第5話 休憩は三分
「おはようございます!」
課長代理室の扉が開いて、何人もの天使が、元気よく入ってくる。
「おはようございます、課長代理!」
「本日もよろしくお願いいたします!」
「よろしくお願いします!」
俺は時計を見る。
午後六時。
「今、夕方だよね?」
「はい」
「なんで、おはよう?」
「これから勤務ですので」
「これから?」
入ってきた天使たちを見る。
何人か見覚えがあった。
俺がここへ来た時。
この部屋に集まって、歓迎してくれた連中だ。
「君たち、朝もいたよね?」
「はい」
間違いない。
「じゃあ、今までどこにいたの?」
「帰宅しておりました」
「帰ってたの!?」
てっきり別の部屋で仕事をしているんだと思っていた。
課長室とか。
どこか別の作業室とか。
俺の見えないところで働いているものだと。
「今朝は課長代理へのご挨拶のため、一度来ていただいただけです」
セリエルが説明した。
「その後、夜勤担当の者には一度帰宅していただきました」
「夜勤担当?」
「はい」
その時。
一般天使たちが、大きなものを抱えて部屋へ入ってきた。
「失礼いたします」
「こちらでよろしいですか?」
「はい。そちらへお願いします」
どん。
「……」
机だった。
「何それ?」
「机です」
「それは見れば分かる」
もう一つ。
どん。
さらに。
どん。
「ちょっと待って。何個持ってくるの?」
「夜勤担当の人数分、机が足りませんので」
「ここに置くの?」
「はい」
また一つ運び込まれた。
「……狭っ」
俺は改めて部屋を見る。
最初に入った時は、四人くらいで使う部屋だった。
それが今では。
机。
机。
机。
机。
いつの間にか、かなり増えている。
「だからだんだん狭くなってたのか……」
そういえば。
セリエルの机だって、最初はなかった気がする。
「セリエル」
「はい」
「君の机も、あとから持ってきた?」
「はい。課長室から」
「課長室から?」
「現在、課長室はほとんど使用しておりませんので」
「なんで?」
セリエルは当たり前のように答えた。
「レグエル課長がおりませんから」
「部屋はあるだろ」
「あります」
「なら、そこで仕事すればいいんじゃないの?」
「一般天使だけ集まっても、領域支配ができませんので」
「ああ……」
そうだった。
一般天使は、雨や雪、風を操作できる。
でも。
その前に上級天使が領域支配しないと、仕事を始められない。
「現在、領域支配を行える上級天使は課長代理お一人です」
「だから?」
「皆さん、こちらで仕事をしていただいております」
「俺がいるから?」
「はい」
俺は部屋を見回した。
課長室より。
俺のいる課長代理室の方が、今は仕事場として重要らしい。
「でも、なんで昼と夜に分けてるの?」
セリエルが少し考えてから答えた。
「現在の課長代理では、全員分を一度に処理することが難しいためです」
「……ですよね」
そこは否定できない。
今日。
一区域覚えるだけでも、かなり時間がかかった。
十五人近くから一気に天域盤を持ってこられたら。
どう考えても無理だ。
「ですので、現在はほぼ半数ずつ勤務していただいております」
「半分は昼」
「はい」
「残りは夜?」
「はい」
なるほど。
だから朝にいた連中の何人かは、挨拶だけして帰ったのか。
「レグエル課長の時も、こんな感じだったの?」
「少し違います」
「違う?」
「レグエル課長は長くこの仕事をされていましたので、領域支配もかなり早く行えました」
「ああ」
「ですので、日中にもっと多くの一般天使を担当しておられました」
「じゃあ夜勤は?」
「今より少なかったです」
「そうなんだ」
やっぱり経験の差か。
「それでも、日中に処理しきれない場合は夜間も仕事をされていました」
「課長も?」
「はい」
「結構?」
「ええ」
「……」
なるほど。
だから倒れたのか。
大変だったんだな。
そんなことを考えている間にも、夜勤の天使たちは机へ座り始める。
資料を広げる。
天域盤を用意する。
完全に、
これから仕事を始めます。
という雰囲気だ。
「……」
俺はまた時計を見る。
午後六時過ぎ。
朝から働いて。
今、だいたい十時間ほど。
かなり長い。
でも。
まだ、とんでもない時間というほどではない。
それに今日は初日だ。
いきなり課長が倒れた。
俺はそのまま課長代理になった。
しかも、今ここで領域支配できる上級天使は俺しかいない。
こんな日に。
『じゃあ、俺帰ります』
とも言いづらい。
課長だってすぐ戻ってくるかもしれない。
今日だけ少し頑張ればいい。
「課長代理」
「ん?」
セリエルが天域盤を持ってきた。
