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死んだおっさん、天使になる。~天界のお仕事、思ってたのと違います~  作者: 月欠けラムネ
第1章 新人天使フンノシエル

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第7話 帰りの方が大変

 

「では、次は上昇術です」


 ララエルが言った。


 浮遊術の練習は、思っていたよりあっさり終わった。


 せいぜい数十センチ浮くだけ。


 飛行というより、落下した時に地面へ激突しないためのストッパーらしい。


 俺は空を見上げた。


「そういえば、地上まで降りたあとって、どうやってここまで戻ってくるんです?」


「そのための上昇術です」


「ようやくまともな移動方法が出てきた」


「そうでしょうか?」


「なんで最初から不安にさせるんですか」


 ララエルが空を指差した。


「上昇術を一回使うと、約五キロメートル真上へ移動します」


「五キロ!?」


 さっきの浮遊術は数十センチだった。


 急に規模がおかしい。


 ゴゴゴ・ザ・シャインも驚いている。


「一回で五キロですか?」


「はい」


「それなら地上から一発でここまで戻ってこられるんじゃ?」


「うまくいけば」


 またその言い方だ。


「何か条件があるんです?」


「上に天居雲があれば、です」


「天居雲?」


 ララエルが足元を指した。


「今、私たちが立っているこの巨大な雲です。天使たちの住居や施設の多くが、この天居雲の上にあります」


 俺は足元を見る。


 ずっと普通の地面みたいに歩いていたが、改めて考えると全部雲だ。


「これ、だいたいどのくらいの高さにあるんです?」


「地上からおよそ五キロ前後ですね」


「じゃあちょうどいいじゃないですか」


「ですから、真下にいれば一回で戻れます」


 ララエルは人差し指を真上に向けた。


「ただし、上昇術で動けるのは真上だけです」


「……真上?」


「真上です」


「斜め上は?」


「無理です」


 ゴゴゴ・ザ・シャインが聞く。


「右上は?」


「無理です」


「左上は?」


「無理です」


「本当に真上だけなんですね」


「上昇術ですから」


 また名前通りだった。


 俺は少し考えた。


「じゃあ地上で仕事が終わった時、天居雲が真上になかったら?」


「まず天居雲の真下まで移動してください」


「どうやって?」


「歩いても構いません」


「五キロ上の雲を見ながら歩くんですか?」


「はい」


「遠かったら?」


「浮遊術を使って風に流されてもいいですよ」


「また風任せか」


「天使は風と仲良くしてください」


 それ、前にも聞いた気がする。


「つまり一番安全なのは、地上で天居雲の位置を確認して、その真下まで行く」


「はい」


「そこから上昇術を一回」


「そうです」


「うまくいけば天居雲に到着」


「完璧です」


 なるほど。


 使い方さえ間違えなければ簡単そうだ。


 ゴゴゴ・ザ・シャインが手を上げた。


「もし位置がずれたまま上昇術を使ったら?」


「五キロ上空まで行って、何もない場所に出ます」


「そのあと?」


「落ちます」


「やっぱり落ちるんだ」


 ララエルは当然のようにうなずいた。


「上昇術は、五キロ上へ移動させるだけの術です。浮き続ける効果はありません」


 俺は嫌な予感がした。


「じゃあ上まで行った瞬間、天居雲がなかったら?」


「そのまま落下が始まります」


「どうすればいいんです?」


「浮遊術で止まってください」


「止まったあと?」


「風に流されて天居雲へ近づきます」


「五キロ上空で?」


「はい」


「そっちの方が難しくない?」


「かなり難しいですよ」


「じゃあ下でちゃんと位置合わせした方がいいじゃないですか!」


「だから最初からそう言っています」


 ララエルが少し呆れた顔をした。


 俺は頭の中で整理した。


 行き。


 天居雲から地上へ落ちる。


 浮遊術で止まる。


 仕事する。


 帰り。


 天居雲を探す。


 真下まで移動する。


 上昇術。


 帰還。


「……行くより帰る方が大変ですね」


「そうですね」


「行きなんてほとんど落ちるだけだもんな」


「はい」


 ゴゴゴ・ザ・シャインが言った。


「行きはよいよい、帰りは怖いですね」


「ああ、通りゃんせだ」


 天国まで来て通りゃんせを実感するとは思わなかった。


 俺はもう一つ気になった。


