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死んだおっさん、天使になる。~天界のお仕事、思ってたのと違います~  作者: 月欠けラムネ
第2章 天使のお仕事 【フンノシエル編】

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第3話 初めての領域支配


「それでは、課長代理。まずはお仕事をご説明いたします」


「お願いします」


 課長代理になった。


 まだ何もしていないのに。


 少し納得はいっていないが、いつまでも天使札を眺めていても仕方がない。


 第一係長に連れられて、課内を一通り見て回ることになった。


「こちらが降雨を担当しております」


「雨か」


「こちらでは降雪量を管理しています」


「雪」


「向こうでは雲と風を」


「結構分かれてるんだな」


 気温。


 湿度。


 風。


 雲。


 雨。


 雪。


 思っていたより、ずっと細かい。


「世界管理って、もっと大雑把なのかと思ってた」


「気象は地上の生活に直接影響しますので」


「まあ、そうだよな」


 説明を聞きながら歩いていると、さっき課長についていた女性天使が戻ってきた。


「フンノシエル課長代理」


「あ、課長は?」


「レグエル課長を療養所までお連れして、手続きを済ませてきました」


「大丈夫そう?」


「やはり、しばらく休養が必要とのことです」


「そっか……」


「課長が戻られるまで、私が課長代理の補佐を務めます」


「それは助かる」


 本当に助かる。


 今日来たばかりで、いきなり課長代理。


 一人だったら何をすればいいのかすら分からない。


「では、こちらへ」


「はい」


 課長代理室へ戻る。


 さっきまで『副課長室』だった部屋だ。


 もう入口の札は完全に交換されていた。


『課長代理室』


「仕事早いな……」


 部屋へ入ると、机の上に大量の資料が置かれていた。


「……何これ」


「最初に担当していただく区域の資料です」


「これ全部?」


「はい」


「いきなり多くない?」


 女性天使は、さらに一枚の板を机の上へ置いた。


 地図のようなものだった。


 ただの地図ではない。


 山や川、町並みが淡い光で立体的に浮かび上がっている。


「これは?」


「天域盤です」


「天域盤……」


 そこで思い出した。


「そういえば、これ使うのって明日からじゃなかった?」


「その予定でした」


「でした?」


「レグエル課長が倒れられましたので」


「ああ……」


 予定変更。


 まあ、課長が突然倒れたなら仕方ない。


「現在、この課で領域支配を行えるのはフンノシエル課長代理だけです」


「俺だけ?」


「はい」


 第二級上級天使。


 どうやら肩書きだけでなく、やることもちゃんと重いらしい。


「一般天使には、それぞれ担当区域があります」


 女性天使が天域盤を指す。


「担当天使は、普段から町や人口、地形、気候、生活状況などを確認しています」


「それで雨とか雪を調整する?」


「はい」


「じゃあ俺は?」


「その前段階となる領域支配をお願いいたします」


「やっぱりそこか」


 雨を降らせる。


 雪を降らせる。


 風を調整する。


 それを実際に行うのは一般天使。


 ただし、その地域を先に上級天使が領域支配しなければ、仕事を始めることすらできない。


「じゃあ、何をすればいい?」


「まず、この地域を覚えてください」


「どこまで?」


「できるだけ正確に」


「だから、どこまで?」


「町、村、道路、川、山、地形、人口、気候、生活圏。それから文化や風俗についても、ある程度」


「雨降らせるだけだよね?」


「はい」


「文化までいる?」


「必要です」


 きっぱり言われた。


「その土地を正確に認識できなければ、領域支配に失敗します」


「例えば?」


「山を一つ正確に認識できなければ、その部分だけ領域支配から抜けることがあります」


「山だけ?」


「町を忘れれば町が抜けます」


「綺麗に抜けるんだな」


「境界を間違えれば、支配範囲そのものがずれることもあります」


「それはまずいな」


「失敗した場合は、覚え直して最初からです」


「継ぎ足しは?」


「できません」


「厳しいな!」


 仕方がない。


 俺は資料を読み始めた。


 町。


 川。


 山。


 道路。


 人口。


 地形。


 写真。


 地図。


「……この川、どっちだっけ」


「東側です」


「ああ、そうだった」


 覚える。


 確認する。


 また覚える。


 しばらく続けていると。


「……ちょっとトイレ行ってくる」


「お手洗いですか?」


 近くにいた第二係長がすぐに立ち上がった。


「はい」


「ご案内いたします」


「え? いや、場所だけ教えてもらえれば大丈夫だけど」


「初めてですので」


「そう?」


「課長代理だけのお体ではありませんので。大切なお体ですから」


「え?」


 俺の反応は無視されて話は進む。


「課長代理。どうぞこちらです」


 わざわざ先を歩いてくれる。


 廊下を曲がる。


 少し進んだところで立ち止まった。


「こちらがお手洗いです」


「ありがとう」


「どうぞ」


「そこまで案内してくれるんだ」


「もちろんです」


 親切だな。


 俺は中へ入った。


 用を済ませる。


 すると第二係長が、今度は洗面台を指差した。


「こちらで手を洗ってください」


「うん」


 それくらいは言われなくても分かる。


 蛇口をひねって手を洗う。


「洗い終わりましたら、こちらで手を拭いてください」


「……はい」


 今度はすぐ横を指差された。


「こちらです」


「見れば分かるけどね」


「失礼いたしました」


「いや、いいよ。ありがとう」


 言われなくても分かる。


 分かるんだけど。


 ここまで細かく教えてくれるということは、それだけ新人の俺を気にかけてくれているんだろう。


 親切なことには違いない。


「じゃあ戻ろうか」


「はい」


 二人でトイレを出る。


 すると。


「お待ちしておりました」


「……え?」


 扉の左右に、一人ずつ天使が立っていた。


 二人とも俺を見ると、丁寧に頭を下げる。


「お待ちしておりました、課長代理」


「……待ってたの?」


「はい」


「俺を?」


「はい」


 なんで?


