第18話:衝撃のラブレターと、華麗なる帰宅延長計画
事件から一夜が明けた翌日。
「殿下が今後の処遇について話があるそうだ」とクロエに連れられ、エルは再び王宮の執務室のドアを叩いていた。
「えーっと、呼び出されましたけど……何かありました?」
「……あぁ、エル殿。まずはそちらにかけてくれ」
ソファへと促されて腰を下ろすエル。その背後には、まるでボディーガードのように仁王立ちして微動だにしないクロエ。そして正面には、大量の山積みされた書類に目を通しながら、こめかみを押さえて深いため息をついているシルフ殿下の姿があった。
その隣では、リリアーナが優雅に扇で口元を覆い隠している。
――が。
「……ふっ、くすっ……」
「……リリアーナ様、肩が盛大に震えてますよ」
扇の隙間から漏れ出る笑い声を隠しきれず、リリアーナは小刻みに体を揺らしながら完全にプルプルと震えていた。
「おい、リリアーナ。いつまで笑っているんだ。君はほんの一昨日まで命を狙われて殺されかけたとこだろ。全く笑い事ではないぞ」
「くっ……殿下、わたくし、笑ってなど……ぶふっ!」
シルフの厳しい注意にも全く反省の色を見せず、リリアーナは耐えきれんとばかりに肩を揺らし続ける。 シルフは不機嫌そうに書類をテーブルに乱暴に置いた。
「……はぁ。本題に入ろう」
シルフは乾いた咳を一つすると、真剣な表情に戻り、エルに向かって一枚の羊皮紙をスッと差し出した。 その紙に書かれていた内容を見た瞬間、エルの目はピタリと釘付けになるのだった。
シルフから差し出された羊皮紙には、昨日拘束された医療団代表の取調結果が細かく記されていた。 エルはそれを手に取り、不思議そうな顔でボソボソと読み上げていく。
「……医療団代表の犯行動機。えーっと、『幼い頃からシルフ殿下をお世話してきた。自分が一番殿下のことを理解している。それなのに婚約者など認められない……』」
その内容の生々しさに、正面に座るシルフは一層顔を真っ青にして頭を抱え、リリアーナはついに扇をパタンと閉じて腹を抱えて笑い出した。
「『あの女はシルフ殿下に相応しくない。自分が殿下の婚約者に成り代わる方法を探していたら、呪い殺す方法を見つけた……。呪い殺したら、自分が若返って若い女性の姿になりーー』……って、なんですかこの斜め上の不気味な証言は」
あまりの痛々しさにクロエが呆れた声を漏らすと、シルフは机に突っ伏したまま叫んだ。
「俺が知るかぁぁっ! あいつ、普段あんなに生真面目な顔してそんな狂ったこと考えてたのかよ……! イカれてるだろ!」
呆れと恐怖で頭を抱えるシルフをよそに、エルは報告書のさらに下へと視線を滑らせる。 長々と書かれた取り調べ報告書の最後の行には、なぜかスペースをふんだんに使った力強い筆跡で、こう書かれていた。
――【わしは殿下が好きだーー!!!】
「……あ、最後に、『わしは殿下が好きだー!』って……」
「「「…………」」」
エルが無邪気にその一文を小さな声で読み上げた瞬間だった。
――ガシッ!!
「――っぶごっ!?」
背後から伸びてきたクロエの大きな手が、エルの口を容赦なくガッチリと塞いだ。 突然の不意打ちに、エルは目を白黒させながら後ろを振り返る。そこには、いつもの穏やかさが嘘のように、ものすごい険しい眉間に深い皺を寄せたクロエの姿があった。
「……何するんですか急に!」
「……エルの声で、『殿下が好き』なんて言葉を聞きたくない」
「いやいやいや! 私読んだだけですけど!? 音読ですけど!? なんでそんなガチトーンで嫉妬してんですか!」
あまりの理不尽すぎる独占欲に、エルは抗議の声を上げる。 だが、クロエは不服そうにふいと顔をそむけるだけで、その耳たぶは相変わらず真っ赤に染まっていた。
(この人、たまにめちゃくちゃ面倒くさいな……!)
あきれ顔でため息をつくエルだったが、これで「単独犯の犯行」という事実が確定した以上、もう王宮に居続ける理由は完全に消え去ったのだった。
「……よくもまぁ、俺の目の前で堂々とイチャついてくれるな」
ぐったりと机に突っ伏したまま、シルフ殿下がやれやれといった様子で冷ややかなツッコミを入れてきた。
「いちゃついてません! この人は勝手に不機嫌になってるだけです!」
「まあいい。……全然納得いかないし、胸やけがする動機だったが、リリアーナを呪い殺そうとした経緯も、共犯者のいない単独犯だったこともすべて分かった」
シルフがパタンと報告書を閉じると、エルは待ってましたとばかりにパッと顔を輝かせた。
「ですね! ということは……?」
「森へ帰れる」
その瞬間、エルの隣でさっきまで不機嫌そうにしていたクロエが、文字通り「この世の終わり」のような絶望に満ちた死にそうな顔へと変貌した。しかし、そんなクロエの悲痛なオーラを華麗にスルーして、エルは満面の笑みで身を乗り出す。
「ですよね! じゃあ、荷物まとめて今からすぐに出発してもいいですか?」
「――1週間後だ」
「えぇっーーー!?!?」
執務室の天井を突き抜けそうなエルの悲鳴が、盛大にこだました。
「な、なんでですか! 犯人も分かったし、私の治療も終わったし、もう王宮にいる理由なんて一欠片もないはずじゃ――!」
「書類上の手続きや、事件の最終報告、それに医療団の再編とかでな。魔女殿を正式に送り出すための手続きには、最低でもそれくらいかかるのだよ。……文句があるなら、あの変態じみたラブレターを書き残した元代表を恨むんだな」
シルフがれっきとした公務の壁を盾に、すっきりと爽やかな笑顔で言い放つ。
(ぐぬぬ……正論すぎて言い返せない……!)
「やった……」
エルの隣から、あからさまに「世界に春が訪れた」かのような、極上の花が咲き誇るような安堵の声が聞こえてきた。振り返ると、クロエがさっきまでの絶望顔から一転、ものすごく嬉しそうにふわりと柔らかい笑みを浮かべている。
(この人……! 私があと1週間王宮に足止めされるのがそんなに嬉しいわけ!?)
ジト目を向けるエルに対し、クロエは「仕方のないことだ、ルールだからな」としれっとした顔で視線を逸らすのだった。
こうして、引きこもり魔女の森への帰還計画は、またしても華麗に1週間先延ばしにされてしまうのだった。




