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第19話:シルフ殿下の極秘依頼と、おあずけを食らった大型犬

とはいえ、「あと1週間我慢すれば、あの静かな森の我が家に帰れる!」という希望さえあれば、日々の王宮ぐらしなどルンルン気分で乗り切れるというものだ。


部屋に戻って浮かれ気分で荷物の整理を始めていたエルだったが、そこへ再び、シルフ殿下からの「至急、執務室へ来るように」との呼び出しがかかった。


「……はぁ? またですか?」


さすがにうんざりとした表情で、エルは大きなため息をついた。 もう事件も解決したし、あとはおとなしく帰るだけのはずなのに、これ以上面倒なことに巻き込まれるのは絶対に御免被りたい。


「どうかしたのか?」と心配そうについて来ようとするクロエを宥めつつ、エルは一人トボトボと再びシルフの待つ執務室の扉を叩いた。


中に入ると、昨日までの青白い顔色が嘘のように、幾分かスッキリと健康的な顔つきになったシルフが待ち構えていた。


「何度も呼び出してすまないね、エル殿。だが、今回はどうしても君に――いや、魔女殿にしか頼めない極めて重要な極秘依頼があるんだ」


「魔女にしか頼めない依頼」と言われると、さすがのエルも「魔法薬の調合とか?」と少しだけ背筋が伸びる。


「なんでしょうか? あまり面倒なことじゃなければいいんですけど……」

「端的に言おう。――森と城を繋ぐ『ワープゲート』を作ってほしい」

「ワープ……ゲート?」


聞き慣れない単語に、エルはぽかんと小首をかしげた。


「そう。つまり、空間を繋いで、離れた場所であっても、そのゲートをくぐるだけで一瞬にして別の場所へ移動できてしまうような転移魔導具のことだ」

「えっ!? そんなことできるんですか!?」


思わずエルは声を裏返した。 理論上、高位の魔法陣や空間転移の魔術が存在することは知っているが、城から何十キロも離れた人里離れた森の奥まで常時繋ぎっぱなしにするゲートなど、ファンタジーのロマンの域を出ない超超超ウルトラ級の高等技術だ。


「いや、理論上は可能らしいが、現在の王国には魔術師団の技術は無い。そもそも魔法は禁止なんだ。だから、これは国家レベルの重要機密だ」


シルフは真剣な眼差しでエルを見据え、さらにこう付け加えた。


「例えば……王都のこの城から、君の住むあの静かな森の小屋までを一瞬で結ぶようなゲートだ」


(……ん? ちょっと待てよ?)


エルの脳内で、シルフの提案と、ついさっきまで隣で「1週間後に森へ帰る」と言われて絶望していたクロエの顔が、絶妙なタイミングでパズルのようにカチリと噛み合った。


(この殿下……もしかして……!)


王宮の治安を守るトップとして、「毎日仕事そっちのけで森に通い詰めたり、上の空で使い物にならなくなったりする未来の騎士団長」の姿を完璧に予見し、その対策として「なら最初から通勤ルートを作っちまえ!」という究極の合理化を図ったのではないか――。


そんなシルフの背後に「有能だけど打算的な政治家の影」をビシバシと感じ取りながら、エルは冷や汗を流すのだった。


「……分かりました。やってはみますけど、もし失敗して城の庭が異次元の彼方に吹っ飛んだりしても、怒らないでくださいよ? もちろん、不敬罪で死刑とか牢屋行きとかも一切なしですからね!」


エルは念のため、念を押すように両手で大きくバツ印を作りながらシルフに詰め寄った。 もし城と森を繋ぐような大掛かりな転移魔法に失敗でもしようものなら、最悪の場合、自分が王国最大のテロリストに仕立て上げられてしまう危険性だってゼロではないのだ。


「ああ、もちろん約束するよ。失敗したところで、せいぜい城の壁紙が少し焦げるか、僕の執務机がひっくり返る程度だろう。できなかったら、その時はまた別の対策を考えるさ」


シルフは全く焦る様子もなく、むしろ「これで我が国の治安と騎士団長の精神安定を守る」と言わんばかりの非常にスッキリとした爽やかな笑顔でうなずいた。


(……待てよ。そもそも、なんで急にこんな大がかりなワープゲートなんて作りたがるわけ?)


エルの脳裏で、ふと昨日のクロエの必死すぎる表情や、自分を王宮に引き止めようとしていた執着心がフラッシュバックする。 シルフの本当の狙いはこうだ。


――「エルが森へ帰った後、この絶望的に重い愛を拗らせた最強の騎士団長が、公務を放り出して毎日何十キロも離れた森へ通い詰めたり、あるいはエルから離れたくなくて毎晩のように城を抜け出したりする面倒な未来」を未然に防ぐため。


つまり、最初から城と森を直通のワープゲートで繋いでおけば、クロエは仕事が終わったら一瞬で森の家に帰れるし、自分も王宮に缶詰めにされるストレスから解放されるという、全方位WIN-WINの超ウルトラ時短対策計画というわけだ。


(ずるい! 見事に政治的陰謀のダシに使われている気がするけど……でも!)


