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死んだおっさん、天使になる。~天界のお仕事、思ってたのと違います~  作者: 月欠けラムネ
第2章 天使のお仕事 【フンノシエル編】

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第18話 普通でした

 

 窓口へ向かって走っている間にも、だんだん腹が立ってきた。


「絶対おかしいだろ」


 冷蔵庫なし。


 キッチンなし。


 風呂なし。


 シャワーなし。


 電話なし。


「何が管理職用の高級住宅だよ」


 豪華なのは見た目だけじゃねえか。


「……まあ、見た目がいいだけ俺よりマシか」


 走りながら、また頭を触る。


 かなり寂しくなった頭頂部。


「俺は見た目もこれだし」


 そして。


「名前もフンノシエルだしな……」


 家は、見た目だけは立派。


 俺は、見た目も名前の響きもあまり立派じゃない。


「……比べてたら余計腹立ってきた」


 でも。


「ちょっと前まで課長代理みたいなことやってたんだぞ、俺は!」


 だから何だと言われたら困るけど。


 とにかく腹が立つ。


 ◇◇◇


 天界運営局、住宅管理部。


 そのまま急いで走り、住居関係を担当している窓口へ着いた。


「すみません!」


「はい」


 受付の天使が不思議そうにこっちを見る。


「ずいぶん息を切らされていますが、どうされたんですか?」


「走ってきたんですよ!」


「走って?」


「はい!」


 受付の天使が俺を見る。


 そして。


 少し視線を下げた。


「……ああ、確かに」


「何が?」


「飛んで来るのは難しそうですね」


「それ、俺が太ってるってこと!?」


「……」


「何で黙るの!?」


 受付の天使が頭を下げた。


「申し訳ありません。少々、率直に申し上げすぎました」


「謝り方がおかしいだろ!」


「申し訳ありません」


「もういいです!」


 俺は憮然としながら、本来の用件を話すことにした。


「今日、家をもらったんですけど」


「正確には、差し上げたわけではございません」


「そこ訂正する!?」


「管理職の方への貸与となっておりますので」


「今それどうでもいいだろ!」


「一応、大事なことですので」


「細かいな!」


「それで、お住まいに何かございましたか?」


「欠陥住宅なんですよ!」


「欠陥ですか?」


「はい!」


 受付の天使が俺を見る。


 そして。


 なぜか視線が頭の方へ上がった。


「……確かに、見たところかなり欠陥がありそうですが」


「俺の頭じゃねえよ!」


「重ね重ね申し訳ありません。欠陥とおっしゃったので、つい目が行ってしまいました」


「だからって見るなよ!」


「それで、どのような不備がございましたか?」


「……」


 まったく納得はいかなかったが、これ以上話がそれても仕方ない。


 俺は本来の話を続けた。


「冷蔵庫がない」


「はい」


「キッチンもない」


「はい」


「風呂もない」


「はい」


「シャワーもない!」


「はい」


「電話もない!」


「はい」


「完全に欠陥住宅でしょう!」


「……」


 受付の天使が俺を見る。


 少し考えてから。


「髪もない!」


「それは住宅に関係ねえだろ!」


「……」


 受付の天使が、少し得意げな顔をしている。


「今、うまいこと言ったみたいな顔するな!」


「申し訳ありません。少し流れがよかったもので」


「乗っかるなよ!」


 住宅の欠陥を訴えに来たはずなのに、なぜか自分の頭部の欠陥まで指摘された。


 まったく釈然としない。


 それでも、俺は文句を続けた。


「でも、完全に欠陥住宅でしょう!」


「……」


 何でそんな不思議そうな顔してるんだ。


「あの、フンノシエル様」


「はい」


「それが、ここでは普通です」


「……は?」


「天使用の住居には、基本的に冷蔵庫やキッチンはございません」


「何でだよ!」


「お食事をする必要がありませんので」


「またそれかよ!」


 どこへ行ってもそれだ。


