第14話 高位領域に入りました
受付の天使に案内されながら、建物の奥へ進む。
さっきまでいた場所よりも、さらに静かだった。
人の姿もほとんどない。
「こっちって、普段は使わないんですか?」
「一般の天使が来る場所ではありませんので」
「へえ……」
そのまましばらく歩くと、通路の一番奥に巨大な黄金の扉が見えてきた。
「……でか」
天井近くまである。
表面には細かな模様が刻まれていて、今まで見てきた扉とは明らかに違う。
「こちらです」
受付の天使が足を止めた。
「この先が高位領域になります」
「ここから?」
「はい」
俺は黄金の扉を見上げた。
「じゃあ、開けてください」
「私には開けられません」
「え?」
「高位領域へ立ち入れるのは、上級天使以上です」
「ああ……」
そういうことか。
「あなたは?」
「私は一般天使ですので、ここまでとなります」
「じゃあ、扉も開けられない?」
「はい」
「どうやって入るんです?」
「扉に手をかざしてください」
「俺が?」
「はい。上級天使であることが確認されれば開きます」
「……なるほど」
俺は黄金の扉の前に立った。
「どっちの手?」
「どちらでも構いません」
「じゃあ……」
右手を扉へかざす。
銀色の文字。
『フンノシエル』
その文字が淡く光った。
「お」
黄金の扉にも光が走る。
しばらくして。
ゴゴゴゴゴ……。
巨大な扉が、ゆっくりと開き始めた。
「すげえ……」
俺が開けた。
正確には勝手に開いたんだけど、それでもちょっとだけ偉くなった気がする。
「正式に上級天使として認識されております」
「こういう時だけは、シエル級でよかったな」
「この先に別の案内係がおりますので、その方に案内状をお渡しください」
「その人は?」
「上級天使です」
「案内係まで上級天使なの?」
「高位領域ですので」
「贅沢だな……」
俺は受付の天使を見る。
「じゃあ、ここまでありがとうございました」
軽く頭を下げる。
「……っ」
「?」
返事がない。
顔を上げると、受付の天使が俺に背中を向けていた。
「……何してるの?」
「申し訳ありません」
肩が震えている。
「もしかして笑ってる?」
「少々お待ちください」
「笑ってるよね?」
「……はい」
「認めた!」
受付の天使は俺に背中を向けたまま、必死に笑いをこらえていた。
「大変申し訳ございません」
「だったらこっち向けよ!」
「人様のお顔を見ながら大声で笑うのは失礼ですので、後ろを向かせていただいております」
「その配慮の方が傷つくんだけど!」
「申し訳ありません……」
「何がそんなに面白かったんだよ!」
「その……先ほど頭を下げられた際に」
「頭?」
「頭頂部が真正面から見えてしまいまして」
「見るなよ!」
「それだけでしたら、まだよかったのですが」
「まだ何かあるの!?」
「天輪の光が、ちょうど頭頂部に当たっておりまして」
「……」
「非常によく反射して」
「言うな」
「光り輝いておりました」
「全部言った!」
受付の天使の肩がまた震えた。
「申し訳ありません!」
「まだ笑ってるじゃねえか!」
俺は頭に手をやった。
そういえば、世界管理局に入ってからかなり髪が抜けた。
もともと多くはなかった。
そこへ何日も続いた仕事。
ろくに寝てもいない。
精神的にも散々だった。
自分の頭を確認する暇なんてなかった。
触ってみる。
「……あれ?」
広い。
以前より、明らかに広い。
頭頂部だけじゃない。
そこからかなりの範囲まで、髪がなくなっている。
「……こんなに進んでたの?」
「……」
「そこで黙るな!」
「申し訳ありません」
「また笑いそうになってるだろ!」
「今はこちらを向かない方がよろしいかと」
「何で俺が気を遣われてるんだよ!」
最悪だ。
さっき受付へ戻ってきた時、フンノシエルと名乗って少し笑われた。
