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死んだおっさん、天使になる。~天界のお仕事、思ってたのと違います~  作者: 月欠けラムネ
第2章 天使のお仕事 【フンノシエル編】

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第7話 優しすぎる職場


 二日目の夜。


「おはようございます!」


 元気な声とともに、課長代理室の扉が開いた。


 入ってきたのは、今朝帰っていった夜勤の天使たちだった。


「課長代理、おはようございます!」


「今日もよろしくお願いいたします!」


「本日も頑張りましょう!」


「……おはよう」


 みんな爽やかだった。


 声に力がある。


 表情も明るい。


 活力に満ちている。


 ちゃんと家に帰って。


 ちゃんと休んで。


 ちゃんと寝てきたんだろうな。


「……いいなあ」


「皆さん、おはようございます」


 隣から、明るい声がした。


「今日もよろしくお願いいたします」


「よろしくお願いします!」


 セリエルだった。


「……」


 俺はげんなりしながら、その顔を見る。


 淡い金色の髪を、仕事の邪魔にならないよう後ろで綺麗にまとめている。


 瞳は薄い青。


 細身で姿勢がよく、白い天装もきっちりと着こなしている。


 派手な感じはしない。


 むしろ清楚で。


 柔らかい笑顔まで含めれば、いかにも優しそうな天使だった。


 見た目だけなら。


「……なんで元気なんだよ」


「はい?」


「いや……」


 昨日から一度も帰ってないよな?


 俺と一緒に、ずっとここにいたよな?


