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鎗ヶ崎の交差点  作者: 誠一郎
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鎗ヶ崎の交差点⑭

「夢?そんなの俺は考えたことないわ」

 大路とは遊び呆けた三十歳の時に知り合った。最初は友人の友人で、特に話すこともなかったが、何度も馬鹿騒ぎを一緒にするうちに二人で飲みに行くまでの仲になった。

 この日も僕達は恵比寿の居酒屋で飲んでいた。ひょんな事から夢の話になり、僕は当時叶えられなかった夢の話をし、今は書くことが救いであることを話した。

「夢とまで言えなくても、叶えばいいかなみたいなことないのか?」

「ないな。だって自分でわかるやん。そう言うの叶うか叶わないかなんて。それに何かを創る方が俺にとってはストレスや」

「もしかしたらって可能性も信じないのか?」

「信じないね。可能性を信じるよりも確実な目標を目指したほうが安全やし合理的や」

「さすがエリート。現実的だな」

 大路は関西の進学校を出て最高学府を卒業し、コンサルタント企業に勤めるエリートだった。現実的な思考は彼の受けて来た教育に由来しているのだろう。ビジネスの世界では夢なんかよりも合理性の方が役に立つ。社会人生活の中で、何度かそんな大路のアドバイスに助けられたことがあった。

「まあな。でも、夢があるってのは羨ましいよ。俺はそれほど欲するものは今までなかったからなあ」

「夢ってほどじゃないよ俺のは。書くことでストレス解消できてるって感じだし。それにお前は全部手に入れてきたから夢がないんじゃないか?」

 すると大路が一瞬不快な表情を浮かべた。

「俺の経歴を見るとみんなそう言うねん。何も苦労していないエリートだってな。でもな、俺はただ努力して手に入れられるものを掴んできただけや。大概の世の中の人間は努力が足りないんだよ」

 それはもっともな話だと思った。自分が音楽を糧にした生活をするために本当に努力したかと問われればあまり自信がなかった。そして、そんな人間が大路のような本当に努力をして色々なものを掴んできた人間を認めないのだ。

「そうだな。それはその通りかもな」

 大路はハイボールのお代わりを店員に頼んだ。

「でもな、努力して手に入れられるものにはロマンはないしドラマもない。努力しても手に入れられないかも知れないものが夢なんだよ。お前はその夢を追えばいいさ。けどまあ、俺と飲む時間がなくならない程度に頑張れや」

「なんだそれ」

「俺も結婚して、子供もできて、周りもそうだから飲む相手すらいないからな。たまに遊びたくなって付き合ってくれる相手がいなくなったら困る」

「それを言うなら俺も同じだよ。毎週同じような週末を過ごしてるだけだから」

「寂しい中年になったもんやな俺達も。少し前まではバカみたいに遊んでたのに。まあ、松坂世代のスポーツ選手も軒並み引退してるからそんなもんなのかもなあ」

「ああ。そうだな」

 松坂世代と呼ばれた僕らは同世代の野球選手が引退し始めると関係ない自分達の人生まで終わったような言われ方をされた。しかし確かにスポーツ選手の引退に引きずられるように、一般人の僕らの人生も平坦で起伏がなく終焉の雰囲気が漂っていた。高校生の頃の持ち上げられ方が嘘のように。

 すると、大路が虚空を見つめて言った。

「恋がしたいなあ」

「は?」

「恋や。恋。仕事に夢がなくてもいい。この先、大富豪にならなくてもいい。ただ、恋はしたいんだよ」

「何を妻子持ちが言ってるんだ」

「そうだけどな、このまま人生終わりってのもなあ。まあ、その点はお前と一緒や。お前は夢、俺は恋。求めるものが違うだけ。ああ。胸焦がす恋がしたいわ。それでふられてもいい。そや、恋も夢も同じやな。手に入れられないほど燃える」

「恋か」

 自分はそんな相手に出会ったことがあるのだろうか。ふと考えると知花の顔が浮かんだ。

 彼女とは十年会っていなかった。しかしその美しい姿は鮮明に思い出された。

「最近は誰かいないのか?」

「え?ああ。いないよ」

「遊んでる時もお前は特定のはいなかったもんな。作家になるなら、恋をしないといいの書けないで」

「そういうもんかな」

「当たり前や。誰か探せ。そして俺にそのおこぼれを紹介してくれ」

「あ、そういうことね」

「そういうことや」

 僕らはハイボールを飲み干して店を出た。

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