あの時は、なぜかちょっと嬉しかった。
あの暗黒職場から逃げられた。
自由になった。
そんな気がしたからだ。
「……やっぱり普通に笑われると腹立つな」
「何か?」
「独り言です!」
俺はもう一度、自分の頭を触った。
「……あんな仕事、選ぶんじゃなかった」
そもそも誰だ。
最初の飛行練習で散々風に流されたから、
『今度は俺が風を動かす側になってやる』
なんて言って、そんなくだらない理由で世界管理を選んだ馬鹿は。
「……俺だった」
「はい?」
「何でもないです」
風を動かす前に、俺の髪の方がなくなった。
笑えない。
「では、私はここで」
「あ、はい」
「この先の案内係に、こちらをお渡しください」
案内状を渡される。
「分かりました」
「最上級天使様との面会が終わりましたら、通常区画へお戻りください」
「ありがとうございます」
「では」
受付の天使が戻っていく。
俺は一人になった。
目の前には、開いたままの黄金の扉。
「……」
高位領域。
上級天使以上しか入れない場所。
俺は黄金の扉の向こうへ足を踏み入れた。
◇◇◇
高位領域へ入る。
「……豪華だな」
さっきまでいた場所とは空気が違う。
建物も、道も違う。
装飾も立派だ。
行き交う天使たちの天装も、どこか上等に見える。
天輪の輝きも強い。
俺だけ場違いな気がしてきた。
しかも今の俺は、さっき判明したばかりだが、頭頂部からかなり広い範囲まで髪がなくなっている。
その上、天輪の光まで反射するらしい。
「……鏡は見ないでおこう」
知らない方が幸せなこともある。
少し歩くと。
「上級天使の方ですね?」
「え?」
声をかけられた。
白い天装を着た男性天使が立っている。
頭上の天輪は、一般天使よりも強く輝いていた。
「ここからの案内を担当いたします」
「ああ。お願いします」
「案内状を拝見してもよろしいでしょうか」
「はい」
渡す。
男性天使が内容を確認した。
「承知しました。念のため、お名前をお願いいたします」
来た。
もう慣れた。
「フンノシエルです」
「……」
男性天使が止まった。
「フンノシエルです」
「……失礼ですが」
「何?」
「……本当にそのお名前で間違いございませんか?」
「は?」
「大変奇抜なお名前でしたので、聞き違いかと……」
「違うよ!」
「では……?」
「これが正式名だよ!」
「……え?」
「手を見れば分かるから!」
俺は右手を突き出した。
銀色の文字。
『フンノシエル』
「……」
男性天使が固まった。
俺の手を見る。
もう一度見る。
「何?」
「……本当に、フンノシエル……」
「何?」
「いえ……実在するお名前だったのですね」
「人を珍獣みたいに言うな!」
「正式なお名前だという意味でございます!」
「そんな意味になるか!」
「大変申し訳ございませんでした!」
男性天使が深々と頭を下げた。
「一昨日の面会にもいらっしゃらなかったと聞いておりましたので、その……フンノシエルという方自体、何かの冗談なのかと……」
「どんな奴だと思われてんだよ……」
「申し訳ございません」
「もういいです」
男性天使が顔を上げる。
「確かに上級天使で間違いございません」
「はい」
「では、最上級天使様のもとへご案内いたします」
「お願いします」
男性天使について、高位領域の奥へ進む。
静かな廊下。
立派な建物。
行き交う天使たちも、みんな偉そうに見える。
最上級天使。
第一級。
天界で一番上の階級。
しかも俺は、一昨日の約束をすっぽかしている。
「……」
さすがに、その人まで俺の名前や頭で笑ったりはしないだろう。
この前まで上司だったレグエル課長も、立派な人だった。
最上級天使なら、きっともっと立派な方だろう。
俺のことを笑ったりはしない。
たぶん。
今日何度目か分からない期待を胸に、俺は最上級天使の待つ部屋へ向かった。