「城から一歩も出られない監禁生活」から、「ワープゲートさえ作ればいつでも森の自宅と行き来できる自由な生活」へのアップグレード。 引きこもり魔女にとって、それはあまりにも魅力的すぎる取引だった。それに、クロエが毎日仕事のたびに何時間もかけて森に通うはめになるのを防げるなら、お互いにとって悪くない話だ。


「……分かりましたよ。そこまで言うなら、私の持てる全魔力を注ぎ込んで、最高のワープゲートを作ってあげます! その代わり、材料費と成功報酬はしっかり弾んでくださいね、殿下!」

「ははは、頼もしいね。予算はいくらでも使ってくれて構わない。王国の未来と……ついでに我が国の騎士団長の精神安定のためにも、よろしく頼むよ、エル殿」


不敵に笑うシルフを横目に、エルは心の中で(まったく、あの大型犬のせいで余計な仕事が増えたわ!)と盛大にため息をつく。 こうして、王国の命運を握る(?)、特級魔導ゲートの製作計画が、引きこもり魔女の手に委ねられたのだった。


「では、ワープゲートの完成までは、もちろん城に留まって作業してくれるのかな、エル殿?」


シルフが期待を込めた笑みを浮かべると、エルは即座に力強く首を横に振った。


「いえ、ここでは無理です! こんな狭い執務室や城の部屋ではろくな魔導具も作れません! 材料も実験道具も足りないですし、ここで足止めを食らったら、私はただの役立たずの引きこもりになってしまいますから、早急に森へ帰ります!」

「え、今から!?」


あまりのフットワークの軽さに、シルフは思わず目を丸くした。 しかし、エルは勝ち誇ったようなニヤリとした笑みを浮かべてみせる。


「だって、一刻も早くワープゲートを完成させてほしいんでしょう? なら、私の拠点である森の工房に戻るのが一番の近道です!」

「うっ……。まあ、確かにそうだが……。分かった、そこまで言うならすぐに森へ帰る手配をしよう」


シルフが苦笑しながら部下に指示を飛ばすと、驚くほどスピーディーに森行きの馬車が用意された。 しかし、エルが突然今日付けで帰郷すると聞きつけた男が、一足遅れとばかりに血相を変えて馬車へと駆けつけてきた。


「エルーーー!! なんでもう帰るんだ!? あと一週間は城にいるって言ってたじゃないか――!」


すっかり捨てられた子犬のような顔で馬車の扉にしがみつくクロエ。 しかし、エルは窓からひょっこりと顔を出し、最高に爽やかな笑顔で言い放った。


「宮廷専属の重要なお仕事が入りましたので、今すぐ森へ帰って特急でゲートを作らなきゃいけないんです!」

「そんな、急すぎる……!」


ガクガクとショックを受けているクロエの横をすり抜け、エルが「では、お仕事頑張ってきまーす」と馬車に乗り込もうとした、その瞬間だった。


スルリ。


「――俺も行く」

「はい!? あなた、今日このあと普通にお仕事ありますよね!?」

「大丈夫だ!!」


いつの間にか馬車の御者台ではなく、エルの隣の客席にドスンと重厚に腰を下ろしていたクロエ。その顔には「仕事なんて知るか、妻(仮)と離れるものか」という強い意志がギラギラと宿っている。


(いや、全然大丈夫じゃないですから!! 王国最強の騎士団長が職務放棄してどうすんですか!)


「陛下や周囲のギャラリーの視線が痛いですよ! 早く降りてください!」

「やだね!」


どんなに説得しても、クロエは頑として馬車の席から動こうとしない。 埒が明かないと悟ったエルは、ふっとため息をついてから、ピシャリと冷徹な条件を突きつけた。


「……分かりました。そこまで言うなら、森まで馬車で送り届けるのは許可します。でも、条件があります」

「なんだ? 何でも聞く!」

「月に一回なら、森の家に遊びに来てもいいですよ」


エルがそう提案した瞬間、クロエの顔はガチーーンと青ざめた。


「つっ……月一なんて長すぎる……! せめて週に……いや毎日……!」

「ダメです。私、お仕事そっちのけで入り浸る責任感のない男の人……すごく、嫌いなので」


ジト目でそう言い放つと、クロエは「うっ……!」と言葉を詰まらせ、まるでおあずけを食らった大型犬のようにガックリとうなだれた。 そんな不器用すぎる騎士を乗せた馬車は、ガタゴトと音を立てながら、静寂の森へと向けて王都を出発していくのだった。



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