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死んだおっさん、天使になる。~天界のお仕事、思ってたのと違います~  作者: 月欠けラムネ
第2章 天使のお仕事 【フンノシエル編】

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第12話 住所不定無職になりました


 世界管理局から逃げ出して。


 約一時間後。


 俺は、見覚えのある建物の前に立っていた。


『職場案内・配属受付』


「……戻ってきたな」


 ここだ。


 ゴゴゴ・ザ・シャインと一緒に仕事を選んだ場所。


 あの時の俺は、世界管理なんて仕事を選んで、


『世界を管理する上級天使。悪くない』


 なんて思っていた。


「悪いどころじゃなかったよ……」


 俺は建物の中へ入った。


 いくつもの窓口。


 忙しそうに行き来する天使たち。


 前に来た時と何も変わっていない。


 受付へ向かう。


「すみません」


「はい」


 受付の天使が顔を上げた。


「お名前をお願いします」


「フンノシエルです」


「……」


 一瞬。


 受付の天使の口元が動いた。


「今、笑った?」


「いえ」


「笑ったよね?」


「申し訳ありません」


「やっぱり笑ったじゃねえか」


 でも、不思議と腹は立たなかった。


 むしろ少しだけ嬉しかった。


「……」


 ああ。


 戻ってきた。


 そんな気がした。


 名前で笑われる。


 いつもの天界だ。


 あと百六十八時間働けと言われる職場じゃない。


 資料を山ほど積まれることもない。


 まともに休ませてもらえないわけでもない。


 トイレまで誰かについてこられることもない。


 俺は自由になったんだ。


「それで、本日はどうされました?」


「ああ」


 俺は胸を張った。


「仕事、辞めてきました」


「……」


 受付の天使が俺を見る。


「世界管理局へ配属されたばかりでしたよね?」


「はい」


「もうですか?」


「もうです」


「ずいぶん早かったですね」


「俺もそう思います」


 一時間前まで課長代理。


 今は無職。


 我ながら見事な転落だった。


「それで、別の仕事を選びたいんです」


「別の仕事ですか?」


「確か俺、もう一回だけ選べる権利ありましたよね?」


 受付の天使が俺の手の甲を見る。


 銀色の文字。


『フンノシエル』


「上級天使の職業再選択ですね」


「それです」


「確かに、一度だけ認められています」


「よかった」


「ただ」


「何?」


 受付の天使が少し困った顔をした。


「世界管理局から、先ほど連絡が来ております」


「……もう?」


「はい」


 思ったより早い。


 辞表を出したばかりなのに、もう何か問題になったんじゃないだろうな。


 少し身構えながら、受付の天使を見る。


「何て?」


 受付の天使は手元の記録を確認した。


「フンノシエル課長代理を見かけた場合、できれば身柄を確保してほしいと」


「確保!?」


「そして雨雪管理第十七課へ戻るよう、説得してほしいとのことです」


「絶対嫌だ!」


「かなりお困りのようですよ」


「知らないよ!」


「仕事が山積みだそうです」


「俺がいた時から山積みだったよ!」


「特にセリエルさんから、ぜひ戻ってきてほしいと」


「絶対戻らないです!」


 あの笑顔が頭に浮かぶ。


『大丈夫です。死にませんので』


 ぞっとした。


「俺、辞表残してきたから」


「辞表を?」


「はい」


「正式な手続きをせずに?」


「逃げました」


「……」


「そんな目で見るなよ!」


「いえ」


「もう戻るつもりはありません」


「本当によろしいのですか?」


「いいです」


「世界管理局の課長代理ですよ?」


「いらない」


「上級天使になって最初の役職としては、なかなか良い役職ですが」


「休みがない役職なんていらない!」


 受付の天使は少し考えてから、うなずいた。


「分かりました」


「分かってくれる?」


「先方には、戻る意思がないとお伝えしておきます」


「お願いします」


 助かった。


「では、職業再選択の手続きを行います」


「はい」


「ご希望はお決まりですか?」


「決まってます」


「何をご希望です?」


「使者」


「使者ですか?」


「はい」


 ゴゴゴ・ザ・シャインが選んだ仕事だ。


 天界からの知らせや指示を届ける。


 地上へ行くことも多い。


 確か、そんな仕事だった。


「世界管理より、楽そうだから」


「それが理由ですか?」


「今回はそれが一番大事です」


 もう格好よさはいらない。


 課長代理もいらない。


 世界を管理する必要もない。


 普通に働いて。


 普通に休みたい。


「ゴゴゴ・ザ・シャインも使者を選んでましたし」


 受付の天使の肩が震えていた。


「……」


「何?」


「いえ」


「使者でお願いします」


「承知しました」


 受付の天使が手を動かす。


 目の前に、天信盤が現れて何か表示された。


「何これ」


「再選択用の登録票です」


「前はこんなの書かなかったよね?」


「初回は担当官が登録しましたが、今回は再選択になりますので、ご本人に現在の情報をご記入いただきます」


「なるほど」


「こちらへ」


 俺は透明な板を見る。


 項目が並んでいる。


『氏名』


 俺は書く。


『フンノシエル』


「……」


 自分で書くと、改めてひどい名前だな。


 次。


 いくつか必要事項を埋めていく。


 そして。


『現住所』


「……」


 手が止まった。


「どうされました?」