「それでは、戻りましょう」


「……うん」


 第二係長が前。


 左右に一般天使が二人。


 そして俺。


 四人で課長代理室へ戻る。


「……」


 なんだこれ。


「こちらです、課長代理」


「ああ」


 ただトイレへ行っただけなのに。


 行きは一人が案内。


 中では手を洗う場所から拭く場所まで説明。


 出たら二人増えていた。


 そして四人で帰る。


「……親切すぎない?」


「何かございましたか?」


「いや。何でもない」


 すごい職場だ。


 新人上司をここまで気遣ってくれるとは思わなかった。


「では、続きをお願いいたします」


「はい」


 また資料を見る。


 町。


 川。


 山。


 道路。


 境界。


 しばらくして。


「……よし」


「覚えられましたか?」


「たぶん」


「では、領域支配を行ってみましょう」


 天域盤が俺の前へ置かれた。


「名前の刻印のある右手を天域盤へかざしてください」


「こう?」


「はい。そのまま目を閉じてください」


 目を閉じる。


「先ほど覚えた地域を、頭の中で正確にイメージしてください」


 町。


 川。


 山。


 道路。


 そこに暮らす人たち。


 区域の境界。


「そのまま領域支配を意識してください」


「急に感覚的だな」


「やってみれば分かります」


「そういうもの?」


 意識を集中させる。


 すると。


 何かが動いた。


「……ん?」


 目を開ける。


 右手の甲が光っていた。


 銀色の文字。


『フンノシエル』


 いつもより強く輝いている。


「名前が光ってる」


「領域支配に反応しています」


「これが?」


「シエル級が領域支配の権限を持つ証です」


「へえ……」


 光っているところだけ見れば、かなり格好いい。


 かなり。


『フンノシエル』


「……もうちょっとマシな名前だったらよかったのにな」


「何かおっしゃいました?」


「いや。何でもない」


 能力には文句はない。


 名前だけだ。


「集中してください」


「あ、はい」


 もう一度、天域盤へ意識を向ける。


 右手の銀文字が光り続ける。


 手のひらから何かが抜けて、天域盤へ流れ込んでいくような感覚。


「……これ、結構疲れるな」


「領域支配は精神力を使いますので」


「先に言ってよ」


「そのまま続けてください」


 山。


 川。


 町。


 道路。


 境界。


 少しでも集中が切れると、頭の中の地図が崩れそうになる。


 それでも続ける。


 そして。


 天域盤が強く光った。


「え?」


 町。


 川。


 山。


 区域全体へ淡い光が広がっていく。


 中央に文字が浮かんだ。


『領域支配完了』


 右手の光も、ゆっくり元へ戻っていった。


「……できた?」


 女性天使が天域盤を確認する。


「成功です」


「本当に?」


「はい」


「抜けてない?」


「ありません」


「山は?」


「すべて入っています」


「町も?」


「問題ありません」


「おお……!」


 思わず声が出た。


「できた!」


 周りから大きな拍手が起きる。


「おめでとうございます!」


「初回で成功です!」


「さすが課長代理!」


「素晴らしいです!」


「いやあ……」


 悪くない。


 頭はかなり疲れた。


 でも褒められると気分がいい。


「それでは、気象調整に入ります」


 担当天使が天域盤の前へ出る。


「今日はこの地域へ雨を降らせます」


「もうできるの?」


「課長代理が領域支配してくださいましたので」


 担当天使が手をかざす。


 天域盤に雲のような光が浮かんだ。


「降雨量を調整します」


「へえ……」


 俺が領域支配する。


 そのあと、一般天使が実際に雨や雪を調整する。


 ちゃんと俺の仕事が次につながっている。


「課長代理」


「ん?」


「ありがとうございました。これで今日の気象調整を行えます」


「ああ」


 なんだか少し嬉しかった。


 ちゃんと役に立っている。


 それに、みんな親切だ。


 分からないことは教えてくれる。


 トイレまで案内してくれる。


 手の洗い方まで教えてくれる。


 帰る時には人数まで増える。


 そこまで必要なのかは分からないが。


「……これなら」


 俺は少しだけ胸を張った。


「何とかやっていけるかもしれないな」


 その後も仕事の説明を受けながら、細かな作業を手伝った。


 気づけば時間はかなり進んでいた。


「課長代理、お疲れさまでした」


「ん?」


 第一係の天使が帰る準備をしている。


「もう終わり?」


「はい。十八時ですので」


 時間を見る。


 午後六時。


「もう十時間以上か……」


 朝、世界管理局へ来てからずっとだ。


 十分長い。


 だが、周りの天使たちは次々と席を立っていく。


「お疲れさまでした、課長代理」


「お先に失礼いたします」


「また明日よろしくお願いいたします」


「ああ。お疲れさま」


 一人。


 また一人。


 課の天使たちが帰っていく。


 俺も今日はよく働いた。


 初めての領域支配にも成功した。


 まだ自分がこれから暮らす場所すら知らないが。


 きっとこのあと、誰かが親切に案内してくれるんだろう。


「ふう……」


 俺は椅子にもたれた。


 午後六時を少し回っている。


 みんな帰り始めた。


 そろそろ俺も帰れる。


 俺は勝手に、


 そう思っていた。



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