「夜勤担当の最初の区域です」
「……もう始まる?」
「はい」
「そう」
俺は一度息を吐いた。
「まあ……初日だしな」
「何か?」
「いや」
椅子へ座り直す。
「やろう」
「ありがとうございます、課長代理」
仕事が始まった。
資料。
町。
村。
山。
川。
道路。
人口。
気候。
「こちらが最新情報です」
「はい」
「人口に変更があります」
「はい」
「新しい道路も開通しております」
「はいはい」
覚える。
地図を見る。
頭の中で組み立てる。
「では、お願いいたします」
「はい」
天域盤へ右手をかざす。
目を閉じる。
町。
川。
山。
道路。
境界。
右手の銀色の文字が光る。
『フンノシエル』
そこだけは相変わらず格好いい。
名前以外。
力を流す。
『領域支配完了』
「ありがとうございます」
「終わった……」
ひとつひとつが結構大変で疲れる。
「では、次はこちらです」
「もう次?」
「はい」
「……分かった」
また資料。
町。
川。
山。
「課長代理、こちらもお願いいたします」
「ちょっと待って。今これやってるから」
「承知しました。では、お待ちしております」
「ありがとう」
急かしてこない。
ちゃんと待ってくれる。
俺が新人なのも分かっている。
やっぱり。
みんな親切ではあるんだよな。
だから、俺も頑張らないとな。
仕事を続けた。
資料。
領域支配。
資料。
追加情報。
領域支配。
「こちら、町の範囲が変わっております」
「はい」
「こちらも追加で」
「はい」
「課長代理?」
「聞いてる」
少しずつ頭が重くなってきた。
「……」
腹も減った。
そういえば。
今日、まともな休憩を全くしていない。
トイレには行った。
わざわざ案内してもらった。
手を洗う場所まで教えてもらった。
でもそれ以外。
休んだ記憶がない。
「セリエル」
「はい」
「ちょっと休憩していい?」
「休憩ですか?」
「うん」
セリエルが時計を見る。
少し考える。
「仕方ありませんね」
「仕方なくなの?」
さらに少し考える。
「では、三分ほど休憩にしましょう」
「三分!?」
聞き間違いかと思った。
「はい」
「短すぎるだろ!」
「そうでしょうか」
「インスタントラーメンじゃないんだぞ!」
セリエルが真剣な顔で考える。
「では、少し長めにいたしますか?」
「お願いします」
「五分で」
「二分しか増えてない!」
「長めです」
「基準がおかしい!」
それでも。
今は五分でもありがたい。
「……じゃあ五分でいいよ」
「承知しました」
俺は椅子に深く座った。
「疲れた……」
「領域支配は精神力を使いますからね」
「それだけじゃないと思うけど」
背もたれに体を預ける。
町。
山。
川。
道路。
覚えた情報が頭の中をぐるぐる回っている。
「セリエル」
「はい?」
「セリエルは休まないの?」
「私は大丈夫です」
「朝からいるよね?」
「はい」
「疲れない?」
「疲れますよ」
「疲れるんだ」
そこは普通らしい。
「天使にも疲労はあります」
「じゃあ休んだ方がいいじゃん」
「まだ仕事がありますので」
「でも無理したら体壊さない?」
「大丈夫です」
「何が?」
「死にませんので」
「そこ!?」
セリエルは真顔だった。
「天使は基本的に、もう一度死ぬことはありません」
「それは知ってるけど」
「ですので、ご安心ください」
「安心するところじゃないだろ」
「疲労はあります」
「あるよね?」
「はい」
「寝不足には?」
「なります」
「精神的にしんどくなる?」
「なります」
「じゃあ休めよ!」
「ですが、死にません」
「全部それで押し切るな!」
怖い。
この考え方。
「ご安心ください、課長代理」
「だから何を安心すればいいの?」
「課長代理だけに無理をさせることはありません」
「お?」
ようやくまともなことを言った。
「私も一緒に勤務いたします」
「そっち!?」
「はい」
「一緒に休むって意味じゃないの!?」
「違います」
「お前も休めよ!」
セリエルは少しだけ笑った。
「私はまだ大丈夫ですので」
「何を基準に大丈夫って言ってるんだよ……」
俺は頭を抱えた。
まあ今日は特別だ。
課長が突然倒れた。
俺も初日。
だから。
ちょっとおかしくなっているだけだ。
課長が戻れば。
きっと普通になる。
そう思っていると。
「課長代理」
「何?」
「あと一分です」
「何が?」
「休憩です」
「もう!?」
時計を見る。
本当に、もう四分ほど経っている。
「……」
俺は天井を見上げた。
「課長代理」
「はい……」
「休憩終了です」
「早いよ!」
俺の初めての休憩五分は。
あっという間に終わった。