「住所って」


「現在お住まいの場所です」


「それは分かる」


「ではご記入ください」


「俺、家ないんだけど」


「……はい?」


「まだ住む場所決まってない」


 受付の天使が俺を見る。


「世界管理局へ正式配属されていましたよね?」


「されてました」


「課長でしたよね」


「はい……代理ですが」


「住居の案内は?」


「されてません」


「なぜです?」


「配属されたその日に課長が倒れて、そのまま仕事させられたから」


「……」


「それからずっと職場にいた」


「一度も住居へ?」


「そんなに職場が好きだったんですか?」


「そんなわけないです!」


 受付の天使は、ちょっと理解できないような顔をしていた。


 俺はぽつりとつぶやく。


「住居がないなら。仮眠室に住むように言われた」


 受付の天使がしばらく黙った。


「……」


「では」


「ちょっと待って。さっきの沈黙、何?」


 しかし、受付の天使は俺の言葉を無視した。


「では登録をしましょう」


「現在、住所不定ですね」


「言い方!」


「事実ですので」


「もう少し柔らかく言えない?」


「居住地未定」


「それでお願いします」


「ただ、登録上は住所不定になります」


「結局それかよ!」


 透明な板に文字が表示される。


『住所不定』


「うわ……」


 文字にされるとひどい。


「職業については」


「今辞めてきた」


「でしたら現在は無職ですね」


「待って」


『無職』


「書くの早い!」


「現在の情報ですので」


「住所不定無職になったんだけど!」


「はい」


「天使になったのに!?」


「はい」


 俺は透明な板を見る。


『氏名 フンノシエル』


『現住所 住所不定』


『職業 無職』


「……」


 ひどい。


 あまりにもひどい。


 少し前まで、


『世界管理局・気象管理部・雨雪管理第十七課 課長代理』


 だった男とは思えない。


「俺、さっきまで課長代理だったんだけど」


「現在は無職です」


「強調するな!」


 さらに記録欄を見る。


『前職 世界管理局』


『在職期間 極めて短期間』


「……」


 住所不定。


 無職。


 前職を数日で辞めた。


「完全に根性なしじゃねえか……」


「珍しくはありませんよ」


「え?」


「最初の職業は、実際に働きながら自分に合うか確かめるようなところもありますから、合わずに辞める方も珍しくありません」


「そうなの?」


 俺は周囲を見る。


 よく見ると、同じような透明な板を前にしている天使が何人かいる。


「でも極めてって必要か?」


「……」


「短期間だけでよくない?」


「……」


「なんか悪意を感じるんだけど」


「気のせいですよ」


 何事もなかったかのように受付の天使は話を続けた。


「それで現在、無職ですね」


「はい……」


「住居は?」


「まだありません」


「では住所不定です」


 少し離れた別の窓口からも、同じような言葉が聞こえてきた。


「……結構いるな」


「はい」


「住所不定無職」


「はい」


「俺だけじゃない?」


「もちろんです」


「よかった……」


「安心するところでしょうか?」


「今は安心させて」


 少しだけ気が楽になった。


「住居については、新しい配属先が正式に決まりましたら、そちらで居住区をご案内できます」


「今度はちゃんと家ある?」


「あります」


「本当に?」


「通常はあります」


「通常は、って言った?」


「あります」


 ちょっと怪しい。


「休みは?」


「ございます」


「一週間働きっぱなしとかじゃない?」


「通常はございません」


「飯は?」


「食べられます」


「使者でお願いします」


「先ほどから使者で登録しております」


「念押しです」


 今度こそ。


 まともな仕事がいい。


「ちなみに、世界管理局に私物などは残されていますか?」


「私物?」


「はい。荷物など」


「ないです」


「一つも?」


「住んですらいないから」


「では、引き取りの必要もありませんね」


「何も持ってなくてよかった……」


 身軽だった。


 いろんな意味で。


 俺は無意識に頭を触った。


「……」


 そこは考えないことにした。


「登録が完了しました」


 透明な板から文字が消える。


「それでは、使者部門までご案内いたします」


「お願いします」


 受付の天使が立ち上がった。


 俺も後について歩く。


 廊下を進む。


 前に来た時。


 ここで俺とゴゴゴ・ザ・シャインは別れた。


『使者部門希望者はこちらへ』


『世界管理部門希望者はこちらです』


 俺は世界管理を選んだ。


 ゴゴゴは使者を選んだ。


「……最初からこっちにしとけばよかったな」


「何か?」


「いや、何でもないです」


 使者。


 届け物をする。


 地上へ行く。


 少なくとも、机に資料を山積みにされて、あと百六十八時間働けと言われる仕事ではないだろう。


 歩きながら、少しずつ気分が軽くなっていく。


 今度こそ。


 普通に働ける。


 普通に休める。


 家だってもらえる。


 ゴゴゴ・ザ・シャインが選んだ仕事だ。


 きっと、そんなに悪い仕事じゃない。


「こちらです」


 案内の天使が、前方の扉を示した。


『使者部門』


「おお……」


 新しい仕事。


 二度目の職業選択。


 もう失敗はできない。


 だけど、今度こそ大丈夫だろう。


 俺は少しだけ胸を膨らませながら、


 使者部門へ案内されていった。



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