第9話 新人研修終了
ララエルは手元の半透明な板を確認した。
「はい。これで簡単な新人研修は終了です」
「終わり?」
俺は思わず聞き返した。
「はい」
ララエルはうなずく。
「ここでは本当に基本的なことしか説明していません。もっと詳しいことは、この後の職場案内で説明を受けてください」
ゴゴゴ・ザ・シャインが聞く。
「職場案内?」
「はい。天使の仕事についての説明や、配属に関する手続きですね」
「じゃあ、まだ研修そのものは続く?」
「部署ごとの説明は続きます。でも、私の担当はここまでです」
そう言って、ララエルは俺たちに向かって頭を下げた。
「お二人とも、お疲れさまでした」
俺とゴゴゴ・ザ・シャインも頭を下げる。
「ありがとうございました」
「お世話になりました」
なんだかんだで、ここまで来た。
天使になって。
飛べないことを知って。
変な名前を付けられて。
浮遊術と上昇術を覚えて。
かつらまで飛んだ。
最後の一つは俺じゃないけど。
「あ、そうだ」
俺は顔を上げた。
「ララエルさん」
「はい?」
俺はララエルの頭を指差した。
「その輪っかって、いつも付いてますよね」
ララエルの頭上には、金色に光る輪が浮いている。
それから白い衣装。
背中の羽。
どう見ても天使だ。
俺は自分の頭上を見る。
何もない。
白い服は着ているが、ララエルほど天使らしい格好ではない。
「俺たちの輪っかって、いつもらえるんです?」
ゴゴゴ・ザ・シャインも気づいたらしい。
「そういえば、私たちにはありませんね」
「それについても、職場案内の方で説明がありますよ」
「そこで貰えるんです?」
「正式な配属が決まってからですね」
「まだ先か」
「詳しいことは、そちらの担当者から聞いてください」
「また担当が違うんですね」
「はい。そこはきっちり分かれています」
俺はもう一度、ララエルの輪を見る。
淡い金色の光を放っている。
「やっぱりこれあると、天使って感じしますよね」
「そうでしょう?」
ララエルは少し得意そうだった。
ゴゴゴ・ザ・シャインも輪を眺める。
「光り方もいいですね」
「目印にもなりますからね」
俺も自分の頭の上に輪が付いた姿を想像した。
白い服。
白い羽。
金色の輪。
悪くない。
むしろ、ようやく天使らしくなれる気がする。
「これ付いたら、俺もかなり天使っぽく――」
ララエルの肩が震えた。
「……」
「何です?」
「い、いえ」
「今、絶対何か思いましたよね?」
「何も」
ララエルは口元を押さえた。
ゴゴゴ・ザ・シャインが怪訝そうにする。
「どうしました?」
ララエルは俺を見る。
次にゴゴゴ・ザ・シャインを見る。
そして二人の頭を見る。
「……ふっ」
吹き出した。
「また!?」
「す、すみません!」
ララエルは笑いをこらえようとしている。
「だって、お二人が金色の輪っかを付けて、頭まで光ったところを想像したら……!」
「頭までって言うな!」
ゴゴゴ・ザ・シャインも傷ついた顔をした。
「私までですか!?」
「ごめんなさい!」
「私は今かつら付けてますよ!」
「だから余計に……!」
ララエルはとうとう声を出して笑い始めた。
「何が余計になんですか!」
「すみません、本当に……!」
俺はため息をついた。
「最後の最後までハゲで笑われるのかよ……」
隣のゴゴゴ・ザ・シャインが小さく呟く。
「私のことまで、もうハゲ扱いなんですね……」
少し本気で傷ついている。
ララエルは何度か深呼吸して、ようやく落ち着いた。
「すみません。今度こそ本当に終了です」
「本当でしょうね」
「はい」
ララエルは笑顔で俺たちを見た。
「職場案内・配属受付は、この道をまっすぐ行けばあります」
「分かりました」
「そこで仕事について詳しく聞いてください」
「はい」
「では、お二人とも頑張ってくださいね」
ララエルが手を振る。
俺たちも軽く手を上げた。
そうして歩き始めた。
しばらく無言だった。
ゴゴゴ・ザ・シャインが先に口を開く。
「……フンノシエルさん」
「何?」
「私のこと、もうハゲって広まるんでしょうか」
「気にするなよ」
「でも、ララエルさんには完全に知られました」
「俺なんか最初からだぞ」
「あなたは堂々としてるじゃないですか」
「堂々としてるんじゃない。隠すものがないんだ」
「……」
「黙るなよ」
ゴゴゴ・ザ・シャインは少し考えた。
「でも私なんて、ゴゴゴ・ザ・シャインで、しかもハゲですよ」
「俺なんかハゲでフンノシエルだぞ」
「……」
「……」
互いに顔を見る。
「私の方がひどくないですか?」
「いや、俺だろ」
「私はシャインですよ」
「俺は汚物の御使いだぞ」
「でも上級天使でしょう?」
「名前のダメージは階級じゃ消えないんだよ」
「私は一般級でハゲです」
「俺は銀文字でフンノシエルだ」
ゴゴゴ・ザ・シャインは少し考えた。
「……名前が目立つ分、そちらの方がひどいですね」
「だろ?」
なぜか少し嬉しくなった。
不幸自慢で勝って嬉しくなるのもどうかと思う。
二人並んで歩いていく。
さっきまでなら、こんな話をしながら歩くとは思わなかった。
でも今は、妙に居心地がいい。
前方には、
『職場案内・配属受付』
と書かれた大きな建物が見えてきた。
俺は自分の右手を見る。
銀色に光る、
『フンノシエル』
の文字。
隣には、
『ゴゴゴ・ザ・シャイン』
という黒文字を持つ男。
天使になってから、
想像していたことと違うことばかりだった。
でも。
少なくとも一人、
一緒に歩いていけそうな奴はできた。
俺たちは、
新しい仕事を決めるため、
職場案内・配属受付へ向かって歩いていった。




