鎗ヶ崎の交差点⑮
大路と別れて喧騒の恵比寿を離れて代官山に向かった。西口からピーコックを超えて五差路を渡り坂を登ると住宅街に入る。すると急にあたりは静かになる。酔った帰り道はこの静けさがいつも孤独を気づかせる。
僕は坂道を登りながら大路の言葉を思い出していた。「恋」。ずっとまともに女性と付き合って来なかった。二十代後半は夢に必死で、三十代はその反動で遊び呆けた。
その間に、ちゃんと女性と付き合う機会がなかったわけではない。でも、どの相手にもいわゆる「恋」を感じることはなかった。
その理由は自分でもわかっていた。知花の存在が心に残っていたからだ。最後に僕が「恋」をしたのは彼女だった。そして僕は彼女への恋心をモデルケースとして相手を探していた。あの頃のように情けなくて辛い。でもどこか幸せで生きていると思える感覚を。
追いかけても振り向いてくれないかもしれない。だけど愛しい。そんな恋愛をしても幸せになれない事はわかっている。のめりこむ恋愛をするような歳ではないのかもしれない。だけどあの時の想いを僕は中毒患者のように求めていた。
夜空には満月が浮かんでいて代官山アドレスのマンションの入り口ではカップルが写真を撮っていた。十数年前のドラマの舞台となったその場所では今でも僕と同世代のカップルがよく記念写真を撮っている。当時流行ったドラマの舞台になった場所だからだ。
そう言えば、あのドラマの主人公は劇的な恋をしてハッピーエンドを迎えていた。しがない魚屋とキャビンアテンダントの恋。格差のある二人が障害を乗り越えて結ばれるストーリー。あの頃あった僕と知花の間の格差はもう埋められたのだろうか。もしもまた出会えたら僕達はうまくいくのだろうか。
過去の女性とのありえない未来を未練がましく考えながら八幡通りに辿り着くと携帯が鳴った。相手は都立大学でバーを経営している同級生の田中だった。
「どうした?珍しいな」
田中の店にはしばらく行ってなかった。代官山から都立大学は距離があったし、この街のルーチンの生活に慣れ過ぎて他の街に行くのが億劫になっていた。
「おう。久しぶり。今何してる?」
「何って、帰りだよ」
「そうか。じゃあこれから店に来いよ」
「なんでだよ」
「会わせたい人がいるんだよ」
「誰?」
「まあ、来てからのお楽しみだな。後悔したくなきゃ来い」
田中はそう言うと、僕の返事を待たずに電話を切った。
土曜の夜だと言うのに、家に帰ってもやることはない。だったら、たまには田中の顔を見るのもいいかもしれない。田中の声を聞いた途端にあの頃への懐かしさも生まれた。彼の店に行ったところで何かが変わるわけでもないが、ただ家に帰るだけの同じような週末に飽きてもいた。
僕は秋風に誘われるようにタクシーに乗った。




