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死んだおっさん、天使になる。~天界のお仕事、思ってたのと違います~  作者: 月欠けラムネ
第2章 天使のお仕事 【フンノシエル編】

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第16話 名前の意味


 黄金の扉を抜ける。


「……疲れた」


 天冠をもらいに来ただけのはずだった。


 本来なら、名前を確認して渡して終わり。


 それだけだったらしい。


 なのに。


 トイレに安らぎを感じていたことを読み上げられ。


 カッパシエルと呼ばれ。


 真のうんことまで呼ばれ。


 最後には、また遊びに来いとまで言われた。


「絶対行かないからな……」


 俺は小さくつぶやいた。


「あ」


 声がした。


 顔を上げる。


 黄金の扉の近くに、見覚えのある女性天使が立っていた。


 さっき、ここまで案内してくれた天使だ。


「お戻りになられたんですね」


「はい」


 女性天使が俺の頭上を見る。


「天冠の授与は、無事に終わりましたか?」


「一応……」


「確かに」


 女性天使が俺を見る。


 正確には。


 俺の頭の上を見る。


「先ほどより、天輪がずいぶん輝いていますね」


「そうですか?」


 俺も何となく頭上を見る。


 もちろん、自分では見えない。


「かなり立派になっていますよ」


「へえ」


 ちょっと嬉しい。


 さっきは頭に反射して笑われただけだったからな。


 女性天使の視線が少し下がった。


「……」


「何ですか?」


「いえ」


「今、頭見ました?」


「……申し訳ありません」


「やっぱり見てた!」


 女性天使が申し訳なさそうに頭を下げた。


「本当に申し訳ありません」


「いや、謝られると余計つらいんですけど」


「すみません……」


「もういいです」


 俺は頭を押さえた。


 隠れないけど。


「ところで」


 女性天使が少し興味深そうにこちらを見る。


「どなたでした?」


「何がです?」


「天冠を授けてくださった最上級天使様です」


「……え?」


 俺は首を傾げる。


「最上級天使って、一人じゃないんですか?」


「はい。何名かいらっしゃいますよ」


「そうなの?」


「はい」


 初めて知った。


 最上級。


 なんとなく一番上に一人だけいるものだと思っていた。


「最上級天使様方は、それぞれ役割を持っておられます」


「役割?」


「はい。天界全体に関わる重要なことを決める場合には、最上級天使様方で会議を行います」


「へえ……」


「お一人だけで決めるものではありません」


「ちゃんとしてるんですね」


「もちろんです」


 女性天使が微笑んだ。


「天冠の授与については、当番制になっています」


「当番制?」


「はい。その時の担当になっている最上級天使様が授与されます」


「なるほど」


「ただ」


 女性天使が少し笑った。


「上級天使になられる方は、それほど多くありませんので」


「ああ」


「天冠の授与自体、あまり頻繁にはないんです」


「そうなんですか?」


「はい。今回は久しぶりでしたので」


 女性天使が少し恥ずかしそうに笑う。


「どなたが担当されたのか気になって、戻られるまで待ってしまいました」


「それでここにいたんだ」


「はい」


 なるほど。


「それで、どなたでした?」


「ああ……」


 言っていいのだろうか。


「ノクス……」


「え?」


「ノクス・テスタ・アリエって人でした」


 女性天使の表情がぱっと明るくなった。


「ノクス様でしたか!」


「知ってるんですか?」


「もちろんです」


 かなり嬉しそうだ。


「静寂と休息を司る最上級天使様ですよね」


「そう言ってました」


「私はお会いしたことがありませんが、素晴らしい方なんでしょうね……」


「……」


 俺は黙った。


 女性天使はうっとりしたような表情をしている。


「静寂と休息を司るなんて、とても穏やかで、お優しい方なんでしょうね」


「……」


「一度だけでも会ってみたいです」


「……」


「高位領域に入れる上級天使のフンノシエル様が羨ましいです」


「……」


 穏やか。


 優しい。


 さっきの光景が頭に浮かぶ。


『カッパシエル』


『便所内に安らぎを感じていた様子』


『さすが、真のうんこだな』


『頭頂部のみ毛量が減少し、河童に類似した状態となっている』


『まだ面白いところがあるぞ』


「……」


「どうされました?」


「いや」


 最初は俺も思った。


 まともそうな人だな、と。


 ちゃんと話も聞いてくれた。


 約束を忘れた件についても、事情を理解してくれた。


 いい人なのかもしれない。


 そう思った。


 今では。


 そう思ったことを少し後悔している。


「実際、どんな方でした?」


「……そうですね」


 どう答えればいいんだ。


 かなり性格の悪そうなところもありました。


 俺の恥ずかしい報告書を側近の前で楽しそうに読み上げてました。


 俺の頭でストレス発散してました。


 そんなこと言っていいのか?


