第20話:特級ワープゲートと、引きこもり魔女のハッピーエンド
それからというもの、クロエは本当に律儀すぎるほど約束を守り――というか、守らざるを得なくなり、どんなに公務が忙しかろうとも、毎月一回、寸分たがわず必ず森の家を訪れるようになった。
(いや、今まで十数年も遠くの木陰からこっそり見守るだけだった男が、なんで今はこんな堂々と毎月ピンポイントでやってくるわけ?)
(距離感のバグり方が激しすぎやしないか……?)
来るたびに子犬のように尻尾をブンブン振っている(ように見える)クロエを眺めながら、エルは内心で何度もツッコミを入れていた。
しかし、肝心の「ワープゲートの制作」のほうはというと、最初は「本当に城と森を繋ぐなんてできるのか?」と首をひねっていたものの、実際に取り組んでみるとこれが驚くほど面白かった。 空間転移の魔術陣をあーでもないこーでもないと組み替え、幾度となく実験室を小さな爆発で吹っ飛ばしながらも、持ち前の集中力と魔女としての探求心を爆発させるエル。
「うひょー、この魔導回路の噛み合わせ、天才的じゃない!? めっちゃ魔力が綺麗に流れる!」
夢中になって作業に没頭しているうちに、面倒くさいと思っていたはずの開発作業はいつの間にか最高の暇つぶし……もとい研究対象となり、あれよあれよという間に、本来なら数年はかかるはずの超高難度ワープゲートをあっという間に完成させてしまったのだ。
「ふぅ……! やっとできたーっ!!」
工房の真ん中にそびえ立つ、淡く神秘的な水色の光を放つ巨大な転移門を見上げながら、エルは額の汗を拭い、両手を大きく突き上げてガッツポーズをした。
「よし、あとは王宮のシルフ殿下に報告の伝書を飛ばして……っと。あ、でも、ちょうど次のクロエの訪問日が今週末だし、わざわざ伝書使わなくても、その時直接教えればいっか!」
面倒くさがりな引きこもり魔女らしく、王宮への連絡はすんなりと後回しにされ、エルは久しぶりの大仕事が終わった達成感に浸りながら、のんびりとティータイムの準備を始めるのだった。
***
トントン、とリズミカルで慣れた手つきのノックの音が、静かな森のあばら家に響いた。
「いらっしゃい」
「ただいま」
もはや森の強力な侵入拒否の結界など、クロエの前ではただの飾りと化している。最初は「なんでこの男はスルスルと結界をすり抜けてくるのよ!」と驚愕したものだが、今やクロエに関しては結界がまったく役に立っていないことなどエルもすっかり気にならなくなっていた。
原因がお互いの魂を繋ぐあのピアスにあることくらい薄々気づいているし、これを外せばクロエは二度とこの森へ勝手に入って来れなくなるだろうということも分かっている。――分かっているのに、なぜかそれを外そうという気には到底なれなかった。
「ただいま」と、まるで自分の家であるかのように自然な足取りでリビングに入ってくるクロエの姿にも、今ではすっかり慣れっこだ。
「あ、ちょうどよかった。ゲートできたよ。殿下に伝えといてー」
淹れたてのハーブティーをマグカップに注ぎながら、エルはまるで「今日の夕飯はカレーだよ」と言い放つかのような軽いノリで、とんでもない大成果を告げた。
「はぁぁぁーーっ!?!? できたって……お前、ワープゲートがもう完成したのか!! なんですぐに王宮に連絡してくれなかったんだ!!」
クロエは持っていた荷物をガシャンと床に落としそうな勢いで、ひっくり返りそうなほどの驚愕の声を張り上げた。 それもそのはずである。国中の魔術師たちが束になっても何年もかかると言われていた超国家機密レベルの大プロジェクトを、引きこもり魔女がたったの数ヶ月、しかも趣味の延長のようなノリでサクッと完成させてしまったのだから。
「え、だってどうせ今週末にあなたが来るんだし、わざわざ伝書バト飛ばすの面倒だったからさ。ちょうどよかったじゃん」
きょとんとした顔でティーカップを差し出すエルに、クロエは頭を抱えて天を仰ぐのだった。
「行くぞ」
「え?」
淹れたてのハーブティーを両手に持ってテーブルへ運ぼうとしていたエルは、その予想外すぎる一言に、不思議そうにきょとんと小首をかしげた。
「今すぐ王宮へ行く」
「えっ!? 今すぐですか!?」
そのセリフ、そして目の前で繰り広げられる強引な展開――。
(……待って、これ完全にデジャヴじゃないですか!? 前もこんな感じで強引に馬に乗せられた気がする!)
