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死んだおっさん、天使になる。~天界のお仕事、思ってたのと違います~  作者: 月欠けラムネ
第2章 天使のお仕事 【フンノシエル編】

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第2話 来ただけで課長代理


 課長が療養所へ運ばれたあと。


 俺は、自分に用意されているという部屋へ向かった。


 廊下を少し進むと、すぐに見つかった。


『副課長室』


「……本当にあるんだな」


 今日来たばかり。


 仕事の内容も、まだほとんど分かっていない。


 それなのに、自分専用の部屋まで用意されている。


 さすが第二級上級天使。


 扱いだけは立派らしい。


 少しだけ緊張しながら扉を開けた。


「失礼します」


 中には、六、七人ほどの天使がいた。


 机の横。


 壁際。


 入口の近く。


 全員が俺を見る。


「……ここ、副課長室ですよね?」


「はい」


 一人の男性天使が前へ出てきた。


 そして、なぜか少し間を置く。


「今はそうです」


「今は?」


「はい」


「……?」


 妙な言い方だった。


 だが、その時は深く考えなかった。


「フンノシエル様ですね」


「あ、はい」


「ご配属、おめでとうございます!」


 男が深く頭を下げた。


 すると、周りの天使たちまで一斉に頭を下げる。


「おめでとうございます!」


「お待ちしておりました!」


「ようこそ、雨雪管理第十七課へ!」


「よろしくお願いいたします!」


「え、ああ……はい」


 思っていた以上の歓迎だった。


 パチパチパチパチと、皆が拍手で歓迎してくれた。


 なかなかの歓迎ぶりだった。


「よろしくお願いします」


 俺も慌てて頭を下げる。


 男が姿勢を戻した。


「私は第一係長を務めております」


「第一係長?」


「はい。それでは、皆をご紹介いたします」


 そこから一人ずつ紹介された。


 第一係。


 第二係。


 第三係。


 名前。


 担当区域。


 名前。


 担当区域。


 次から次へと続く。


 最初の三人くらいまでは頑張って覚えようとした。


 五人目あたりで怪しくなった。


 最後の一人が終わる頃には、第一係長の名前すら自信がなくなっていた。


「以上です」


「……よろしくお願いします」


 それで逃げた。


 全員が俺を見る。


 今度は俺の番らしい。


「えっと。本日からこちらに配属になりました」


 一度、息を吸う。


「フンノシエルです」


「よろしくお願いいたします!」


「よろしくお願いします!」


 普通だった。


「……」


 誰も笑わない。


 ララエルはあの見た目で大笑いした。


 ゴゴゴ・ザ・シャインも笑った。


 名前登録所でも散々だった。


 なのに。


「……誰も笑わないんですね」


 思わず口に出した。


 第一係長が首を傾げる。


「お名前をですか?」


「はい」


「今はそれどころではございませんので」


「それどころじゃない?」


「課長が倒れられましたから」


「ああ……」


 そうだった。


 ついさっきまでここにいたレグエル課長は、


『やっと休める』


 と言った直後に倒れた。


 確かに笑っている場合ではない。


「それに、我々にも任された仕事があります」


「仕事?」


「はい。天使も、任された職務をきちんと果たさなければなりません」


「まあ、それはそうでしょうけど」


「何度も職務を果たせなければ、天使としての資格そのものを問われることもあります」


「資格?」


「はい。場合によっては天使資格の再審査を受けることになります」


「再審査?」


「そこで資格を認められなければ、天使ではいられなくなります」


「そこまで!?」


 思っていたより重い話だった。


「気象変更を行うには、上級天使による領域支配が必要です。ですから、フンノシエル様が来てくださったことは、我々にとって本当に大きなことなんです」


「そんなに?」


「はい」


 周りを見る。


 さっきまで歓迎してくれていた天使たちも、真剣な顔でうなずいている。


 なるほど。


 そりゃ名前なんかで笑ってる場合じゃない。


 俺が仕事をできなければ、この人たちまで仕事ができなくなるのだ。


 そう考えると。


 少しだけ気が楽になった。


 天界に来てから、フンノシエルと名乗るたびに笑われてきた。


 正直。


 だんだん自分から名乗るのが嫌になりかけていた。


 だが、ここでは違う。


 仕事さえちゃんとできれば、名前なんてどうでもいいらしい。


 それはちょっといいかもしれない。


「それと、フンノシエル様」


「はい?」


 第一係長が一枚の白い札を差し出してきた。


「こちらを」


「何です?」


「部長からお預かりしております」


「部長から?」


「はい」


 受け取る。


 見覚えのある形だった。


 天使札だ。


「新しい天使札です」


「新しい?」


「先ほど正式に決定いたしました」


「さっきも天使札をもらったけど……もう新しいの?」


「はい」


「これ何?」


 札を見る。


『世界管理局・気象管理部・雨雪管理第十七課』


 その下。


『課長代理 フンノシエル』


「……」


 もう一度見る。


『課長代理』


「……え?」


 顔を上げる。


「何これ?」


 第一係長が笑顔になった。


「課長代理へのご昇進、おめでとうございます!」