 寝てもいない。


 ほとんど休憩もしていない。


 なのに。


 なんでそんな爽やかなんだ。


「課長代理、お疲れですか?」


「誰のせいだと思ってんの……」


「はい?」


「何でもないです」


 セリエルは不思議そうに首を傾げた。


 その仕草だけ見れば。


 本当に、優しそうな天使だった。


 俺には少しずつ悪魔に見えてきているけど。


「……」


 俺は昨日から一度も帰っていない。


 それどころか。


 どこに帰ればいいのかも分からない。


 寝ていない。


 まともに食事もしていない。


 休憩だって、合わせても何分あっただろう。


 気づけば、仕事を始めてから一日半近く。


「……」


 頭が重い。


 なんとなく頭をかく。


 指を見る。


「……あれ?」


 髪の毛が数本ついていた。


「……」


 もう一度、軽く触る。


 また一本。


「やめよう」


 見なかったことにした。


「課長代理」


「はい?」


 一般天使が天域盤と資料を持って立っていた。


「こちらをお願いいたします」


「もう?」


「はい!」


 元気だなあ。


「……分かった」


 資料を受け取る。


 町。


 川。


 山。


 道路。


 人口。


 気候。


 生活圏。


 読む。


 覚える。


 地図を見る。


 もう一度読む。


「……よし」


 天域盤へ手をかざす。


 目を閉じる。


 頭の中に区域を作る。


 領域支配。


『領域支配完了』


「ありがとうございます!」


「はい……」


 一件終わる。


「課長代理、次はこちらです」


「はい……」


 また資料。


 読む。


 覚える。


 領域支配。


『領域支配完了』


「ありがとうございます!」


「……はい」


 また次。


 昨日から。


 ずっとこれだ。


 資料。


 暗記。


 領域支配。


 追加情報。


 また資料。


「……」


 俺は少し離れた机を見る。


 セリエルがいた。


 相変わらず。


 ものすごい勢いで仕事をしている。


「……本当に元気だな、あの人」


 昨日からずっと一緒だ。


 寝ていない。


 ほとんど休んでいない。


 なのに。


 普通に仕事をしている。


 やっぱり。


 ちょっと怖い。


「第三係長」


「はい?」


 近くにいた第三係長を呼ぶ。


「ちょっとお願いがあるんだけど」


「何でしょうか?」


「セリエルにさ」


「はい」


「少しくらい休めって言ってくれない?」


「私からですか?」


「うん」


 セリエルを一瞬見てから。


 第三係長は少し考えた。


「お伝えすることはできますが」


「お願いします」


「従われるかどうかは分かりません」


「え?」


「私の命令に従う義務はありませんので」


「なんで?」


 俺は第三係長を見る。


「係長なんだよね?」


「はい」


「だったら、部下に命令すればいいじゃん」


「できません」


「なんで?」


「私も一般天使ですので」


「……一般天使?」


 そこで思い出した。


 そういえば、上級天使の特権について説明された時に聞いたことがある。


 上級天使は、一般天使に正式な命令を下すことができる。


 あれも上級天使の特権の一つだった。


「ああ、そうか。一般天使同士には正式な命令権がないのか」


「はい」


「じゃあ係長でも?」


「一般天使である以上、同じです」


「役職は上なのに?」


「役職上の指示やお願いはできます。ただ、上級天使のような正式な命令権はありません」


「……ややこしいな」


 第三係長は小さくうなずいた。


「そのため、上級天使が一般天使の部下になることも、基本的にはありません」


「なんで?」


「役職上は部下なのに、上級天使は一般天使への正式な命令権を持つことになりますから」


「……ああ」


 なるほど。


 一般天使の上司からは、上級天使に正式な命令を出せない。


 なのに、その上級天使からは逆に正式な命令を出せる。


 それでは組織としておかしくなる。


「ですので、上級天使は正式配属された時点で、基本的に管理職へ就きます」


「……あ」


 それで俺。


 配属初日。


 何もしていないのに副課長だったのか。


「だから俺、いきなり副課長だったの?」


「はい。第二級上級天使ですので」


「今さら理由が分かったよ……」


「上級天使からの正式な命令であれば、よほど不当な内容でない限り、一般天使は従うことになっています」


「じゃあ……」


「はい」


「俺が言えばいい?」


「そういうことです」


 第三係長は丁寧に頭を下げると、自分の机へ戻っていった。


「……俺が言うのか」


 セリエルを見る。


 ちょうど書類を整理している。


 俺が、


『休め』


 と命令すればいい。


 上級天使である俺が正式に命令すれば、セリエルは従う。


 たぶん。


「……」


 でも。


 あの人。


 怖いんだよな。


 見た目は清楚で優しそうな天使なんだけど。


 俺の中では、かなり悪魔寄りになってきている。


 できれば。


 あんまり関わりたくない。


 でも。


 セリエルが休まない限り、俺が長く休むのも難しそうだ。


「……よし」


 言おう。


 俺は立ち上がろうとした。


 その瞬間。


 セリエルがこちらを向いた。


 目が合った。


「課長代理?」


「……」


 俺は座り直した。


「何でしょうか?」


「いや。何でもない」


「そうですか」


「はい」


 無理だった。


 俺はまた資料を開いた。


◇◇◇


 夜もだいぶ更けてきた。


「……腹減った」


 そういえば。


 昨日からまともなものを食べていない。


 というか。


 俺。


 まだ自分がどこに住むのかすら知らない。


「……おかしくない?」


 配属された。


 仕事した。


 課長代理になった。


 そのまま働き続けている。


 住むところ。


 知らない。


 食事。


 ない。


 睡眠。


 ない。


 休憩は。


 三分とか五分。


「……」


 今日。


 何か予定があったような気もする。


 何だったっけ。


「……まあいいか」


 今はどうでもいい。


 とにかく。


 休みたい。


「セリエル」


「はい?」


 セリエルが顔を上げる。


「何か食べる時間、もらっていい?」


「お食事ですか?」


「うん。腹減った」


 セリエルは周囲を見回した。


 一般天使たちは。


 普通に仕事をしている。


「皆さん、勤務中ですが」


「見れば分かるよ」


「誰も食事をされておりません」