頭の中に、つい数ヶ月前の「突然の森からの拉致事件」の記憶が鮮明にフラッシュバックする。 しかし、クロエの真剣な瞳は微塵も揺らいでいない。
「当たり前だ! 城と森を繋ぐワープゲートが完成したとなれば、陛下がどれだけ驚くか……いや、一刻も早くそれを王宮に設置して、安全性を確認しなければならない!あと俺が早く使いたい!」
「いや、安全性ならもう自分でバッチリ確認したし、そもそもそんな急いで王宮に行かなくても――」
「行くぞ」
「人の話を聞きなさいよ!」
クロエの強引すぎる推進力に圧倒されつつ、エルは「あー、もう!」と盛大にため息をついた。 結局、淹れたてのハーブティーを一口で飲み干す羽目になったエルは、文句を言いながらも、完成したばかりの特級魔導ゲートの起動石をポケットに放り込み、再びあの騒がしい王都へと連れ戻されるのだった。
――バタバタと王宮の執務室に突入したクロエに引きずり出されるようにして連れてこられたエルは、相変わらず山積みの書類に囲まれていたシルフ殿下の目の前にドサリと設計図を突き出した。
「ほら、出来ましたよ! 文句なしの最高傑作ワープゲートです!」
「なっ……! 本当に完成したのか、エル殿!?」
突然王宮を訪れたエルに驚き、設計図を見せられさらに驚いた。信じられないといった様子で飛び上がったシルフは、すぐさまエルとクロエを伴って、城の地下にある広大な魔術実験室へと急行した。 そして、そこに設置された転移装置にエルの魔力が注ぎ込まれると――。
ブワッ! と眩い水色の光が広がり、空間がぐにゃりと歪んだ。 そのゲートの向こう側に広がっていたのは、紛うことなかれ、先ほどまで自分がのんびりとティータイムを過ごしていた「静寂の森のあばら家のリビング」そのものだった。
「おお……っ! これが、城と森を繋ぐワープゲート……!」
シルフが息を呑んで感嘆の声を漏らす横で、クロエは光の向こうに見えるエルの家をじっと見つめ、何かとんでもないことを成し遂げたかのように、じわりと瞳を輝かせていた。
(……なんか、この人を見ていると、このゲートを作ったことが王国のためというよりは、個人的な理由で使いそうなんだけど……!)
「良かったなクロエ!これで毎日エル殿に会えるぞ」
「そうですね、やっとです。もう妻ってことでいいですよね」
「そうだな。式は王宮で盛大に開くとしよう」
「エルのドレス姿楽しみです」
「いやいや...ちょっと」
何言ってるの、この二人。
嫌な予感に身を震わせるエルだったが、すでに歯車は回り始めているのだった。
それからというもの。 夕暮れ時になると、森のあばら家のリビングには必ず決まったやり取りが響くようになった。
「ただいま、エル!」
「おかえり〜、クロエ。今日も仕事お疲れ様」
王宮でのハードな一日を終えたクロエは、城に設置されたばかりの特級ワープゲートをくぐり、文字通り「一瞬」でエルの家のリビングへと帰ってくるようになった。
もちろん、最初は「えっ、毎日仕事終わりにわざわざ森の家に帰ってくるの!?」とエルも驚いたものだが、クロエの執念とシルフ殿下の「これで我が国の騎士団長が仕事中に上の空になる心配がなくなったぞ!」という絶妙な政治的陰謀がガッチリ噛み合い、いつの間にかそれが王宮公認の「クロエの日常」となって定着してしまったのだ。
しかも、毎日のように屈強な(かつ元大工の血が騒ぐ)黒髪の騎士がやってきては、「二人で暮らすには、このベッドルームは少し狭い気がする」「庭の魔導ハーブを育てる温室を作ろう」「いや、いっそリビングを広げよう」などと言い出し、プロの技と圧倒的な体力で次々と家を修復・増築していった。
その結果――。気がつけば、かつての一人暮らしのひっそりとしたあばら家は、どこからどう見ても「新婚ほやほやの夫婦が住むような立派でオシャレな一軒家」へと劇的な進化を遂げていたのだった。
ちなみにまだ結婚はしていない。
「……はぁ。気づけば、私、すっかりこの生活に慣れちゃってるなぁ」
夕食のスープをかき混ぜながら、エルはふとリビングを見回して小さく呟いた。 仕事から帰ってきたクロエが、上着をハンガーにかけながら「今日のスープもいい匂いがするな」と自然に背後から覗き込んでくる。その左耳では、あの時預かった水色のピアスが、穏やかな魔力を放ちながら優しく揺れていた。
時々、「あれ? 私、いつの間にかこの大きな大型犬とガッツリ同棲してない……?」と、冷静になって頭を抱えたくなる瞬間もあるけれど。
――まあ、いっか。
美味しいご飯を作って、食べてくれる人がいて、静かで自由な森の暮らしがあって、たまに面倒くさいけど最高に一途なパートナーが隣にいてくれる。 引きこもり魔女の生活としては、これ以上ないほど贅沢で、最高に幸せなハッピーエンドなのだから。
「ほら、ぼーっとしてないで、お皿並べてよクロエ!」
「はいはい、今行くよ、エル」
笑い合う声が、夕暮れの静かな森に温かく溶けていくのだった。
(完)