 パチパチパチパチ。


 突然、部屋中から拍手が起きた。


 さっきより大きな拍手だった。


「おめでとうございます!」


「期待しております!」


「よろしくお願いいたします、課長代理!」


「ちょっと待って!」


 俺は天使札を持ち上げた。


「俺、今日来たばっかりなんだけど!?」


「はい」


「まだ仕事、何もしてないよ?」


「承知しております」


「じゃあ、何の功績で昇進したの?」


 第一係長は真面目な顔で答えた。


「この職場へ来てくださったことです」


「それ功績なの!?」


「十分な功績です」


「十分なの!?」


「はい」


 即答だった。


「かなり長い間、この課にはレグエル課長以外の上級天使がおりませんでしたから」


 周りの天使たちも大きくうなずく。


「本当にお待ちしておりました」


「来てくださっただけでも大変助かります」


「ようこそ、雨雪管理第十七課へ!」


 また拍手された。


「……そんなに人いなかったの?」


「上級天使そのものが少ないですから」


「だからって、来ただけで昇進する?」


「それに」


 第一係長が続ける。


「部長は、これからの課長代理のご活躍も見込んでおられます」


「これからの活躍?」


「はい。大変期待されているそうです」


「会ったこともないのに?」


「シエル級ですから」


「それに私たちはもっと期待しております」


「またそれか……」


 天界に来てから、この言葉だけで色々なことが決まっている気がする。


 第二級上級天使。


 シエル級。


 俺自身はまだ何もしていない。


 なのに。


 勝手に期待だけが膨らんでいく。


 俺は天使札を見る。


『課長代理 フンノシエル』


「でも、部長が昇進を決めてくれたなら、挨拶くらい行った方がいいですよね?」


「その必要はないそうです」


「え?」


「部長から伝言を預かっております」


 第一係長が姿勢を正す。


「『挨拶はこちらへ来なくて構わない。今は仕事を頑張ってくれればそれでいい』とのことです」


「挨拶より仕事?」


「はい」


「でも、さすがに昇進させてもらったんだし、こっちから――」


「いえ。課長代理にわざわざ席を離れられると――」


「ん?」


 第一係長の言葉が止まった。


「……失礼しました」


「今、何て言った?」


「部長は、そこまでお手数をかけさせるのは申し訳ない、と仰っていました」


「本当に?」


「はい」


「なんか今、違うこと言いかけなかった?」


「気のせいかと」


「そう?」


「はい。それに、後ほど部長の方からこちらへご挨拶に伺うそうです」


「部長が来るの?」


「はい」


「わざわざ?」


「課長代理には、仕事に集中していただきたいとのことでした」


「へえ……」


 ずいぶん気を遣ってくれる人らしい。


 昇進させてくれた上に、挨拶まで向こうから来てくれる。


 まだ会ったこともないが。


 部長も、かなりまともな人なのかもしれない。


「それから、『後ほど課長代理室へ伺う』とも仰っていました」


「課長代理室?」


 俺は首を傾げる。


「ここ、副課長室だよね?」


「はい」


 その時だった。


 部屋の入口を、一人の天使が通りかかった。


 両手に細長い白い板を抱えている。


「失礼いたします」


「何です?」


 天使が板をこちらへ向ける。


『課長代理室』


「……」


 俺は入口を見る。


『副課長室』


 もう一度、天使の持っている板を見る。


『課長代理室』


「もしかして、それ……」


「はい」


 天使が笑顔で頭を下げた。


「こちらのお部屋の表示を交換させていただきます」


「もう!?」


「課長代理へご昇進されましたので」


「仕事早いな!」


「ありがとうございます」


「褒めてない!」


 天使は気にした様子もなく、入口のプレートを外し始めた。


『副課長室』


 が外され。


『課長代理室』


 に変わる。


「……」


 今日ここへ来た。


 まだ仕事は一つもしていない。


 副課長室へ入った。


 そして。


 数分後には課長代理室になった。


「昇進って、こんな簡単でいいのか……?」


 誰も疑問には思っていないようだった。


 むしろ、みんな嬉しそうだ。


 俺が来たことを、本気で喜んでいる。


 名前でも笑われない。


 分からないことがあれば教えてくれる。


 部長まで気を遣ってくれているらしい。


 最初は課長が目の前で倒れてどうなることかと思ったが。


 案外。


 いい職場なのかもしれない。


「まあ……よろしくお願いします」


「はい!」


「よろしくお願いいたします、課長代理!」


 また拍手が起きた。


「だから拍手はもういいって!」


 俺は苦笑しながら、手の中の天使札を見る。


『課長代理 フンノシエル』


 今日が初出勤。


 まだ仕事は一つもしていない。


 それなのに。


 もう課長代理。


「これからの活躍、か……」


 期待されている。


 そう思えば、悪い気はしなかった。


 この時の俺は。


 部長が言ったという、


『これからの活躍も見込んでいる』


 その言葉を単純に。


 期待されているのだと思っていた。


 どうして俺が、


 仕事を一つもしていないのに課長代理になったのか。


 どうして部長が、


 挨拶より仕事を優先したのか。


 その意味を。


 俺はこのあと、


 嫌というほど知ることになる。



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