「もし上昇術一回で失敗したら、もう一回使えばいいんじゃないですか?」


 ララエルの表情が変わった。


「それはやめてください」


「なんで?」


「今いる天居雲自体が、およそ五キロ付近です」


 ララエルはさらに上を指した。


「ここから上昇術を一回使えば、およそ十キロ付近まで上がります」


「はい」


「そのあたりから先は、高高度の危険な領域へ近づいていきます。さらに上昇を繰り返せば、成層圏へ入ってしまいます」


 ゴゴゴ・ザ・シャインが聞いた。


「天使でも危ないんです?」


「危険です」


「でも俺たち、死なないんですよね?」


「死なないから困るんです」


「……どういうことです?」


 ララエルは淡々と答えた。


「空気は薄くなります。非常に寒くなります。高度が上がるほど環境は過酷になります」


「それでも死なない?」


「簡単には消滅しません」


「じゃあ……」


「苦しいままです」


 俺とゴゴゴ・ザ・シャインは黙った。


「……それ嫌だな」


「かなり嫌ですね」


「ですから、初心者のうちは上昇術を連続で使わないでください」


「分かりました」


 これは守ろう。


 死ねない状態で苦しみ続けるなんて、想像したくもない。


 ララエルが手を叩いた。


「では練習してみましょう」


「ここで?」


「はい」


 俺は上を見る。


「この上、何もないですよ」


「それでいいんです」


「え?」


「上昇術で上がる。術が終了する。そのまま落下する。そして、落ちてきたところを浮遊術で止める」


 ゴゴゴ・ザ・シャインが聞く。


「浮遊術を使わなかったら?」


「天居雲にぶつかります」


「怪我します?」


「天使の体なので、骨折したり血が出たりすることはありません」


「じゃあ大丈夫じゃないですか」


「ものすごく痛いですよ」


「使います」


 即答だった。


 ララエルが笑う。


「別に使わなくても死にはしません。体も壊れません。ただ、衝撃による痛みはしっかりあります」


「どれくらい?」


「高いところから地面へ叩きつけられたくらいです」


「そのまんまじゃないですか」


「中には、痛すぎてしばらく動けなくなる方もいます」


「絶対浮遊術使おう」


 俺は心に決めた。


 死なないから安全なのではない。


 死なないだけだ。


「では、どちらから行きます?」


 俺とゴゴゴ・ザ・シャインは顔を見合わせた。


 数秒の沈黙。


 ゴゴゴ・ザ・シャインが言った。


「私からやりましょう」


「おお」


 意外だった。


「勇気ありますね」


「いえ。上級天使様に危険なことをさせるわけにはいきませんから」


「こういう時だけ俺を上級扱いするなよ」


 ゴゴゴ・ザ・シャインが空を見上げる。


 ララエルが説明した。


「まず真上を意識してください」


「はい」


「上へ引かれる感覚です」


 ゴゴゴ・ザ・シャインが少し腰を落とした。


「上昇」


 次の瞬間。


 ドンッ。


「うわあああああああ!」


 ゴゴゴ・ザ・シャインがものすごい勢いで真上へ飛んでいった。


 一瞬で小さくなる。


「すご……」


 俺は思わず見上げた。


 本当に真上へ一直線だ。


 あれなら確かに五キロくらい行きそうだ。


 その時。


 何かが落ちてきた。


「ん?」


 黒い。


 ひらひら。


 くるくる。


 羽ではない。


 俺の目の前まで落ちてくる。


 反射的に受け取った。


「……」


 毛だった。


 かなりふさふさしている。


 俺は裏返した。


 網が付いていた。


「……え?」


 ゆっくり上を見る。


 はるか上。


 ゴゴゴ・ザ・シャインが両手で頭を押さえている。


 さっきまでふさふさだった頭が、


 ずいぶん寂しいことになっていた。


 向こうも俺を見る。


 目が合った。


「……」


 俺は手の中のものを見る。


 もう一度あいつを見る。


「これ……」


 遠い空から、


 ゴゴゴ・ザ・シャインの絶叫が聞こえてきた。


「見ないでくださあああああい!!」


 俺は手の中のかつらを見た。


 そして、もう一度。


 はるか上空で必死に頭を隠しているゴゴゴ・ザ・シャインを見る。


「……お前もか」


 天界に来てから。


 名前の取り合いで揉めて。


 土下座までされて。


 こいつとは絶対に気が合わないと思い始めていた。


 でも、この瞬間だけは。


 初めて、


 こいつと本当の友達になれそうな気がした。



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