にするな」


「気にするよ!」


 オーウェンの腕の中で顔を上げると、誤魔化すように唇が重ねられた。ちゅっと音を立てて唇が離されて、聖の顔が真っ赤に染まった。


 周囲は美形と美少女のラブシーンに異様な盛り上がりを見せている。


「なんで……キス、するの……」


「してほしそうだった」


「そんなことない!」


 いたずらそうに笑われて、怒りたいのに怒れない。陽一以外とキスをしてしまうなんて。バレないならいいのでは、などと思ってしまいそうになる自分の身勝手さが許せなくなる。


 困ったように眉を顰めると、腕の力が緩まり、口の中にフライドポテトを入れられた。


「冷めないうちに食べよう」


 離れていく身体が寂しい。もっと抱き締めていてほしかった。縋るような視線を向けると、今度はオーウェンが困った顔をする。


「そんな目で見られたら、調子に乗るぞ」


 また顔に出てしまっているようだ。聖は俯くしかなかった。


 オーウェンに手を引かれて歩いていると、いつの間にか、通りを歩く人々の雰囲気が変わっている。


「ここは?」


「この辺りは、貴族御用達の商人が店を構えているんだ。聖のドレスやローブを頼んだ店もあるぞ」


 周囲を見回すと、先ほどまでいた場所よりも上品な店が建ち並びんでいた。屋台などはなく、統一感のある街並みだ。街を巡回する兵士の姿も多い。


 男性はシャツにタイ、上からフロックコートを羽織り、オーウェンが穿いているのと同じようなトラウザーズとブーツ姿だ。女性は足首まであるロングドレスに身を包み、帽子やアクセサリーなどの装飾品で着飾っていた。着ているドレスは胸元で切り返しのあるものが多く、レースやたるみのあるドレープが重ねられていて非常に華やかである。


「この辺りは宝飾品店も多い。なにか気に入った宝石があれば購入しよう」


「宝石? ん~素敵だなとは思うけど、私、元の世界ではただの平民だし、高価な物に見合った立ち居振る舞いなんてできないから。分不相応だよ」


 数百円で買えるようなアクセサリーならよく買っていたが、宝石なんて自分の身の丈に合わない。そういうものを違和感なく身につけられる大人になりたいなとは思うが。


「それに、聖女としてのお仕事に宝飾品はいらないでしょ?」


「なら、魔石で作られた宝飾品はどうだ? あぁ、ここだ。入ろう」


 オーウェンが足を止めて店に入ろうとすると、外に立っていたガードマンらしき男性が扉をすかさず開けてくれる。聖は会釈をしながらオーウェンに連れられて扉を潜った。


 店内には指輪やネックレスといった数々の宝飾品が並べられている。


 ダイアモンドのように透明のものが魔石だろうか。石がついた指輪やネックレスは、デザインもさることながらその宝石自体の価値も非常に高いのだとわかる。


「そういえば、魔石の活用方法をオーウェンが発見したって聞いたけど。こういうのもそうなの?」


「あぁ……と言っても、宝飾品に使っているのは魔力を少量しか込められないクズ魔石と呼ばれるものだから、価格もそう高くない。魔道具を作るのはそれなりに時間がかかるが、宝飾品なら加工技術を持った職人さえいればなんとかなるしな」


「へ~綺麗だね」


「魔道具開発もだが、食べることもできなかった魔獣の商品価値が魔石の活用により一気に跳ね上がった。王家主導なのは変わらないが、これからは市場での取り引きも増えるだろうな」


 オーウェンが魔石がついた指輪を手に取った。そう高くないと言うが、店にいる客は貴族と思われる客ばかり。


「セイ、好きな色はあるか?」


「好きな色?」


 ふと、雲一つない青空のような澄んだ青色が思い浮かぶ。


「……青、かな。空の色」


「そうか」


 どうしてそれを選んでしまったのか自分でもわからないが、オーウェンがセイの言葉に目を瞠り、嬉しそうに破顔する。


「なかなかいい色を選ぶな。デザインはどうだ? この大きさなら、魔法一回分くらいは魔力を込められるかもしれない」


 オーウェンが差しだした指輪は、中央に一つだけ魔石のついた指輪だ。まるでもとの世界の婚約指輪のようなデザインだ。


「可愛い、と思う」


「ならこれにしよう。店主、これを購入するから、魔法を入れて構わないか?」


「えぇ、もちろんです」


 オーウェンはそう言うなり、魔石を指先で包み、なにかの魔法を込めた。そして、空色に変わった魔石を光に翳す。


(あ……オーウェンの)


 彼の目を見て自分がどうして青がいいと言ったのかがわかってしまい動揺する。それを悟られたくなくて黙っていたのに、彼の次の言葉でさらに狼狽えてしまう。


「俺の目の色と同じだ」


「……っ」


「だから青がいいと言ったと、期待していいか?」


 聖はなにも言えなかった。無性に泣きたくなって俯いていると、指先に触れられ手が持ち上げられる。左手の薬指に指輪が嵌められて、喜んでしまう自分が信じがたい。


「指輪はこのまましていく」


 オーウェンが近くに立っていた店主に声をかけ、革の袋から金貨を数枚取り出した。


「お買い上げ、ありがとうございます」


 店主は、オーウェンの正体に気づいていたのか、かしこまった態度で代金を受け取った。


 聖は無意識に首元に触れていた。そこには当然、陽一から誕生日にもらったネックレスはない。ほかの男性からのプレゼントを受け取るなんて。そう思う気持ちはあっても、嬉しさの方が大きかった。陽一への申し訳なさが募っていく。


「オーウェン、ありがとう」


「俺も、セイの瞳と同じ色の指輪を買うか。魔石……じゃ無理だな」


 オーウェンが聖の瞳を覗き込む。近づいてくる顔に胸を高鳴らせていると、彼がサファイアのついた指輪を手に取った。


「セイの瞳の色は魔法では出ないからな。これも違う。深い湖の底のような、綺麗なエメラルドグリーンはないか?」


「では、こちらはいかがでしょうか」


 店主がケースに入った指輪を差し出してきた。太いリングに中央に嵌められたほかの者より少し大ぶりの宝石。


 美しい宝石と聖の目を見比べて、オーウェンが感心したように頷いた。


「純度の高いエメラルドだな」


 喜んで指輪を手に取るオーウェンを、聖はどこか冷めた気持ちで眺めていた。


(私の本当の目の色は、エメラルドグリーンじゃないよ)


 自分がこの世界にとってやはり異物であると認識してしまう。オーウェンの指に嵌められる指輪を見ても、自分の目の色だと喜べない。

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