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第二十一話

「ううん、なんでも……今度でいいや」


「そうか? あぁ、着いたぞ」


 王城の門の外に出て馬車を下りた。王都の街並みは、瘴気を祓うために寄ったどの町よりも賑やかで人で溢れていた。


 人々の顔は明るく、店先にいる商売人たちは皆忙しそうにしている。それだけでこの国の景気の良さがわかるというものだ。


 男性は着古したシャツにズボン、女性は一枚布で作った足首まであるワンピースにベルトを巻いていた。店の従業員たちは皆、その上からエプロンを着けている。着飾った女性の姿を見ないからか、オーウェンと自分の姿はひどく目立つ。これでも平民使用だとケリーは言っていたが、おそらく裕福な平民使用なのだろう。


「すごく目立ってない?」


「あぁ、豪商とその婚約者とでも思われているのかもな」


 足を踏み入れたのは平民の住むエリアだったようだ。


 行き交う人々は皆、自分たちに視線を向けてくるが、その中にいやな視線はなかった。ただ、物珍しさから見ているだけのようだ。


「いい国なんだね」


 聖の言葉にオーウェンは驚いたような顔をして、嘆息した。


「どうだろうな。民にとってはいい国だろうが」


 ほかの誰かにとってはいい国ではないのだろうか。聞きたかったけれど、オーウェンは続きを語らなかった。


 せっかく褒めたのに。ほんの少し拗ねた気分でいると、ふいに手のひらが包まれる。それがオーウェンの手だとわかり、顔を上げた。


「手、忘れてるのかと思った」


 人攫いがどうのと言ったくせに、と思いつつ聞くと、拗ねていると勘違いしたのかオーウェンが小さく笑った。


「早く繋ぎたかった?」


「ち、違うよ! さっきは離してくれなかったくせにって思っただけ。でも、婚約者がいるのにこういうことしていいの?」


「うん、まぁ、問題ないな」


 オーウェンはなぜか決まりが悪そうに苦笑する。


 婚約者に対して多少の申し訳なさがあるのだろうか。その婚約者になにか言われるのは自分としてもいやなのだが。


「まずは買い食いだったか。食べられるか?」


「うん、それは平気。でも、立場的に買い食いとかしていいの?」


 毒味とかしなくていいのだろうか。つい心配になって聞くと「だからバレないようにこの格好なんだろう」と彼が言った。たしかにいつもよりおとなしめな格好ではあるが、立っているだけで溢れる気品は隠しようがない。


