第10話 天使の仕事
『天界運営局・配属管理部・職場案内課』
俺とゴゴゴ・ザ・シャインは、その看板を見上げていた。
「ここですね」
「ああ」
ララエルとは、さっき別れたばかりだ。
新人としての基礎教育は終了。
ここから先は、実際に何の仕事をするのかを決めるらしい。
建物の中へ入る。
さっきまでいた研修場所とは、雰囲気がかなり違った。
広い。
いくつもの窓口が並び、白い服を着た天使たちが忙しそうに行き来している。
頭の上に金色の輪を浮かべている者も多い。
「やっぱり、あれいいですよね」
ゴゴゴ・ザ・シャインが言った。
「輪っか?」
「はい」
「分かる」
俺たちはまだ持っていない。
羽はある。
白っぽい服も着ている。
でも、どこか中途半端だ。
ララエルと並ぶと、明らかに向こうの方が天使らしかった。
受付で名前を告げる。
「ゴゴゴ・ザ・シャインです」
「フンノシエルです」
担当の男性天使が書類を確認する。
一瞬だけ俺の手の甲を見る。
銀色の文字。
『フンノシエル』
少し目を止めたが、特に何も言わなかった。
「確認できました。お二人ともこちらへどうぞ」
案内された部屋には、机と椅子が並んでいた。
正面には大きな表示板がある。
俺たちは並んで座った。
担当官が向かいに立つ。
「それでは、職業選択と正式配属について説明します」
俺は手を上げた。
「その前にいいです?」
「はい」
俺は担当官の頭を指差した。
金色に光る輪が浮いている。
「それ、俺たちはいつもらえるんです?」
「天輪ですね」
「てんりん?」
「正式配属された天使が身につける装備の一つです」
ゴゴゴ・ザ・シャインも自分の服を見る。
「服も違いますよね?」
「こちらは天装といいます」
担当官が自分の白い服を示した。
確かに俺たちが今着ている簡素な服より、ずっとしっかりしている。
「じゃあ俺たちのこれは?」
「訓練生用です」
「訓練生?」
そこで担当官が表示板を操作した。
四つの階級が現れる。
第一級 最上級天使
第二級 上級天使
第三級 一般天使
第四級 訓練生
俺とゴゴゴ・ザ・シャインは表示を見る。
「四段階なんですね」
「はい」
担当官が一番下を指した。
「現在、お二人はこちらです」
第四級。
訓練生。
「俺も?」
思わず聞いた。
「もちろんです」
「でも俺、シエル級ですよ?」
俺は銀色の名前を見せた。
「はい」
「上級天使って聞いたんですけど」
「正式配属後はそうなります」
「……後?」
「現在はまだ職業が決まっていませんから、身分上は第四級訓練生です」
「一番下?」
「一番下です」
なんだろう。
ちょっと悲しい。
「じゃあ、この銀色は何なんです?」
「第二級への昇格資格が、すでに承認されている証明です」
「なるほど……」
「正式な職業に就いた時点で、フンノシエル様は第四級から第二級へ移行します」
ゴゴゴ・ザ・シャインが俺を見る。
「一気に二つ上がるんですか」
「そうみたいですね」
「私は?」
担当官が答える。
「正式配属後、第三級一般天使となります」
「私は一つだけ」
「一般的な新人はこちらです」
俺はちょっと嬉しくなった。
やっぱりフンノシエルは名前以外は当たりらしい。
「じゃあ、正式配属されたら天輪と天装も?」
「その際に支給します」
「今はもらえない?」
「まだ訓練生ですので」
「早く欲しいな……」
あれを付ければ、かなり天使らしくなる。
俺は自分の頭の上に光る輪があるところを想像した。
なかなか悪くない。
横を見る。
ゴゴゴ・ザ・シャインも同じことを考えていたのか、自分の頭上を気にしている。
俺は、つい髪を見る。
ふさふさ。
中身は知っている。
「……何です?」
「別に」
「またかつらのこと考えてません?」
「考えてないよ」
「絶対考えてましたよ」
担当官が咳払いした。
「続けてもよろしいでしょうか」
「すみません」
「申し訳ありません」
二人で頭を下げた。
表示板が切り替わる。
今度は五つの項目が現れた。
担当官が説明を始める。
「天使の仕事は、大きく五部門に分類されます」
最初にララエルから聞いたものだ。
だが今回は、もう少し具体的だった。
使者。
天界からの知らせや指示を、人間や他の天使へ届ける。
地上へ行く機会も多い。
守護。
特定の人間や集団を見守り、危険から守る。
必要に応じて、本人がより良い選択をできるよう導く。
礼拝・奉仕。
天界で行われる儀式や礼拝、神殿などに関する業務。
地上よりも天界での仕事が中心になる。
世界管理。
風、雲、天候などを含め、世界の秩序を維持する。
担当する分野によっては地上にも出る。
そして最後。
救済。
苦しんでいる人間のもとへ赴き、心を支えたり、立ち直るきっかけを与えたりする。
俺は五つの文字を眺めた。
どれも、それなりに天使らしい。
「この中から第一希望を選んでいただきます」
ゴゴゴ・ザ・シャインが手を上げる。