「それも見れば分かる」


「では、問題ないのでは?」


「俺は腹減ってるの!」


 セリエルが俺を見る。


 上から下まで。


「課長代理は、少し体格がよろしいですし」


「ん?」


「多少お痩せになっても問題ないかと」


「そこに持っていく!?」


「昨日より少しお痩せになったように見えます」


「それ、健康的に痩せてるんじゃないから!」


「そうでしょうか?」


「仕事でやつれてるんだよ!」


 セリエルは少し考えた。


「ですが、健康上は問題ありません」


「死なないから?」


「はい」


「もう聞き飽きたよ!」


 俺は机に突っ伏した。


「そういえばさ」


「はい?」


「俺、まだ住む場所も決まってないんだけど」


「問題ありません」


「決まってるの?」


「いいえ」


「じゃあ問題あるじゃん!」


「こちらに住んでいただいても構いませんので」


「ここに!?」


「仮眠室もございます」


「帰す気ないの!?」


「必要であればご案内いたします」


「そういう親切はいらない!」


 俺は顔を上げた。


「とにかく、少し休ませて」


「先ほど休憩されましたが」


「何時間前だよ」


「では、少し長めにいたしましょう」


「お願いします」


「六分ほど」


「……」


 三分。


 五分。


 そして六分。


 順調に増えている。


 もうそれでいい。


「……じゃあ六分もらう」


「承知しました」


 俺は立ち上がった。


「少し外出てくる」


「はい」


 部屋を出る。


 すると。


「課長代理」


 後ろから声がした。


「……」


 振り返る。


 第三係長だった。


「何?」


「ご案内いたします」


「何を?」


「休憩場所を」


「休憩場所?」


「はい」


「俺、一人で適当に休むけど」


「初めてですので」


「……」


 まただ。


 トイレの時もそうだった。


 最初は。


 なんて親切なんだと思った。


「こちらです」


「……ありがとう」


 第三係長について歩く。


 やっぱり親切だ。


 親切なんだけど。


「……」


 なんだろう。


 最近。


 ちょっとだけ。


 親切すぎる気がする。


◇◇◇


 日付が変わった頃。


 仕事は続いていた。


「課長代理、こちらをお願いします」


「はい」


「追加資料です」


「はい」


「こちらもお願いいたします」


「はい……」


 俺は資料を読みながら、頭をかいた。


「……またか」


 手のひらに髪の毛が落ちる。


 今度は一本じゃない。


 数本まとめて。


「……増えてない?」


 昨日より明らかに抜ける。


 ただでさえ危なかった頭が。


 さらに危なくなってきている。


「……何で俺、この仕事選んだんだっけ」


 思い返す。


 新人訓練で。


 風に流された。


 何度も流された。


 それで。


『だったら今度は、俺が風を動かす側になってやる』


 そんな軽い理由で世界管理を選んだ。


「……」


 俺は手のひらの抜け毛を見る。


「馬鹿じゃないの、俺」


 何も考えてなかった。


 風に流されたから。


 今度は風を管理する側。


 それだけ。


「くだらない理由で人生決めるんじゃなかった……」


 いや。


 もう死んでるけど。


 風をどうこうする前に。


 俺の髪の方が減っている。


「……完全に外れ引いたな」


 ため息が出た。


 そういえば。


 ゴゴゴ・ザ・シャイン。


 あいつは使者を選んだ。


「……使者にしとけばよかった」


 人間へ何か伝えたり。


 お告げを届けたり。


 そういう仕事だったはずだ。


「今頃、楽しくやってるんだろうな……」


 少なくとも。


 飯も食わず。


 寝もせず。


 トイレまで追いかけられながら。


 ひたすら地図を覚えている俺よりは。


「絶対あっちの方が当たりだっただろ……」


「課長代理」


「はい?」


 顔を上げる。


 一般天使が。


 新しい資料を抱えて立っていた。


「こちらもお願いいたします」


「……はい」


 文句を言っても。


 仕事はなくならない。


 俺は資料を受け取った。


「町……川……山……道路……」


 読む。


 覚える。


 天域盤へ手をかざす。


「……ゴゴゴ、いいなあ」


『領域支配完了』


「ありがとうございます!」


「はい……」


 次。


「課長代理、こちらです」


「はいはい」


 また仕事。


 文句を言いながらも。


 結局。


 俺は続けた。


◇◇◇


 途中。


「トイレ行ってくる」


「ご案内します」


「もう場所知ってるよ」


「では、ご一緒します」


「なんで!?」


 一人ついてくる。


 トイレを出る。


 なぜか二人待っている。


「お待ちしておりました」


「……」


 帰りは四人。


「なんで増えるんだよ……」


 またしばらくして。


「喉渇いたな」


「お飲み物ですか?」


「うん。ちょっと取りに行ってくる」


「私が取ってまいります」


「いや、自分で行くよ」


「課長代理はお仕事を続けてください」


「……」


 飲み物が届いた。


「どうぞ」


「ありがとう……」


 親切だ。


 すごく親切だ。


 それは間違いない。


 俺は何もしなくていい。


 必要なものは持ってきてくれる。


 行きたい場所には誰かがついてくる。


 迷わないように案内してくれる。


「……」


 でも。


 なんでだろう。


 俺。


 自分の意思では、ほとんどこの部屋から出てないな。


「課長代理?」


「何?」


「次はこちらです」


「……はい」


 また資料に目を通す。


 そして記憶する。


 また領域支配。


 また資料に目を通す。


 そして記憶する。


 また領域支配。


 それが、延々と続く。


 朝が近づいてきた。


 外の様子が少し変わっている。


「……」


 時計を見る。


 時間だけが進んでいく。


 一般天使は交代する。


 帰る。


 休む。


 また元気になって戻ってくる。


 それなのに。


 俺はずっとここにいる。


「……課長」


 小さくつぶやく。


「早く戻ってこないかな……」


 世界管理を選んだことを後悔しながら。


 使者を選んだゴゴゴを羨ましく思いながら。


 それでも俺は。


 また次の資料を開いた。


 最近、考えることは。


 課長がいつ戻ってくるのか。


 そればかりになっていた。



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