 聖はついおかしくなって、噴きだすように笑った。


「あははっ、オーウェンはどんな格好しても、平民には見えないよ」


 こんなイケメンの平民がいてたまるか、と声を上げると、オーウェンが聖の顔を見つめたまま眩しそうに目を細めた。


「お手入れされまくった綺麗な肌だし、手だって荒れてないもん……オーウェン?」


「ん? あぁ、いや……悪い」


「どうかした?」


 聖が聞くと、オーウェンは聖の繋いだ手を持ち上げて指先に唇で触れてくる。


「オーウェン!?」


「聖がようやく笑ってくれたと思っただけだ。こちらに召喚してから、ずっと寂しそうな顔しか見ていなかった」


 そうか、彼はずっと心配してくれていたのだなと思うと、泣きたくなるほど胸が詰まる思いがした。


「そっか……私、笑ってなかったね」


 この世界で楽しんではないけないと思っていたから、自然と難しい顔ばかりをしていたのかもしれない。


 泣き顔は見せないようにしていたが、それでも思うところはあったのだろう。


「セイの気持ちを考えれば、笑えるはずもないがな。笑顔でいてくれなんて言うのは傲慢でしかない。だから、少しでも楽しんでほしいと思ったんだ」


 繋いだ手を強く握られると、オーウェンの優しさが伝わってくる。


「ほら、今日は楽しもう」


「うん」


 ちなみにエンベルトとカミラが少し離れた場所から護衛としてついてきているらしい。周囲を見回すと、知った顔が二つあった。


 屋台では聖がよく知るデザートが売られていた。


「クレープ! なんでっ?」


「やはり聖は知ってたか。母上が広めたんだ。どうしても食べたかったと言っていたな」


 丸い鉄板の上に生地を広げ、薄く焼く。その上にクリームやフルーツが載せられている。聖が知っているクレープそのものだった。


「食べるか?」


「うん、いいの?」


「もちろん」


 クレープを一つ注文し、商品を受け取ったオーウェンが聖に手渡す。


 店先にいる女性と男性がオーウェンの顔を三度見し、クレープを渡す手が震えていたのは見なかったことにする。


「オーウェンは食べないの?」


「甘いと聞いたからな。一口でいい」


 そう言って、聖が持つクレープに噛みついた。急に顔が近づいてきて息が止まりそうになる。金色のさらさらの髪から花のような香りがして、それにも動揺してしまう。


「ん、やっぱり甘いな」


 間接キスくらいなんだと思うのに、オーウェンの歯形がついたクレープを見てしまうと、どうしてもそこに口をつけられない。


「どうした? 食べないのか?」


「いただきます」


 オーウェンが口をつけた部分とは反対側を一口食べる。やはり元いた世界のクレープには及ばなかったが、それでも十分な美味しかった。


(カスタードクリームはないんだな……卵を生で食べる習慣がないのかも)


 衛生面を考えるとそれも納得だ。いくら魔法があるとは言え、民のほとんどは魔法は使えないと言っていた。冷蔵庫なんかの便利なものはないだろう。


「美味しい」


「そうか、よかった。ほら、あれもそうだ。食べよう」


 オーウェンは数メートル先にある店を指差した。クレープを食べながら店に向かうと、陽一や友人たちと散々食べたフライドポテトの店があった。


 皮付きのイモを厚めに切って揚げてある。この世界に来てたった二ヶ月しか経っていないのに、すでに懐かしいと思ってしまう。


 紙に包まれたポテトを受け取ったオーウェンが、そのうち一本を手にして聖の口に差しだす。甘いものを食べているからか塩辛いものがほしくなり、ぱくりと食べる。


「どうだ?」


「うん、元の世界とほとんど同じ味。美味しい。オーウェンも食べてよ。甘くないなら食べられるでしょ?」


「あぁ」


 オーウェンはフライドポテトを二、三本一気に口に入れて、あっという間に咀嚼し飲み込んだ。


「これ美味いな」


「食べたことなかったの?」


 驚いたように目を丸くし、次のポテトを取ったオーウェンに聞いた。王妃が広めたと言っていたのに、子どもには食べさせてあげなかったのだろうか。


「視察で来るくらいだからな。報告は上がってくるから知ってはいたが」


「婚約者さんとは、こういうデートはしないの?」


 今は離されている手に視線を向けて尋ねる。


 婚約者とも手を繋いで歩いたのかと、つい探るように聞いてしまう。そうだと言われたら傷つく予感がしているのに、聞かずにはいられなかった。


 彼といると楽しいのに苦しい。じりじりと焼けつくような胸の痛みがひどくなっていくと、いよいよ自分の感情を認めざるを得ない。


(陽ちゃんが好きなのに……なんで)


 離れている間に、気持ちまで離れてしまったのだろうか。もしくは、帰ることを諦めかけているのだろうか。


 そばにいて優しくしてくれた人に呆気なく惹かれてしまうなんて。オーウェンと過ごす普通の日々を楽しく感じてしまうなんて。


「そうだな、したことはあるが……」


 オーウェンはそう言って、聖をちらりと見つめた。その視線の意味がわからず、聖は気まずさから目を逸らしてしまう。


「そっか、あるんだ。じゃあ私とは手とか繋がない方がいいよ。嫉妬されちゃうのいやだもん」


 聖が言うと、オーウェンがなにかに気づいたようにふっと笑みを漏らす。


「な、なに?」

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