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死んだおっさん、天使になる。~天界のお仕事、思ってたのと違います~  作者: 月欠けラムネ
第1章 新人天使フンノシエル

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第3話 いい名前になりましたか?

 

 名前登録所を出た。


 俺の右手には、銀色の文字。


『フンノシエル』


 隣を歩く無精髭の男の右手には、黒い文字。


『ゴゴゴ・ザ・シャイン』


 二人とも、さっきからほとんど喋っていなかった。


「……」


「……」


 雲の上を歩く。


 俺は何度目か分からないくらい、自分の手の甲を見る。


 銀色だからやたら目立つ。


 角度を変えるたびに光る。


「これ、隠せないんですかね」


 俺が言うと、隣の男も自分の手を見る。


「あなたのは特に目立ちますね」


「名前が名前なんだから、せめて黒でよかったのに」


「でも上級なんでしょう?」


「そうらしいですけど」


 正直、まだ実感はない。


 上級天使。


 そう聞くとすごそうだ。


 でも俺は飛べない。


 仕事もしていない。


 天界に来てからやったことといえば、羽をばたつかせて、ダーツを投げて、汚物の御使いになっただけだ。


「ところで」


 俺は隣の男を見る。


「名前、何て呼べばいいです?」


 男が嫌そうな顔をした。


「……今はまだいいんじゃないですか?」


「ですよね」


「そちらも呼ばなくていいですよ」


「助かります」


 名前が決まったのに、互いに名前を呼びたくない。


 何のために登録したんだろう。


 しばらく歩くと、さっきララエルと別れた場所が見えてきた。


 ララエルは俺たちに気づくと、こちらへ手を振った。


「あ、戻ってきましたね!」


 俺も軽く手を上げる。


 ララエルは隣の男を見た。


「そちらの方も名前登録を?」


「はい」


 男が答える。


「ちょうど一緒になりまして」


「そうだったんですね」


 ララエルは手元の半透明な板を確認した。


「あ。ちょうどよかったです」


「何がです?」


「今回、こちらの方も私の担当になっています」


 男が少し驚いた。


「あなたが?」


「はい。新人研修の間は、私がお二人まとめて担当します」


 俺は男を見る。


 男も俺を見る。


 さっき名前のことで揉めたばかりなのに、まだ一緒らしい。


「……よろしくお願いします」


「こちらこそ」


 なんとなく気まずい。


 ララエルはそんな俺たちの空気には気づかず、にこにこしていた。


「それで?」


「はい?」


「いい名前になりました?」


 俺と男は黙った。


「……」


「……」


 ララエルの笑顔が少しだけ止まる。


「どうしました?」


「いや」


「別に」


「……あまりよくなかったんですか?」


 俺たちはまた黙った。


 ララエルが首を傾げる。


「手を見せてもらってもいいです?」


 嫌だった。


 でも見せないわけにもいかない。


 俺はゆっくり右手を出した。


 無精髭の男も右手を出す。


 ララエルがまず俺の手を見る。


 銀色の文字。


『フンノシエル』


「……」


 動きが止まった。


 次に隣の男を見る。


 黒い文字。


『ゴゴゴ・ザ・シャイン』


「……」


 ララエルが俯いた。


 肩が震えている。


 俺は嫌な予感がした。


「笑ってます?」


「……いいえ」


「絶対笑ってるでしょ」


「笑ってません」


「顔上げてください」


 ララエルが顔を上げる。


 口元を手で押さえていた。


「……っ」


「笑ってるじゃないですか!」


「す、すみません!」


 ララエルが吹き出した。


「だって、二人同時に……!」


「こっちは好きでこの名前になったんじゃないんですよ!」


 隣の男も言う。


「私もです!」


「ごめんなさい、ほんとに……!」


 ララエルは笑いをこらえようとしている。


 だが俺の手を見る。


「フンノシエル……」


「呼ばなくていい!」


「ふっ」


「また笑った!」


 今度は隣の男を見る。


「ゴゴゴ・ザ・シャイン……」


「……」


「ふふっ」


「私でも笑うんですか!?」


「だって、ゴゴゴって……!」


 男が少し傷ついた顔をした。


 俺は思わず言う。


「ほら、そっちも十分ひどいじゃないですか」


「あなたに言われたくありませんよ!」


「なんだよ!」


「フンノシエルでしょう!」


「お前、馬鹿にしないって約束したよな!?」


「今のは事実を確認しただけです!」


 また揉め始めた。


 ララエルはしばらく笑っていたが、俺の手の銀色に気づくと、少し表情を変えた。


「あれ?」


「今度は何です?」


 ララエルが俺の手を近くで見る。


「銀色ですね」


「そうですけど」


「シエル級だったんですか?」


「受付でもそう言われました」


 ララエルは少し驚いた顔をした。


「珍しいですよ」


「そんなに?」


「はい。新人で最初からシエル級になる方は、かなり少ないです」


 隣の男が俺を見る。


「やっぱり当たりだったんじゃないですか」


「名前以外はね」


「上級天使ですよ?」


「だから何ができるんです?」


 ララエルは首を横に振った。


「その辺の詳しい説明は、配属先で受けてください」


「知らないんですか?」


「知っていますけど、担当部署によって権限の扱いも違いますから」


「じゃあ今のところ、俺は何が分かってればいいんです?」


「フンノシエルさんは上級天使です」


「……」


「以上です」


「雑だな!」


 ララエルは笑った。


「でも本当に珍しいことですよ。喜んでいいと思います」


 俺はもう一度、自分の手を見る。


 銀色に光る。


『フンノシエル』


「……これ見て喜べって言われてもなあ」


 隣で男がぼそっと言った。


「私は黒ですよ」


「交換します?」


「それは結構です」


「即答するな」


 ララエルが手を叩いた。


「はい。名前の登録も無事に終わりましたし、ここから本格的に新人研修へ入ります」


「やっとですか」


「はい」


 俺は少し考えてから言った。


「その前に一ついいです?」


「何です?」


「今後、俺のことを別の名前で呼んでもらえません?」


 ララエルが首を傾げた。


「別の名前?」


「大介とか」


 言いかけたところで、ララエルの表情が変わった。


 さっきまで笑っていた顔が、急に真面目になる。


「それは駄目です」


「え?」


「その名前は、もう使ってはいけません」


「……なんで?」


 ララエルは俺たち二人を見た。


「その話は、ちゃんと説明しておいた方がよさそうですね」


 名前を決めただけなのに。


 まだ何かあるらしい。



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