「選んだら、その仕事に就けるんです?」
「適性が認められれば」
「認められなかったら?」
「一般天使の場合、こちらで適性のある別の部門へ配属します」
「もう自分では選べない?」
「基本的には」
ゴゴゴ・ザ・シャインが少し残念そうな顔をした。
「ただ、適性確認で不適合になる方は、それほど多くありません」
「そうなんです?」
「はい。第一希望の部門へそのまま正式配属される方がほとんどです」
「じゃあ、本当に合わなかった時だけ?」
「そう考えていただいて構いません」
なるほど。
選んだからといって絶対ではないが、ほとんどの場合はそのまま正式配属になるらしい。
担当官が俺を見る。
「ただし、シエル級は例外です」
「俺?」
「はい」
担当官の言葉遣いが、少しだけ丁寧になる。
「フンノシエル様には、第一希望が不適合だった場合、自動配属となる前に、もう一度だけご自身で別の部門を選択する権利があります」
「二回?」
「はい」
ゴゴゴ・ザ・シャインが横から言った。
「ずるいですね」
「俺に言うなよ」
「名前はあれなのに」
「お前、また今バカにしただろ」
「してません」
「絶対した」
担当官は何事もなかったように続ける。
「二度目も不適合だった場合には、シエル級でもこちらで適性のある部門へ配属します」
「つまり俺は、自動で決められる前に一回多く選べる」
「そういうことです」
悪くない。
少なくとも、
フンノシエルという名前を一生背負うだけの特典はあるらしい。
「では、少し考えてください」
俺たちは表示板を見る。
五つ。
何にするか。
意外と悩む。
「ゴゴゴ・ザ・シャインさんは?」
俺が聞いた。
「私は決めました」
「早いな」
あいつが指したのは、
使者。
「これにします」
「使者?」
「はい」
ゴゴゴ・ザ・シャインは少し嬉しそうだった。
「天界の言葉を人間に届けるんですよ?」
「そうだな」
「一番、天使らしいと思いません?」
俺は想像した。
白い天装。
白い羽。
金色の輪。
光を背負って地上へ降り立つゴゴゴ・ザ・シャイン。
そして人間へ向かって言う。
『我が名は、ゴゴゴ・ザ・シャイン』
「……」
「何です?」
「いや」
「何かおかしいです?」
「全然」
「今、笑いましたよね?」
「笑ってない」
本人がやりたいなら、それでいい。
「使者でお願いします」
担当官が記録する。
「第一希望、使者。登録します」
表示板の一部が光った。
今度は俺だ。
五つを見る。
使者。
守護。
礼拝。
世界管理。
救済。
「……」
俺は一つを指した。
世界管理。
「これにします」
ゴゴゴ・ザ・シャインが意外そうな顔をした。
「世界管理?」
「ああ」
「どうして?」
理由は簡単だった。
新人研修。
移動方法の説明。
何度も聞かされた言葉がある。
風任せ。
風が来るまで待つ。
風向きが悪ければ、もっと待つ。
「俺、散々風に振り回されたからさ」
「はい」
「だったら今度は、こっちが風を動かす側になってみたい」
「なるほど」
それに。
世界を管理する。
上級天使。
なんとなく響きが合っている。
フンノシエルという名前以外は。
「上級天使っぽいでしょう?」
「ちょっと調子乗ってません?」
「少しくらいいいだろ」
担当官が確認する。
「フンノシエル様、第一希望は世界管理でよろしいですね?」
「はい」
「承知しました」
登録される。
これで二人とも決まった。
まだ正式配属ではない。
このあと、それぞれの部門で適性を確認する。
問題がなければ、そのまま正式配属になるらしい。
でも俺たちは、
当然のように希望通りになると思っていた。
「じゃあ、ここから別々ですね」
ゴゴゴ・ザ・シャインが言った。
「ああ」
使者と世界管理。
仕事が違えば、適性確認を受ける場所も違う。
名前登録所からずっと一緒だったが、
ここで一度離れることになる。
ゴゴゴ・ザ・シャインが手を差し出す。
「お互い頑張りましょう」
俺も握り返した。
「そっちもな」
「次に会う時は、ちゃんと天輪を付けてるかもしれませんね」
「俺はどんな天装になるんだろうな」
「上級ですからね」
「似合うと思う?」
「名前以外は」
「お前ほんと約束守らないな」
二人で少し笑った。
担当官が別々の通路を示す。
「使者部門希望者はこちらへ」
ゴゴゴ・ザ・シャインが歩き出す。
「世界管理部門希望者はこちらです」
俺も反対方向へ進む。
途中で振り返る。
向こうも振り返った。
軽く手を上げる。
俺も手を上げた。
あいつは使者。
俺は世界管理。
次に会う時は、
お互い正式な天使になっているのかもしれない。
俺は少しだけ胸を張った。
銀色の『フンノシエル』が、
手の甲で光っている。
世界を管理する上級天使。
悪くない。
絶対悪くない。
今度こそ、
ちゃんとした天使生活が始まる。
俺はまだ、
そう信じていた。
――序章 完――




