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鎗ヶ崎の交差点  作者: 誠一郎
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鎗ヶ崎の交差点⑬

 遊び呆ける日々に虚しさを感じたその日から僕の生活は上手くいかなくなった。順調だと思い込んでいた社会人生活に生まれてしまった疑問は仕事にも影響を及ぼした。

 二十七歳の時に就職し五年。生活は楽になったが、仕事を楽しいと思えたことはなかった。

 結局は金を得るためとして仕事をしてきた。生活をするにはお金が必要だったし、今さらまた夢をなんて言える年齢でもない。

 しかしそこにやりがいはなかった。その事実を忘れるために僕はただ遊び呆けていたが、遊ぶことすらも馬鹿馬鹿しくなってしまった時、何にも意味を見出せなくなってしまった。夢を諦めて何も掴めないまま、ただ会社員として生きていく人生が恐ろしくつまらないものに思えてしまった。

 僕は新たな悩みの中でバランスを崩し、三社目の転職をすることにした。新しい場所でなら、こんな鬱屈とした気持ちは消えるかもしれない。勢いだけで生きていける年齢ではなくなった僕にとって、転職は唯一の救いだった。

 転職と同時に、引越しもすることにした。何もかもを変えたかったのだ。場所は代官山を選んだ。わざわざそんなハイソな街にと言われるかもしれないが、掘り出し物の物件を不動産屋に紹介されたのだ。

 築50年の古いマンションだったが、最上階で見晴らしが良く、家賃も相場よりもかなり安かった。次の職場は人形町にあり、日比谷線の通る恵比寿や中目黒まで歩いていけるのも都合がよかった。

 遊びをやめた僕の生活は修行僧とまではいかないが地味そのものになった。淡々と会社に行き、週末はジムに行くか映画を見る。たまに友人と飲みにも行くが、バカみたいに騒いだりはしなくなった。

 新しい会社は最初こそ新鮮味はあったが、恙無く人間関係を作り仕事も憶えてしまうと真新しい何かが始まる予感は消えてしまった。

 渋谷も恵比寿も中目黒も近い、華やかな街に住みながらも僕の生活はどこか空虚だった。夢を追いかけた二十代は過ぎ、三十歳の狂乱も終わった。あとは誰かと結婚をして子供が産まれて・・・そうやってありきたりな人生の階段を登って行くだけなのだろうか。それともこの先に何かあるのだろうか。心の奥底にはどうしようもない未来への退屈さが塵となって積もっていた。

 そしてこの頃に「書くこと」を始めた。音楽への未練はないと自分に言い聞かせながら、何かを創造したいと言う欲望は捨て切れなかった。しかしまた最初から音楽をやる気にはなれなかった。

 折しも世の中は音楽で生計を立てることを夢見る時代ではなくなっていた。楽曲はダウンロードが主流になり売れるCDはアイドルのものばかりになって食べていけるミュージシャンは昔よりも少なくなっていた。

 そんな世界にまた足を踏み入れ、やっと手に入れた生活水準を失うことへの恐れを克服するほどの情熱と勇気はもう僕にはなかった。

 しかし何も情熱を傾けられない日々の中で出会ったのが「書くこと」だった。何かの待ち合わせの時に、本屋で文芸雑誌の投稿募集の広告を見たのがきっかけだった。文芸誌など見たこともなかったのに、なぜかその時に手に取りその瞬間に書いてみようと思ったのだ。

 初めて書いた小説は原稿用紙百枚程度の駄作だった。しかし物語を書くという行為は自分に合っていると思った。心の中にあるものを吐き出せる感覚に快感も覚えた。

 そこに二十代の頃のように大成功しようという野心や情熱はなかった。この時の僕にとって「書くこと」は唯一の希望と言ってよかったのかもしれない。細い糸でも夢に続く可能性の糸を切らずにいれるという事実が、やがて不安定になってしまった社会人生活に安定をもたらしてくれた。

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