 天使は飯を食わなくても死なない。


 分かった。


 それはもう分かった。


「じゃあ風呂は!?」


「必要ございません」


「必要あるだろ! 汚れるだろ!」


「汚れませんよ」


「……何?」


 受付の天使が俺の天装を指した。


「天装を身につけていれば、身体は常に清潔な状態に保たれます」


「常に?」


「はい。髪の毛から足の先まで、自動的に綺麗になります」


「……」


「天使が汚れているのは、見栄えが悪すぎますので」


 俺は自分の服を見る。


 真っ白だ。


 そういえば。


 世界管理局で何日も働き続けた。


 着替えなんて一度もしてない。


 なのに天装はずっと真っ白だった。


「……そういうことだったのか」


「はい。ですので、お風呂もシャワーも必要ありません」


「いや、でも入りたい時あるだろ」


「そういった方は、あまりいませんね」


「そうなの?」


「はい」


 天使って本当に人間らしい生活を捨ててるな。


「それと電話!」


「はい」


「電話も普通はあるだろ」


「ありませんよ」


「この家にだけじゃなくて?」


「はい。天界には、基本的に電話というものがありません」


「ないの!?」


「ありません」


「じゃあ、離れた相手に連絡したい時どうするんですか?」


「天信盤があれば、通信を行うことはできます」


「あれ使えるんだ」


「ただし、天信盤は基本的に業務用です」


「じゃあ個人的な連絡は?」


「直接会いに行きます」


「直接!?」


「はい」


 受付の天使は当然のように答えた。


「一番早いのは、自分で飛んで行くことですね」


「電話するより!?」


「天使には翼がありますので」


「だから通信手段が発達しないの!?」


「人間界と比べれば、個人向けの通信手段はあまり発達していませんね」


「他には?」


「手紙を書いて送ります」


「変なところで原始的だな……」


 仕事では天信盤を使う。


 遠くの相手へ個人的に連絡したければ、自分で飛んで会いに行く。


 それか手紙。


 便利なのか不便なのか分からない。


「ですので、できるだけ身体を軽くしておくことが大事ですよ」


「身体を軽く?」


「はい。軽い方が速く飛べますから」


「なるほど」


 受付の天使が自分を指した。


「一年ほど、ほとんど飲食をしなければ、体重を十キロ程度まで落とせます」


「十キロ!?」


「はい」


 俺は受付の天使を見る。


 普通だ。


 細身ではあるけど。


 十キロには到底見えない。


「十キロには見えないんですけど」


「見た目は、ある程度までしか痩せませんから」


「どういうこと?」


「最初は体重に合わせて見た目も痩せます。ただ、極端に痩せ細る前に外見の変化は止まります」


「何で?」


「天使は人間の前に姿を現すこともありますので」


「ああ」


「人間から見た時の外見も、とても大切なんです」


「なるほど」


「あまりにも痩せ細った天使では、人間の方を不安にさせてしまいますから」


「確かにそれは嫌だな」


 ガリガリに痩せて、今にも倒れそうな天使が目の前に現れたら。


 ありがたみより心配が勝ちそうだ。


「ですので、一定以上体重が減っても、外見にはほとんど反映されなくなります」


「中身だけ軽くなるの?」


「そのようなものですね」


「すごいな……」


「飛ぶには便利ですよ」


「じゃあ、ずっと食べなかったら、どこまでも軽くなる?」


「いいえ。体重が減るにも限度はあります」


「まあ、そりゃそうか」


「ただし」


「何?」


「逆に太ることには限度がありません」


「そっちはできるの!?」


「はい。たくさん飲食をされれば」


「何で太る方だけ普通なんだよ!」


「人間界と違って、天界には娯楽があまり多くありませんので」


「……はい?」


「そのため、食事を楽しみにされる方もいらっしゃいます」


「食べなくてもいいのに?」


「必要はありませんが、楽しむことはできますから」


「なるほど……」


「中には食事にかなり興味を持たれて、食べすぎてしまう方も見受けられます」


「いるんだ……」


「はい。かなりふくよかになられる方もいらっしゃいますよ」


