第17話 欠陥すぎる住宅
天界運営局、住宅管理部。
高位領域から戻った俺は、使者部門へ行く前に、自分の住居を確認に向かった。
手続きは簡単だった。
正式に上級天使になったことで、管理職用の住居が用意されるらしい。
「必要な物は一通り揃っておりますので、本日からすぐにお住みいただけます」
担当の天使はそう言っていた。
「一通り揃ってるんですか?」
「はい」
「今日から住める?」
「もちろんです」
「……家がある」
「はい?」
「いや、何でもないです」
もうヘトヘトだった俺にとって、自分の家が手に入るというだけで本当に嬉しかった。
ただ休める場所がある。
それだけのことが、ここまで嬉しいなんて。
人間として五十年近く生きて、天使になってからも含めて、初めて知った気がする。
◇◇◇
管理職たちの住居が立ち並ぶ一帯は、少し高級な感じのする閑静な場所だった。
その中を歩いていくと、案内された住居が見えてきた。
赤い屋根。
真っ白な壁。
周りの家とほとんど変わらない。
それなのに。
あれが自分の家だと思うと、やけに立派に見えた。
扉を開ける。
「……おお」
広い。
しかも、かなり豪華だ。
でかいベッド。
立派な机。
座り心地のよさそうな椅子。
棚やら何やらも、いちいち高そうに見える。
「ここ……俺の家なんだよな?」
誰もいない。
当たり前だけど、ここは俺の家だ。
「……俺の家」
もう一回言ってみた。
ちょっと嬉しい。
いや、かなり嬉しい。
天界に来てからというもの、仕事場とトイレを行ったり来たりしていただけだ。
世界管理局では、ろくに帰る場所すらなかった。
それがようやく。
「俺の家だ!」
俺はベッドに飛び込んだ。
「うおお!」
柔らかい。
そのまま何度か跳ねる。
いい歳したおっさんが布団の上で何をやっているんだとは思う。
でもいいだろ。
誰も見てないし。
俺の家だし。
「最高じゃねえか……」
今度は意味もなく棚を開ける。
机の引き出しも開ける。
椅子にも座る。
置いてある物も一通り触った。
特に意味はない。
自分の物だと思うと触りたくなる。
そういえば、前に案内係が言っていた。
天使は人間出身が多いから、天界の住居や家具も人間界と似たような作りになっているらしい。
「いいな、ここ」
しばらく一人ではしゃいだ。
そして。
「……腹減った」
急に現実に戻った。
そういえば、ここ数日まともな物を食ってない。
「これからは自炊もしないとな……」
一人暮らしも始まった。
毎日どこかで食べるわけにもいかないだろう。
何を作ろうか。
そんなことを考えていて。
「……ん?」
ふと思った。
「食材って、どこで買うんだ?」
天界に来てから、店らしい店を見た覚えがない。
食料品店どころか。
そもそも、普通の店自体ほとんど見ていない気がする。
「そういう店、あるんだよな?」
急に少し不安になった。
「まあ、とりあえず……」
冷蔵庫を確認しておこう。
部屋を見回す。
「……ん?」
ない。
「どこだ?」
もう一度見る。
やっぱりない。
「……冷蔵庫なくない?」
「一通り揃ってるって言ったよな?」
というか。
「キッチンもないぞ」
流し台もない。
コンロもない。
何もない。
「……」
嫌な予感がした。
別の部屋も見る。
収納。
違う。
次。
違う。
「風呂は?」
ない。
「シャワーは?」
ない。
「……何だよ、この家!」
さっきまであれだけ高かったテンションが、一気に落ちた。
冷蔵庫なし。
キッチンなし。
風呂なし。
シャワーなし。
「何が一通り揃ってるだよ!」
見た目だけ豪華で、必要な物が何もない。
「欠陥住宅じゃねえか!」
俺はもう一度、部屋の中を見回した。
ベッドはある。
机もある。
椅子もある。
棚もある。
確かに。
家具は一通り揃っている。
「そういう意味じゃねえよ……」
生活するために必要な物がない。
「ふざけんなよ……」
そして。
ふと思った。
「まさか」
俺の名前。
フンノシエル。
それから。
俺は頭に手をやった。
世界管理局で酷使されたせいで、かなり寂しくなった頭頂部。
「これ見て馬鹿にしたんじゃないだろうな?」
変な名前。
ハゲかけた頭。
だから適当な家を押しつけた。
「あり得るぞ……」
いや。
ちょっと待て。
「俺、少し前まで課長代理みたいなことやってたんだぞ!」
正式な役職じゃなかったけど。
かなり働いた。
死ぬほど働いた。
死なないけど。
「こんな名前でこんな頭だからって、馬鹿にされる筋合いはねえ!」
文句を言ってやる。
そう思って。
「電話……」
探す。
これもない。
「電話もねえのかよ!」
そういえば、天界に来てから電話なんて一度も見てない。
仕事場には天信盤とかいう便利そうな物があるけど、個人で使える通信機器は見たことがない。
「電話ってあるのか?」
仕方ない。
直接聞きに行くしかない。
俺は改めて部屋を見回した。
豪華なベッド。
立派な机。
高そうな椅子。
見た目だけなら文句はない。
むしろ、かなりいい家だ。
なのに、冷蔵庫はない。
キッチンもない。
風呂もない。
シャワーもない。
電話すらない。
「……どこが一通り揃ってるんだよ」
俺は深くため息をついた。
ようやく手に入った。
俺の家。
そのはずなのに。
「明らかに欠陥住宅だろ、これ……」
喜んだ時間を返してほしかった。
「絶対文句言ってやる!」
俺は家を飛び出した。
そのまま、急いで天界運営局の住宅管理部へ向かって駆け出した。




