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死んだおっさん、天使になる。~天界のお仕事、思ってたのと違います~  作者: 月欠けラムネ
第1章 新人天使フンノシエル

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第8話 新しい友情

 

 俺たち二人の間には今、


 新しい友情が芽生えようとしていた。


 理由は単純だった。


 苦しみが同じだったからだ。


 俺は手の中のかつらを見る。


 そして、上空から落ちてくるゴゴゴ・ザ・シャインを見る。


「浮遊!」


 ゴゴゴ・ザ・シャインの体が、天居雲へ激突する寸前でぴたりと止まった。


「危なっ……!」


 そのままゆっくり地面へ降りてくる。


 そして着地するなり、自分の頭を両手で隠した。


「……返してください」


 俺は手の中のものを見る。


「これ?」


「それです」


「お前……」


「何も言わないでください」


 駄目だった。


「ぶっ……!」


 吹き出した。


「笑わないでください!」


「ご、ごめん……!」


 さっきまであれだけふさふさだった男が、今は必死に両手で頭を隠している。


 しかも名前は、


 ゴゴゴ・ザ・シャイン。


「駄目だ……シャイン……!」


「名前は関係ないでしょう!」


「いや、今はめちゃくちゃ関係あるだろ!」


 横を見る。


 ララエルも口元を押さえていた。


「……ふふっ」


「ララエルさんまで!」


「す、すみません……!」


 ララエルは何とか笑いをこらえながら言った。


「でも、ない方がいいと思いますよ」


「何がです?」


「かつらです」


「どういう意味ですか」


「その分、軽くなりますから」


 俺はまた吹き出した。


「ぶはっ!」


「笑わないでください!」


 ララエルは真面目な顔で続ける。


「飛行では少しでも軽い方が有利です。ですから、わざわざ重量を増やす必要はないかと」


 ゴゴゴ・ザ・シャインは真顔で答えた。


「これは私の体の一部です」


 一瞬、静かになった。


「……体の一部?」


 俺が聞き返す。


「はい」


「今、俺の手の中にあるけど」


「精神的には体の一部です!」


「取り外せる体の一部じゃねえか!」


 ララエルがまた笑い出した。


「す、すみません……!」


 ゴゴゴ・ザ・シャインは俺からかつらを奪うと、慣れた手つきで頭に乗せた。


 少し左右へ動かす。


 角度を調整する。


 そして元通り。


 ふさふさのゴゴゴ・ザ・シャインが完成した。


 俺はじっと見る。


「……」


「何です?」


「隠してるのか隠してないのか、よく分かんなくなってきたな」


「隠してますよ!」


「俺たちの目の前で堂々と付け直したけど」


「もうバレたんだから仕方ないでしょう!」


「まあ、それもそうか」


 そこで俺は、ふと気づいた。


 こいつ。


 名前を決めた時から、かつらだったんだよな。


 ということは当然、自分の頭のことは分かっていた。


 それなのに。


『ゴゴゴ・ザ・シャイン』


 シャイン。


 輝き。


 どう考えても、頭をいじられる可能性がある名前だ。


 それを承知で、こいつはゴゴゴ・ザ・シャインを選んだ。


 俺は自分の右手を見る。


 銀色の文字。


『フンノシエル』


「……」


 そこまで嫌だったのか。


 フンノシエル。


 俺は少しだけ肩を落とした。


 なんだか急に、


 自分の名前がさっきより悲しく見えた。


「どうしました?」


 ゴゴゴ・ザ・シャインが聞いてきた。


「……いや、何でもない」


 本人には言わないでおこう。


 これ以上傷つく必要もない。


 俺は顔を上げた。


「まあ、安心しろよ」


「何をです?」


「俺はお前の味方だから」


 ゴゴゴ・ザ・シャインが少し驚いた顔をした。


「フンノシエルさん……」


 俺は自分の頭を撫でる。


「分かるからな。その気持ち」


 ゴゴゴ・ザ・シャインは少し黙った。


 そして、ゆっくりうなずいた。


「私も……あなたなら分かってくれると思っていました」


「ゴゴゴ・ザ・シャイン……」