「天使なのに?」


「天使でもです」


「……」


 食わなくても死なない。


 痩せても途中から見た目は変わらない。


 でも。


 食えば太る。


「天使の身体、よく分からんな……」


「死なないので、無理なダイエットもできて便利ですよ」


「そっちから見ればな!」


「それで、管理職用の家に冷蔵庫がないのも、体重を増やさないため?」


「それも理由の一つです」


「やっぱり!」


「特に使者など、飛行する機会の多い仕事では、軽い方が移動しやすいですから」


「そんな理由で飯を作らせてもらえないの!?」


「食べなくても問題ありませんので」


「またそれかよ!」


 結局そこへ戻る。


「一般天使向けの住居には、簡単な調理設備があるところもございますけど」


「何で一般天使の方が便利なんだよ!」


「管理職の方は、皆の模範にならないといけませんので」


「それが普通なの?」


「はい。それが普通です」


「……」


 また言われた。


「でも俺、食いたいんですけど」


「食べたい?」


「食いたいですよ」


「そういう方も、少数ですがいらっしゃいますね」


「じゃあ、俺だけじゃないんだな」


「もちろんです。先ほど申し上げたように、食事を楽しみながら生活されている方もいらっしゃいますので」


「ただ、食事を取らない方の方が多いですね」


「やっぱり必要ないから?」


「はい」


「お腹が空いてるんですよ。ここ四日くらい水しか飲んでないんですから」


「ああ」


 受付の天使は、何でもないことみたいにうなずいた。


「それでしたら、まだ大丈夫ですね」


「何が?」


「二十日くらいなら全然平気ですよ」


「平気じゃねえよ!」


「慣れれば、数ヶ月ほど何も食べない方も多くいらっしゃいます」


「俺は慣れたくないんですよ!」


 そうじゃない。


 死なないとか。


 平気とか。


 そんな話じゃない。


「俺は飯が食いたいんです!」


「そうなんですか」


 何で珍しい物を見る目で見るんだ。


「食事をしたがる天使の方は、あまり多くありませんので」


「嘘だろ……」


「必要ありませんから」


「必要かどうかじゃねえんだよ……」


 食いたいんだよ。


「じゃあ、キッチンがないならどうすればいいんです?」


「職場の食堂を使われてはいかがでしょうか」


「食堂?」


「はい。管理職の方でも、お食事をされる方は職場の食堂を利用されています」


「あるんじゃねえか!」


 それを先に言ってくれ。


「じゃあ明日、食えます?」


「もちろんです」


「よかった……」


 とりあえず納得した。


 欠陥住宅じゃなかった。


 天使にとっては。


 これが普通らしい。


「ありがとうございました」


「いえ」


 窓口を出る。


 明日は食堂だ。


「何があるんだろうな」


 肉。


 魚。


 麺。


 米。


「久しぶりにまともな飯が食える……」


 考えていたら、よだれが出そうになった。


 機嫌もだいぶ直った。


 そして。


 家へ戻る途中。


「……ん?」


 足が止まった。


「俺……金持ってなくない?」


 食堂。


 当然、金がいるよな?


「……」


 そういえば。


 天界に来てから。


「俺、天使の金って見たことないぞ」


 急に不安になった。


 食堂はある。


 飯もある。


 たぶん。


 でも。


「金がなかったら食えないんじゃないか?」


 俺は豪華なくせに何もない家へ戻りながら考えた。


 金はない。


 飯も食えるか分からない。


 明日からは、新しい仕事も始まる。


「……大丈夫だよな?」


 気づけば。


 明日からの仕事より、飯や金のことの方が心配になっていた。


 というか。


「……あ」


 そういえば。


 食料品をどこで買えばいいのか。


 それを聞くのを忘れていた。


「店って、どこにあるんだ……?」


 まだまだ、分からないことが多すぎる。


 これからの天界生活そのものが、急に不安になってきた。




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