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死んだおっさん、天使になる。~天界のお仕事、思ってたのと違います~  作者: 月欠けラムネ
第2章 天使のお仕事 【フンノシエル編】

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第4話 もうすぐ帰れる


 午後六時を過ぎた。


 さっきまで大勢いた天使たちは、次々と帰っていった。


 気づけば課長代理室に残っているのは、俺と女性天使の二人だけになっていた。


 女性天使は、少し離れた机で黙々と書類を整理している。


「そういえば」


 俺は声をかけた。


「まだ名前聞いてなかったよね」


「はい。申し遅れました」


 女性天使が立ち上がる。


「セリエルと申します。普段はレグエル課長の補佐をしております」


「セリエルね」


「はい」


 改めて見ると、かなり天使らしい見た目をしている。


 淡い金色の髪を後ろでまとめ、瞳は薄い青色。


 細身で姿勢もよく、白い天装にも乱れ一つない。


 先ほどレグエル課長を療養所まで送り届けて戻ってきたばかりなのに、疲れた様子もほとんど見えなかった。


 見た目だけなら、真面目で優しそうな天使そのものだ。


「じゃあ課長が戻ってくるまでは、俺の補佐?」


「その予定です」


「よろしく」


「こちらこそ、よろしくお願いいたします。課長代理」


 丁寧に頭を下げられた。


 真面目な人だ。


「セリエルって、この課に来て長いの?」


「それについては、また後ほど」


「え?」


「今はあまり時間がありませんので」


「時間?」


 何の時間だ?


