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嫌われ者と生徒会長〜誰にも心を開かなかった私を、生徒会長はなぜか見捨ててくれない〜  作者: 月星 星成
第二章

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64話

「落ち着いた?」

「…………うん」


 茜は私が涙を止めるまで、ずっと私の側にいてくれた。

 何も言わず、ただそっと私の背中を撫でながら、この痛みを、この傷を和らげてくれる。


「……ありがとね」


 私に、何かを好きになる資格なんてあるのだろうか?

 お母さんは私のせいで死んだし、今もなお他人のことを傷つけて生きている。


 でも、そんな私でも何かを好きになっていいと茜は言ってきたし、感謝しているとも言われてしまった。

 なら、そうしていいのかな? 今までずっと我慢してきたってわけではないけれど、ずっと目を逸らしてきた物に目を向ける。そんなちょっとした勇気を出すだけで、私の世界が変わってしまいそうで、少し怖く……でも、心が温かくなっていく。


「感謝しなくていいよ。友達なんだから」

「親しき中にも礼儀ありって言うでしょ。素直に受け取って」

「ははっ、やっぱり澪は良い子じゃんか」


 とはいえ、まだ自分のことを良い子だとは思えない。

 茜が言ったことは、私に数少ない良いところだけであり、悪いところなんて、その数倍はあるだろう。


 でも、私にも良いところは存在していた。

 悪いところに比べれば、数が少なくとても小さなものだけど、それでも私には確かに良いところがあったんだ。


 それだけで、今の私にとっては十分だった。


「ごめんね、まだ自分のことを良い子だとは思えない」

「……うん」

「でも、ほんのちょっとだけ自分のことが好きになれて、少しくらいは許せるような気がしたんだ」


 茜のおかげで、自分のことを少しだけ許すことが出来た。

 まだ雪乃先輩の隣にいる資格があるとは思えない。でも、これからは雪乃先輩の隣に入れる資格が手に入るかもしれない。


 そう思うと、少しだけ……ほんの小さな希望が持てたんだ。


「そっか、何か手伝えることある?」

「ううん、大丈夫。あとは、私の問題だから。……でも、また相談するかもしれない」

「いつでもいいからね、親友だから」


 本当に、茜と出会えてよかった。人生で最初の友達が、茜で本当に良かった。

 これは、私の人生の中でも数少ない良いことの一つだ。神様に感謝してあげてもいい、信じてないけど。


「ありがとね、ほんと。ほんとに」

「ははっ、語彙力が足りてないよ」

「……うるさいなぁ、もう」


 鏡なんかで見なくても、頬が赤くなってることがわかる。これはきっと、茜にだってバレているだろうし、今から隠そうとしても意味が無いってこともわかってる。

 でも、どうしようもないほど恥ずかしくて、つい顔を逸らしてしまう。


(あぁもうほんと、ほんと恥ずかしい)


 顔を逸らしていても、茜の笑い声が聞こえてしまう。

 それが本当に恥ずかしくて、けれど笑ってくれる人がいてくれる事実が私の心を優しく包み込んでくれて、どうしようもないほど心地いい。


「じゃ、わたしは帰ろうかな。ご飯冷めちゃうし」

「あ、うん。ありがと」

「大丈夫、明日も会えるでしょ」


 茜が公園のベンチから立ち上がる。その手で持っているコンビニ袋が、夜の冷たい風でゆらゆらと揺れて、ビニールが微かに音を立てる。

 また会えるということはわかっているし、これからも親友であるという事実は変わらないけど、たった数時間離れるだけで胸の奥がきゅっと締めつけられるなんて――そんな感覚、今まで一度もなかった。


 もしかしたら、私は寂しいのかもしれない。

 心の底から親友と思えた人物ともっと一緒にいたいという気持ちが心のどこかにあるのかもしれないから。


「雪乃先輩に明日なんて言うのか考え解きなよ」

「……それ、教えてくれたりしない?」

「だから、背中を押すだけで答えは教えないって言ってるでしょ。でも、きっといい結果になるって信じてる」


 茜はそう言って、いつものように軽く笑った。

 その笑顔が、街灯の光に照らされて柔らかく見える。


(……信じてる、か)


 茜が信じてくれるなら、私も少しだけ、自分を信じてみてもいいのかもしれない。

 雪乃先輩の隣に立つ資格なんて、まだない。でも、今日みたいに少しずつ変われたら――いつか、その資格を手に入れられる日が来るかもしれない。


「そうかな?」

「うん、澪ならきっと出来るよ」

「そっか。なら、きっと大丈夫だね」


 自分の口からそんな前向きな言葉が出たことに、少しだけ驚いてしまう。

 もう、私の心の中に悲観や諦観は無い。だから、きっといい未来を引き寄せられる。


「また明日」

「うん、また明日」


 茜が公園から出ていく。私はその背中をずっと見送って、茜の姿が見えなくなった後、大きく息を吸った。

 

(うん、もう一人じゃない)


 親友がいる。そして――好きな人がいる。

 その事実だけで、世界の見え方がこんなにも変わるなんて思わなかった。


 夜風が頬を撫でる。冷たい空気が肺に流れ込んで、さっきまで胸に溜まっていた重たいものをゆっくりと洗い流していく。

 こんなに身体が軽くなったのは、今日が初めてだ。


「よし、私も帰ろうか」


 立ち上がって、誰もいない公園から出ていく。

 一歩、また一歩。ふと振り返ると、少しだけ強い風が振り返るなと言うように、私の身体を軽く押した。


(わかってるよ)