 相手は最上級天使だぞ。


「きっと」


「はい」


「素晴らしい方なんじゃないですかね」


「やっぱり!」


 女性天使が嬉しそうに笑った。


「一度、お話ししてみたいです」


「……そうですか」


「はい」


 女性天使は黄金の扉の向こうを見つめていた。


 その表情は、本当に憧れているようだった。


「……」


 言わないでおこう。


 本当のことは。


 知らない方が、たぶん幸せだ。


「そういえば」


「はい?」


「さっき、ノクスに言われたんですけど」


「何をでしょう?」


「自分の名前の意味を知らないのかって」


「……」


 女性天使が不思議そうな顔をした。


「何ですか、その顔」


「いえ……フンノシエル様は、ご自分のお名前の意味をご存じないのですか?」


「知らないですよ」


「そうだったんですか?」


「普通に名乗ってるからって、知ってるとは限らないでしょ」


「申し訳ありません。あまりにも普通に名乗っていらっしゃるので、当然ご存じなのかと……」


「なんか引っかかる言い方だな」


「そのようなつもりは」


「じゃあ教えてくださいよ」


「……」


「何で黙るの?」


 女性天使が少し困ったように笑った。


「申し訳ありません」


「何が?」


「私の口からは、少々……」


「何で?」


「非常に不浄と申しますか……不潔と申しますか……」


「俺の名前だよね?」


「はい」


「立派な上級天使の名前なんだよね?」


「もちろんです」


「じゃあ言えるでしょ」


「私は立派なお名前だと思いますよ」


「だったら意味教えてよ!」


 女性天使が目をそらした。


「知らない方が幸せなこともありますので」


「さっき俺が思ったことと同じこと言うな!」


「申し訳ありません」


「余計気になるんだけど!」


「……」


 女性天使が少し考える。


「一度、深呼吸をさせていただいてもよろしいでしょうか」


「そこまで!?」


「すみません」


 女性天使が大きく息を吸った。


「すぅー……」


 ゆっくり吐く。


「はぁー……」


 もう一度。


「すぅー……はぁー……」


「……」


「落ち着きました」


「じゃあ教えてください」


「はい」


 女性天使が俺を見る。


 少しだけ口を開く。


「……」


 閉じた。


「何で!?」


「申し訳ありません」


「落ち着いたんじゃないの!?」


「落ち着いて、改めてよく考えてみたのですが」


「はい」


「やはり私には、人としての勇気がなくて、そんなことを口にすることはできません」


「天使なのに人としての勇気!?」


「本当に申し訳ありません」


 深々と頭を下げられた。


「……」


 そこまで謝られると。


 もう強く聞けない。


「いや……もういいです」


「ありがとうございます」


「よくないけど」


「申し訳ありません」


「謝らないでください」


 余計に気になった。


 俺の名前。


 フンノシエル。


 いったい、どういう意味なんだ。


 案内係が深呼吸しても言えない意味って何だよ。


「ところで」


「はい?」


「俺、これからどうすればいいんですか?」


「あ」


 女性天使がこちらを見る。


「申し訳ありません。お話に夢中になってしまいました」


「大丈夫です」


「これから使者局へ向かわれるんですよね?」


「その予定です」


「でしたら、その前に住居を確認しておいた方がいいと思います」


「住居?」


「はい。これから生活される場所が必要ですよね?」


「……」


 家。


「もらえるんですか?」


「もちろんです」


「本当に?」


「はい」


「ちゃんと?」


「ちゃんとです」


 思わず何度も確認してしまった。


 女性天使が不思議そうな顔をする。


「今までは、どちらにお住まいだったんですか?」


「……」


「フンノシエル様?」


「どこにも住んでません」


「……はい?」


「家、なかったんで」


 女性天使が固まった。


「では、今までは……」


「職場にいました」


「ずっとですか?」


「ずっとです」


「お休みの日は?」


「ありませんでした」


「寝る場所は?」


「仮眠室に住めって言われました」


「……」


 また沈黙。


「住所不定、ということでしょうか」


「またそれかよ……」


「申し訳ありません!」


「いや、合ってるんですけどね!」


 何度聞いても嫌な言葉だ。


 住所不定。


 無職。


 住所については、今もまだ変わっていない。


 仕事だって、使者局へ行くまでは正式に決まっていない。


 女性天使が俺を見る。


 そして。


 また視線が少し上へ行った。


「……」


「また頭見てません?」


「すみません」


「何で謝るの!?」


「かなりご苦労されたんですね」


「まあ……」


 女性天使が俺の頭を見て、本当に申し訳なさそうな顔をする。


「それで、その……頭も……」


「そこから先は言わなくていいです」


「すみません」


「謝らないでください!」


 なんだろう。


 この人に悪意がないのは分かる。


 分かるんだけど。


 それが余計につらい。


「と、とにかく」


 女性天使が話を戻した。


「まずは住居の案内を受けましょう」


「お願いします」


「住居を担当している窓口がありますので」


「助かります」


「そこで今後お住まいになる場所を確認してください」


「ようやく家が……」


 ちょっと感動した。


 天使になって何日目だろう。


 ようやく。


 俺にも家ができる。


「住居の確認が終わりましたら、使者局へ向かえばよろしいかと」


「分かりました」


「建物までは私がご案内します」


「ありがとうございます」


「その後、分からないことがありましたら、使者局の担当の方にお尋ねください」


「はい」


 女性天使が歩き出す。


 俺も、その後をついていった。


 天冠ももらった。


 最上級天使との約束も、これで終わった。


 次は住居。


 そして。


 今度こそ使者局だ。


「……」


 少し歩いてから、俺は振り返った。


 遠くに、黄金の扉が見える。


 その向こうに。


 ノクス・テスタ・アリエがいる。


『また遊びたくなったら、こちらから呼ぶかもしれん』


「……絶対呼ぶなよ」


「何かおっしゃいました?」


「何でもないです」


 俺は前を向いた。


 知らない方が幸せなこともある。


 さっきの女性天使には。


 ノクスの本当の姿を、いつまでも知らないままでいてほしいと思った。


 ただ。


 自分の名前の意味だけは。


「……やっぱり気になるな」


 できれば早く知りたかった。


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