「フンノシエルさん……」


 俺たちは無言で見つめ合った。


 名前登録所では揉めた。


 こいつには土下座までされて、フンノシエルを押し付けられた。


 正直、友達にはなれないと思っていた。


 でも今なら。


 こいつの気持ちは少しくらい分かる。


「これからよろしくな」


「こちらこそ」


 俺たちは固く握手した。


 天界で初めてできた、


 本当の友人。


 同じ悩みを分かち合える、


 大切な仲間。


「……ふふっ」


 横から声がした。


 俺たちは同時にララエルを見る。


「何笑ってるんです?」


「い、いえ……!」


 また口元を押さえている。


「だって……」


 俺たちを見る。


「フンノシエルさんとゴゴゴ・ザ・シャインさんが、すごく真面目に友情を確かめ合っているので……!」


「名前で笑うな!」


「すみません!」


 せっかくいいところだったのに。


 しばらくして。


 ようやくララエルの笑いが収まった。


「……はあ。すみません。本当に」


「研修中ですよ」


「そうでした」


「忘れてたんですか」


 ララエルは咳払いをした。


「では、最後に確認しておきましょう」


 俺たちは姿勢を正す。


「まず、羽だけで飛ぶのは、お二人の体格では難しい」


「はい」


「浮遊術は数十センチ程度。主に落下を止めるために使います」


「はい」


「地上へ降りる時は基本的に落下。必要な位置で浮遊術を使って止まります」


「はい」


「横移動については風を利用します」


「風任せですね」


「まあ……そうですね」


 ついに否定しなくなった。


「帰りは上昇術」


 ゴゴゴ・ザ・シャインが言う。


「はい。一回につき約五キロ、真上へ上昇します。ですから、なるべく天居雲の真下から使ってください」


「ずれてたら?」


「浮遊術で止まり、風を利用して戻ります」


「できればやらない方がいい?」


「その方が楽ですね」


 俺が付け加える。


「それから上昇術をむやみに連続使用しない」


「その通りです」


 ララエルが満足そうにうなずいた。


「基本的な移動については、これくらい覚えておけば大丈夫でしょう」


 俺とゴゴゴ・ザ・シャインは同時に息を吐いた。


「やっと終わった……」


「長かったですね」


 天使になった。


 羽をもらった。


 でも羽ではほとんど飛べない。


 地上へ行く時は落ちる。


 横は風任せ。


 帰りは上昇術。


 そして、ゴゴゴ・ザ・シャインの髪はかつら。


 最後の一つだけは、移動には関係なかった。


「じゃあ、研修終了ですか?」


 俺が聞いた。


「基礎説明はだいたい終わりです」


「だいたい?」


「まだ大事なことが残っていますよ」


「何です?」


 ララエルが俺たちを見る。


「仕事です」


「あ」


 完全に忘れていた。


 俺は天使になったのだ。


 ここまで名前と飛行のことで頭がいっぱいだったが、


 まだ天使として一度も働いていない。


「最初に説明した五つの仕事、覚えています?」


「使者、守護……」


 ゴゴゴ・ザ・シャインも指を折る。


「礼拝、管理、救済」


「正解です」


 ララエルは笑った。


「次は、お二人の仕事について決めていきます」


 そして、


 俺の右手へ目を向けた。


 銀色に輝く、


『フンノシエル』の文字。


「特にフンノシエルさんは、シエル級ですから少し特殊です」


 俺も自分の手を見る。


「そういえば上級なんでしたっけ」


「はい」


「具体的に何が違うんです?」


「詳しいことは、仕事関係の担当部署で説明してもらえます」


「また先送り?」


「私の担当ではありませんから」


 そこはきっちりしているらしい。


「ただ一つ」


 ララエルは言った。


「仕事を決める時に、一般天使より少しだけ選択肢が多いですよ」


「へえ」


 名前以外では、


 本当に当たりなのかもしれない。


 俺はもう一度、


 銀色の『フンノシエル』を見た。


 さっきより少しだけ、


 重く見えた。



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