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第17話:ストーカー疑惑の釈明と、見え隠れする帰宅阻止フラグ

「待って……。心臓の一部ってことは、つまりそれ……」


耳たぶに挟まった小さな水色のピアスを指先でつまみ、エルは嫌な汗を流しながら恐る恐るクロエの顔を見上げた。


「……まぁ、その……エルが今どこにいるかとか、無事かどうかとかは……だいたい、すぐに……分かる」


クロエはバツが悪そうに視線を泳がせながら、ボソッと衝撃の真実を告げた。


「怖いっ!! それ完全に高級仕様の発信機じゃんかーーっ!!!」


エルは絶叫しながら両手で自分の左耳をガシッと覆い隠した。 道理で、森の奥の誰にも見つからないはずのあばら家にいたときも、王都に出てきてからも、なんだか妙なタイミングでクロエがひょっこり現れたり、自分の居場所を完璧に把握されていたりするわけである。


(私、ずっとイケメン騎士団長のリアルタイム位置情報システムを耳たぶにぶら下げて生活してたってこと……!? プライバシーも何もないじゃない!)


あまりの衝撃の事実と、クロエの内に秘められた「愛の重さ(物理)」の次元の違いに、エルはガタガタと震えながらベッドの端っこへとじりじりと後ずさるのだった。


「待って、待ってくれエル! 常に一足残らず居場所を監視していたわけじゃないから……っ! 君の安全を確認したくて、こう……『今どうしているか知りたい』と思ったときだけしか感じ取ってないから!」


必死に両手をぶんぶんと振って弁解するクロエの姿は、さっきまでの「冷徹で頼れる最強の騎士団長」の威厳が完全にどこかへ吹き飛んでおり、ただの「好きな子に誤解されてガチで焦っている大型犬」そのものだった。


しかし、その必死の釈明を聞いたエルの脳裏で、過去の記憶がパズルのピースのようにカチリと噛み合う。


「……じゃあ、何かですか。時々このピアスが急にポカポカと熱を持ってたりしたのって……!」

「いや、その理由はだな……っ……! 君の無事を確かめようとしたときに、こう……気持ちが高ぶって魔力が……その……!」


言葉を詰まらせ、みるみるうちに耳の先まで真っ赤に染め上げていくクロエ。 最高峰の剣技と冷徹な政治的判断力を誇る王国最強の男が、今や「遠距離恋愛の女子高生みたいな言い訳」を全力でしているというこの状況のシュールさに、エルは思わず言葉を失った。


(マジか……。この人、私と離れていた十数年の間、ずっとこの激重お守りを通して私の無事を祈りながら生きてたってこと……?)


発信機だのと恐れ慄いていた恐怖心はどこへやら、じわじわとこみ上げてくる気恥ずかしさと、クロエの不器用すぎる一途さに、エルの頬もみるみるうちにトマトのように赤くなっていく。


「……危険な物じゃないからって、そんなの反則じゃないですか」

「すまない……。でも、まさかあの時渡したピアスを、今でもずっと耳に付けてくれてるなんて思っていなかったから……。気づいたときは、嬉しくて……その……」


バツが悪そうに目を伏せ、トーンダウンした声で照れくさそうに呟くクロエ。 さっきまであんなにシリアスだった執務室や廊下の空気は完全にどこかへ消え去り、客室内には甘酸っぱすぎるほどの気まずい沈黙がふんわりと漂い始めるのだった。


気まずい沈黙に耐えかねて、エルはふと耳たぶに触れながら、おそるおそる提案してみた。


「か、返しましょうか? これ、あなたの心臓の欠片なんでしょ?」

「…………」


その瞬間、クロエは「ガーン……」と効果音が聞こえてきそうなほど、見事なまでに全身から光を失って膝から崩れ落ちかけた。そのあまりにも分かりやすすぎる「ショック受けてます」アピールに、エルは心の底から慌てふためく。


(うわ、待って、これ絶対返しちゃいけないやつだ……! 返したらこの大きなワンコが文字通りHPゼロで消滅しちゃう!)