 聞こうとしたところで、セリエルが部屋を出ていった。


 すぐに戻ってくる。


 両腕には、大量の資料が抱えられていた。


「……何それ」


「資料です」


「それは見れば分かる」


 どさっ。


 机に置かれる。


「ちょっと待って」


 さらに取りに行く。


 どさっ。


「まだあるの?」


 もう一往復。


 どさっ。


「……山できたけど」


 机の上に、資料の山が三つできていた。


「第十七課では、現在十五の区域を管理しております」


「十五?」


「はい。本日、一つ目の区域は覚えていただきましたので」


「うん」


「残り十四区域です」


「……これ全部?」


「はい」


「十四個分!?」


 さっき一区域覚えるだけでも、かなり大変だった。


 それがあと十四。


「これ、今からやるの?」


「お時間のある時で構いません」


「なんだ」


 よかった。


 今日全部ではないらしい。


「先に各区域の基本情報を覚えておいていただければ、今後、追加の資料が届いた際にも新しい部分だけ覚えれば済みます」


「ああ、なるほど」


「毎回すべて覚え直すより効率的ですので」


「それはそうだな」


「ですので、お時間のある時にはこちらをお願いいたします」


「分かった」


 セリエルは本当に軽い感じで言った。


 俺は資料の山を見る。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


「……これ、全部覚えるの何日かかるんだよ」


 まあいい。


 今日は初日だ。


 課長まで倒れた。


 予定が多少狂うくらいは仕方ない。


 もうみんな帰ったんだし。


 これを少し見たら、俺も帰れるだろう。


「じゃあ、軽く見ておくか」


 最初の資料を開いた。


 町。


 村。


 山。


 川。


 人口。


 道路。


 気候。


「……またこれか」


 ページをめくる。


 次。


 次。


 また次。


「こんなの一日で終わるわけないだろ」


「はい」


 すぐ近くから返事がきた。


 見ると、セリエルも自分の机で仕事をしている。


 大量の書類を確認しては、何かを書き込んでいた。


「……セリエルもまだ仕事?」


「はい」


「大変だな」


「いつものことですので」


「へえ……」


 かなり仕事熱心らしい。


 邪魔をするのも悪い。


 俺はまた資料へ目を戻した。


 しばらく読む。


 またページをめくる。


「……」


 そういえば。


 今日は、まともな休憩を取っていない。


 トイレには行った。


 第二係長がわざわざ案内してくれて、帰りにはなぜか人数まで増えていた。


 でも、それ以外に休んだ記憶がない。


 食事の案内もなかった。


「……天使の休憩ってどうなってるんだ?」


 聞こうかと思って、セリエルを見る。


 ものすごい勢いで仕事をしていた。


「……」


 今は話しかけない方がよさそうだ。


 まあ、もうすぐ帰るんだ。


 その時に聞けばいい。


 資料へ戻る。


 一区域目。


 二区域目。


 地図。


 町。


 人口。


 地形。


「……多いな」


 覚えるつもりはない。


 今日は軽く目を通すだけ。


 そう思いながら読み続ける。


 でも。


 改めて考えると、今日は悪くない一日だった。


 この課の天使たちは、みんな親切だった。


 何をするにも丁寧に教えてくれる。


 分からないことがあれば、すぐ助けてくれる。


 トイレの場所まで案内してくれた。


 手を洗う場所まで教えてくれた。


 そこまでしなくても分かるけど。


「……まあ、親切なのはいいことだよな」


 何より。


 誰も俺の名前を笑わなかった。


『フンノシエル』


 天界へ来てから、この名前には散々な目に遭わされている。


 でも、この課の連中は違った。


 それどころじゃないという理由ではあったけど。


 笑われないだけでもありがたい。


「髪のことも何も言われなかったし」


 そこも大きい。


 レグエル課長も、真面目でいい人だった。


 俺の名前を聞いても、


『名前に多少問題があったとしても、本人に問題がなければ、特に気にすることではないでしょう』


 と普通に受け入れてくれた。


 部長だってそうだ。


 会ったことはないが、わざわざ俺を課長代理に昇進させてくれた。


 挨拶も、


『こちらから行くから、仕事を頑張ってくれればいい』


 と言ってくれているらしい。


「……そういえば」


「はい?」


 俺は資料から顔を上げた。


「俺、まだ部長に会ったことないんだけど」


 後で挨拶に来ると言っていたはずだ。


 セリエルが少し意外そうな顔をした。


「覚えていらっしゃったんですね」


「覚えてるよ! 上司だぞ!」


「それでしたら大丈夫です」


「何が?」


「先ほど課長室にいらっしゃいました」


「来たの!?」


「はい」


「じゃあ何で呼んでくれなかったの?」


「面会をお断りしました」


「断ったの!?」


「はい」


 セリエルは普通にうなずいた。


「課長代理は現在、お仕事をとても楽しみながら頑張っておられますので、ご挨拶でお邪魔しない方がよろしいとお伝えしました」


「何でそんな嘘つくの!?」


「部長に喜んでいただくためです」


「何で!?」


「課長代理のお仕事が進めば、第十七課の成果になります」


「まあ……そうだけど」


「第十七課の成果が上がれば、部長の評価にもつながりますから」


「……」


「部長も大変喜んでおられましたよ」


「喜んでたの?」


「はい。とてもご機嫌でした」


「……そう」


 そんなことを言われると。


 今から、


『仕事やめて帰りたいです』


 とは言いづらい。


「では、このままお仕事を続けましょう」


「……はい」


 セリエルは満足そうに微笑むと、自分の仕事へ戻った。


 俺も資料を見る。


「……」


 なんか。


 うまく丸め込まれた気がする。


 でも、部長も喜んでいるらしい。


 わざわざ俺を課長代理にしてくれた人だ。


 少しくらい頑張っておくか。


「……いい人たちじゃん」


 天界で仕事を選ぶ時。


 世界管理と使者で迷った。


 ゴゴゴは使者へ行ったけど。


「こっち選んで正解だったかもな」


 風に散々振り回されたから、今度は自分が風を管理する側へ。


 かなり適当な理由で選んだ仕事だったが。


 意外と当たりだったのかもしれない。


「しかも初日から課長代理だし」


 出世までした。


 何もしてないけど。


「悪くないな」


 俺はまた資料をめくった。


 町。


 山。


 川。


 道路。


 隣では、セリエルがまだ仕事をしている。


「……」


 まだ終わらないのかな。


 まあいい。


 もう少しだけ見ておこう。


 次の資料を開く。


「この区域、山多いな……」


 ページをめくる。


「町の名前も多いし」


 さらにめくる。


「……これも覚えるのか」


 ため息をつく。


 でも。


 もうすぐ帰れる。


 みんな帰ったんだから。


 俺もそのうち帰れる。


 そう思いながら。


 俺は資料を読み続けた。


 それから、少しして。


 突然、課長代理室の扉が開いた。


「おはようございます!」


「……え?」


 聞き覚えのある声。


 第三係長だった。


 その後ろから、今朝見た覚えのある天使たちが次々と入ってくる。


「おはようございます、課長代理!」


「本日もよろしくお願いいたします!」


「おはようございます!」


「……」


 おはよう?


 俺はゆっくり時計を見た。


 午後六時を少し回ったところだった。


「……え?」


 もう一度見る。


 やっぱり午後六時。


「おはようございます、皆さん」


 今度はすぐ近くから声がした。


 セリエルだった。


 爽やかな笑顔を浮かべている。


「それでは、引き続きお仕事を始めましょう」


「……引き続き?」


「はい」


 入ってきた天使たちは、何事もなかったようにそれぞれの机へ向かっていく。


 資料を広げる。


 天域盤を用意する。


 書類を確認する。


 普通に。


 仕事を始めた。


「……」


 俺だけが動けなかった。


「課長代理?」


 セリエルが不思議そうに俺を見る。


「どうされました?」


「いや……」


 俺はもう一度、働き始めた天使たちを見る。


 朝みたいな顔で。


 元気いっぱいに。


 普通に仕事をしている。


「……また始まったの?」


「はい」


「……」


 俺は机の上の資料を見る。


 帰れると思っていた。


 みんな帰ったから。


 俺も帰るんだと思っていた。


 でも。


 新しい天使たちが来た。


 そして。


 仕事がまた始まった。


「……俺は?」


「はい?」


「俺は、このまま?」


 セリエルはにこりと笑った。


「もちろんです。課長代理がいなければ、私たちは仕事ができませんから」


「……マジかよ」


 俺はしばらく。


 また動き始めた職場を、ただ呆然と眺めていた。



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