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第二十三話

 聖は並べられた指輪をなんともなしに見つめながら、肩を落とす。すると、真っ黒な宝石のついた指輪が目に入る。それを手に取り光に翳した。


(オニキス……かな。魔除け効果があるんだっけ?)


 パワーストーンにはまっていた友人から聞いた覚えがあった。オニキスは世界的にも手に入りやすいため価格も安いのだと。こちらの世界での価格がどうかは知らないが、オーウェンが手にしているエメラルドと比べると、安っぽく見えた。


(オーウェンにこっちにしたら、なんて言えるわけないよ)


 そんなの、吉川聖である自分の色を身につけてほしいと言っているようなものではないか。芽生え始めた恋心を否定したいのに、そうすることができない。


「セイ? どうかしたか?」


「え、あ……ううん。なんでもないっ」


 聖は慌ててオニキスの指輪を置き、顔の前で手を振った。


 オーウェンは訝しげな顔をしていたが、聖がなんでもないからと言い続けると、諦めたのか指輪の清算をさっさと済ませてしまう。


 彼がエメラルドの宝石のついた指輪をするのを見たくはなくて、店内を眺めているふりをしながら彼から目を逸らした。


「行こうか」


 オーウェンに来たときと同様に手を取られた。彼の左手に指輪の感触がある。


 迎えに来た馬車に乗り込み、離れていく手を名残惜しげに見つめていると、聖の目に入ったのは、エメラルドの宝石ではなかった。


「どうして、それ」


 彼が左手の薬指に嵌めていたのは、聖が手に取っていた真っ黒に輝く石がついた指輪だ。


「様子がおかしかったからな。本当のセイの色はこっちなんじゃないかと思って。当たっていたみたいだな」


 オーウェンは手を持ち上げて、指輪の石に軽くキスをした。


「なんで、それ」


 自分の外見が元の世界と違うと、たしかに言った。けれど、彼が自分の色を身につける意味はなんだろう。まるで聖のことが好きだと勘違いしてしまいそうになる。


「セイはどんな女性だったんだ? 目の色は黒、髪色は?」


「髪も黒だったよ。スポーツ……運動をしてたから今のオーウェンくらい短くて。見た目もこんな女の子らしくなかった。もっとがっしりしてて、おとこおんなとか呼ばれてたくらいだし」


「ずいぶん逞しかったんだな。そのときのセイにも会ってみたかった」


「私を見たら、たぶんがっかりすると思うよ」


 聖女でこの見た目だからこそ、オーウェンは惹かれているのではないだろうか。


 過去、自分を好きだと言ってくれたのは、幼馴染みである陽一だけだった。彼だけは、聖がどれだけ男勝りでも「可愛い」と女扱いしてくれたのだ。


「俺は、セイの外見に惹かれてるわけじゃない」


 オーウェンは聖の髪をすくい取り、指で遊ばせる。


「惹かれてるってなに言ってるの。だから、オーウェンには婚約者がいるんでしょ」


「惹かれてるよ。最初はただ、俺のエスコートを断るくらい好きな男がいるって聞いて、少しばかり気に食わない気持ちになっただけなんだがな。気づいたら、その男より自分を想ってほしくて、好いてもらおうと必死になっていた。女性をエスコートするときは、軽く腕に触れてもらうくらいだ。好きでもない女性と手は繋がないし、キスもしない」


 一人分の距離を開けていたはずなのに、気づくと肩が触れそうなほど近くに彼の身体があった。オーウェンの驚くような告白を受けて、聖の心臓は壊れそうなほどばくばくと激しい音を立てている。


「元の世界を思い出して悲しい顔をしているときは、なにがなんでも笑顔にさせたくなる。陽一を想っているときは、無理矢理にでもこっちを向かせたくなる。俺には……セイを好きになる権利などないのにな」


 腰を引き寄せられ強く抱き締められた。筋肉質の胸元に顔が埋まり、オーウェンの香りに包まれる。


 心臓がばくばくと激しい音を立てる。胸に広がる感情は、驚きと困惑と、喜びだった。


 好きになる権利などない──聖にその言葉の意味を考える余裕はない。


 婚約者がいるのにとか、自分には陽一がいるのにとか。考えなければならないことはたくさんあるはずなのに、伸ばされる彼の腕をどうしても振り払えなかった。


 陽一への想いは変わらないはずだ。会いたいと思うし、帰りたいとも思う。こんな気持ちは陽一への裏切りだともわかっている。


「オーウェン……私」


 それでも、オーウェンへの想いはもう誤魔化せなかった。聖はおずおずと彼の背中に腕を回した。そっと背中に触れると、オーウェンの腕の力が苦しいくらいに強まる。


「俺は、どうしようもないほど、セイに惹かれてる」


 オーウェンは苦しそうに眉根を寄せながら、切なげに目を細めて愛を伝える。


 そんなにも自分を欲してくれているのがたまらなく嬉しくて、どうしようもないほど彼に焦がれてしまう。


「私も……あなたのこと、好き、なんだと思う。恋愛的な意味で。一緒にいると楽しくて、元の世界のことをあまり考えずにいられる。でもね、ずるいと思うけど、陽ちゃんを忘れたわけじゃないし、帰りたい気持ちは常にあるの。ごめんなさい」


 聖が顔を上げると、オーウェンは満足そうに笑っていた。


「故郷に帰りたいと思うのは当然だ。気持ちを返してもらえるとも思っていなかった。セイが好きだと言ってくれただけでいい。陽一を忘れてほしいなんて思ってない。代わりでもいいと言っただろう」


「代わりになんて、しないよ」


 陽一への想いとオーウェンへの想いはまったく違う。陽一はかけがえのない半身のようなもので、両親に感じる想いと似ているかもしれない。


 オーウェンは、一緒にいると安心できる人で、寄りかかってもいいと思わせてくれる人。甘い言葉の数々に翻弄されながらも彼の真っ直ぐな感情は嬉しかった。


「今日は、楽しかったか?」


 そう聞かれて、聖は頷いた。


「うん」


「では、また来よう」


 次の約束の日が来るのを、待ち遠しく感じた。


 けれど、婚約者がいるオーウェンとは結ばれない。それに、自分の帰る場所はここではない。オーウェンとの未来はないのだ。


 今だけだと互いにわかっているからこそ、想いをさらけ出せたのかもしれない。



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