慌てて前言撤回しようと両手をぶんぶんと振る。


「う、嘘です! 返しません! 耳たぶのポジションはキープしますから!」

「……本当か?」

「本当です! だからそんな捨てられた子犬みたいな目でこっち見ないでください!」


危うく大惨事を引き起こしかけたエルは、これ以上ペースを握られてはたまらないとばかりに、すっと表情を引き締め、気になっていた疑問をぶつけた。


「――それで。何で十年以上も、私に会いに来てくれなかったんですか?」

「あ、いや……その……。実は、何度もこっそり会いに行ったんだよ。君が暮らしている村の近くまで行って、様子を見たり、タイミングを見計らったりしてさ」


クロエはバツが悪そうに視線を彷徨わせながら、ボソボソと弁解を始めた。


「え? 会いに来てたの?」

「ああ。でも、お前はいつも村の子供たちに囲まれて楽しそうに薬を作っていたり、たまに森の奥で盛大に怪しげな薬を爆発させて『ひゃっほう!』とか叫んでたりしてさ……その、あまりに元気に暮らしているから、俺がノコノコ現れて『昔の黒狼です』なんて言ったら、怖がらせるんじゃないかとか、平穏な日常を邪魔しちまうじゃないかって躊躇しちゃって……結局、声がかけられなくて遠くから見守るだけで引き返してたんだ」


(――って、待ってよ)


エルの脳内で、過去の記憶のいくつかのスナップショットが鮮明に蘇る。 そういえば、時々ふと村の入り口や森の遠くの木陰に、見慣れない銀髪の背中を見かけたような気がした日があった。あの時「気のせいかな」とスルーしていたけれど、あれは全部本人の幻影ではなく、リアルにストーカー……じゃなかった、見守り中のクロエだったということか。


「なんか、私の生活をずーっと見られてたと思うと……」

「す、すまない! でも、こうしてまた巡り合えたから……その……」


真っ赤になりながら必死に弁解するクロエの姿を見ていると、積年のすれ違いの切なさよりも、なぜかじわじわとおかしな笑いが込み上げてくるのだった。


まあ、長年のすれ違いがあったとはいえ、こうして無事に再会できたのだから良しとしよう。 そう自分の中で無理やり話をまとめたエルは、ニコリと爽やかな笑みを浮かべて本題を切り出した。


「まあ、過去のことはいいですよ。それよりも! リリアーナ様の治療は今日で無事に終わったし、さっきあの嫌味な医療団の代表も犯人として捕まったわけですし――これでいよいよ、私の静かな森の家へ帰れるんですよね?」


満面の笑みで「さあ森へ帰る支度をしよう!」と促すエルの前で、クロエはぴたりと動きを止めた。 そして、じっと切なげな瞳でエルを見つめ、低い声でポツリと呟く。


「……やっぱり、森へ帰るのか?」

「はぁ、まぁ……。もともと私は森の住民ですし、家のハーブも手入れしなきゃいけないし……」


あれ、と首をかしげるエル。 まさかここでまた「帰さないフラグ」が発動するとは思っていなかったのだ。


「ダメですか?」

「そうか……。……でもな、よく考えたら、今回捕まったのはあの医療団の代表一人だけだ。あいつの背後に共犯者がいないとは限らないし、王宮を狙った陰謀の全容が解明されたわけじゃない」

「はぁ……?」

「だから、そのあたりがはっきり安全だと言い切れるまでは、まだ森へ帰すわけにはいかないな」

「……そう、ですねぇ?」


エルの表情が、じわじわと不満に満ちた渋面へと変わっていく。


(待って待って待って! 犯人っぽいおじさんはしっかり身柄を拘束したよね!? なんでまだ私を王宮に監禁――じゃなくて引き止める理由が増えてるのよ!)


クロエの「まだ帰さない」という鉄の意志を秘めた瞳を見た瞬間、エルの頭の中で「森への帰還計画、完全消滅のお知らせ」のテロップが盛大に点滅した。


(あのおじさん、もっと早く尻尾を出してくれればよかったのに……! いや、違う、そもそもこのイケメン騎士団長が私を逃がしたくないだけの口実なんじゃ……!?)


疑いの目を向けるエルに対し、クロエは「仕方のないことだろ?」と言わばかりにしれっとした顔で視線を逸らす。 自由を愛する引きこもり魔女の王宮ぐらしは、どうやらまだまだ長い道のりになりそうだった。



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