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死んだおっさん、天使になる。~天界のお仕事、思ってたのと違います~  作者: 月欠けラムネ
第1章 新人天使フンノシエル

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第1話 天使の名前


 ララエルに言われた方向へ、雲の上を歩いていく。


 遠くを見ると、確かに看板があった。


『天使名登録所』


 かなり大きな文字で書いてある。


「……ほんとにあるな」


 俺は羽を背負ったまま、そこへ向かって歩いた。


 飛べればすぐなんだろうけど、飛べないんだから仕方ない。


 足元は雲なのに、不思議と沈まない。


 普通の道を歩いているのとほとんど変わらなかった。


 歩きながら、ふと後ろを振り返る。


 当然、病院なんて見えない。


 家族の姿もない。


 最後に見た顔を思い出した。


 妻。


 子供たち。


 泣いていた。


 俺が死んだあと、どうしてるんだろう。


 ちゃんと飯を食えてるだろうか。


 俺がいなくても、なんとかやっていけるだろうか。


「……」


 天使になれた。


 それ自体は、ありがたいことなんだろう。


 地獄へ落ちたわけでもない。


 こうして意識もある。


 でも、死んだものは死んだ。


 俺だけこうして歩いていても、あっちではもう葬式の話でもしているのかもしれない。


 少しだけ胸が重くなった。


 その時だった。


 頭上を、小さな天使がものすごい速さで飛んでいった。


「うわっ!」


 風で俺の羽がばさっと揺れた。


 さっき見た子とは別の子だ。


 楽しそうに笑いながら、そのまま遠くへ飛んでいく。


 俺はしばらく見送った。


「……やっぱりずるいな」


 ちょっとだけ気が抜けた。


 今考えてもどうしようもない。


 それに、ララエルの話が本当なら、俺はこれから人間に関わる仕事をすることになる。


 もしかしたら、いつか家族の様子を見る機会だってあるかもしれない。


 そう思うことにした。


 しばらく歩くと、ようやく建物が見えてきた。


『天使名登録所』


 さっき遠くから見えた看板が、入口の上に付いている。


「ここか」


♢♢♢


 中へ入る。


 中には、俺と同じような新人らしい天使が何人かいた。


 白い服を着て、背中には真新しい白い羽が生えている。


 どうやら、ここへ名前を登録しに来る新人はそれなりにいるらしい。


 受付へ行くと、一本のダーツを渡された。


「これを使うんですか?」


「はい。順番が来たら案内します」


 よく分からないまま受け取る。


 奥を見ると、巨大な丸い的のようなものがいくつか並んでいた。


「……何だ、あれ」


 そのうち一つの前に、若い女の天使が立っていた。


 手には、俺が渡されたものと同じダーツを持っている。


 受付の天使が声をかける。


「では、そのまま投げてください」


「はい」


 女が腕を振った。


 かなり遠い。


 三十メートルくらいあるんじゃないか。


 絶対届かないだろ。


 そう思った。


 ところが。


 投げられたダーツは途中でふわっと浮き上がり、勝手に軌道を変えた。


「あ?」


 そのまま回転する的へ向かっていく。


 ストン。


 一本の枠に刺さった。


 刺さった場所が光る。


『イラニア』


 受付が確認する。


「イラニアですね」


 女の右手の甲が光った。


 そこに文字が浮かび上がる。


 黒い文字で、


『イラニア』


 と書かれていた。


「登録完了です」


 女は自分の手を見て、ほっとした顔をした。


「よかった……」


 そのまま受付に礼を言って、出口へ向かっていく。


 俺はその後ろ姿を見送った。


「イラニアか……」


 普通にいい名前じゃないか。


 むしろ、かなり天使っぽい。


 それなのに本人は「よかった」程度だった。


 ということは、あれくらいが普通なのか?


 俺も少し安心した。


 御手洗大介から卒業するなら、せめてああいう名前がいい。


 ミカエルとか。


 ラファエルとか。


 そこまで贅沢は言わない。


 人前で名乗って恥ずかしくない名前なら何でもいい。


「あなたも、これからですか?」


 突然、横から声をかけられた。


 振り向く。


 俺と同じくらいの年齢の男が立っていた。


 無精髭。


 白い服。


 背中には、まだ見慣れないほど綺麗な白い羽。


 どう見ても、俺と同じ新人だった。


「ええ。あなたも?」


「はい。今から名前を登録するところです」


 男は手に持ったダーツを見せた。


 俺も、受付でもらったダーツを見る。


「なんか緊張しますね」


 男が言った。


「しますね」


「どんな名前がいいです?」


「普通のでいいです」


 俺は即答した。


「普通?」


「昔、名前で散々いじられたんで」


「そうなんですか?」


「名字が御手洗だったんですよ」


「ああ……」


「ああって言いましたね?」


「いや、子供ならいじるだろうなと思って」


「でしょう?」


 男が少し笑った。


「私も普通のでいいですね。格好よすぎなくていいので、呼ばれて恥ずかしくないやつで」


「同じですね」


 なんとなく気が合いそうだった。


 天使になって最初の知り合いができるかもしれない。


 その時は、そう思っていた。



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