 もう振り返らない。

 私は夜空の下で、歩みを進めていく。













『おまえのせいで、妻は死んだんだぞ! おまえがあんなことをしなければ!』


 深い夢の中、いつものように父が私を責めてくる。

 昨日までなら、その言葉が全て心に突き刺さり、胸の奥をえぐられるような痛みで息ができなくなっていた。


 でも、今日は……今日からは違う。


「そうかもしれないね」

『……⁉』

「幼い私が見ず知らずの子供を助けようとして、道路に飛び込まなかったら、きっとお母さんは死ななかった」


 ずっと後悔していた。

 見ず知らずの顔も姿も覚えていない子供を助けようとしなければ、私は親子三人で今でも幸せに生きていたかもしれないと。


 でも、その後悔は今日で終わり、その答えは私の中に宿っている。


「でもね、私があの時動かなかったら、あの子供は死んでいたんだよ。身勝手で、どうしようもない善行だったけど……誰かの命を救えたんだ」


 その善行の結果、お母さんは死んでしまったし、父親も最愛の妻を失ってしまった。

 それに……私だって、得るべき幸せを失ってしまった。

 

 全く報われない善行。だけど、たった一つの小さな命は救えた。

 父親にも、死んでしまったお母さんにも、私を責める権利はある。でも――私だけは、その事実を忘れちゃいけなかったんだ。


『それがどうした? 母親を殺した事実は変わらないんだぞ!」

「……うん、それは私が一生背負っていく罪だよ。でもね、それだけじゃないんだよ」


 私はゆっくりと顔を上げた。夢の中の父は、怒りに歪んだ表情のまま固まっている。

 いつもなら、その顔を見るだけで胸が潰れそうになっていた。けれど、もう大丈夫だ。


「私は誰かを救うことが出来たんだ。それだけは、誇っていいでしょ?」


 雪乃先輩なら、もっとたくさんの人を救っている。茜なら、誰も犠牲にせずに私を救ってくれた。

 その二人に比べたら、私は未熟すぎる。たった一人を救っただけで、しかもその代償に大切なものを全部失った。


 でも、彼女たちと同じように誰かを救うことが出来たんだ。


「またね。もう私は過去に縛られないから」


 夢の中で、父親が何かを言っているような気がした。

 まるで水の底から聞こえるような、ぼやけた声。もう私を縛る力なんて、そこには残っていなかった。


 胸の奥がふっと軽くなる。目の前から父の姿は消え去り、夢の世界が消えていく。

 これでいいんだ、これで。私はもう一人じゃないんだから。


『うん、それでいいんだよ』


(え……?)


 背後からもう二度と聞くことが出来ないと思っていた声がした。

 でも、振り返った時には、もう誰もいなかった。


(そっか、これでよかったんだね)


 誰もいない……けど、胸の奥がいつの間にか温かくなっていた。

 夢はいつか覚めてしまう物。この温かさも、目を覚ましてしまったら、きっと無くなってしまう泡沫の幻。


 でも、それだけで、生きていて良かったと思ってしまった。


(じゃあね、お母さん)


 私はそっと目を開ける。たった一度の、生まれて初めてのいい夢が終わりを迎える。

 けれど、それで十分だった。私には、現実の世界で一緒に居てくれる人がいる。だから、この幸福な夢に居なくても、幸せを手に入れることが出来るんだ。


「ぁ……」


 目を開くと、いつの間にか夜が明けていた。カーテンの隙間から温かい朝の陽ざしが差し込み、暗い部屋の中に輝かしい切り傷をつけている。

 もちろん、隣には誰もいない。なのに、私は一人で夜を開けることが出来ていた。


(……でも、寂しいな)


 一人で眠れたことに嬉しさはない。この胸の中にあるのは、蝋燭の火のような温かさとちょっとした虚しさだけだ。

 やっぱり、私には雪乃先輩が必要で、けれど……もう甘えるだけじゃない。


 ピンポーン


 誰もいない部屋を眺めていると、家のチャイムが静かな朝の空気を震わせた。

 自然と足が動き、玄関が少しずつ近づいて行く。


 そして、私は静かにドアノブに手を掛けた。


「あ……澪ちゃん」

 

 ドアを開けると、雪乃先輩が目の前に立っていた。


「その、ごめん。……きっと、わたしが」


 あの時は、私が勝手に雪乃先輩から逃げ出しただけなのに、相変わらず雪乃先輩は自分のせいだと思っている。

 私も大概だけど、雪乃先輩だって自分のことを許せていない。


「だから――」

「雪乃先輩」


 気づけば、私は口を開いていた。

 雪乃先輩が驚いたように目を開く。


「おはようございます」


 初めて、私は胸を張って雪乃先輩を目を見た。

 もう、勝手に自責に追われて、心の奥底で目を逸らしたりしない。


「うん、おはよう」


 雪乃先輩は目を和らげて、ふっと息をこぼすように笑った。

 その笑顔が朝の光に溶けて、胸の奥がじんわりと温かくなる。


 何の変哲もない普段と同じような朝――なのに、私にとっては特別な朝になっていた。

 





これで、二章が終わります。ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!


感想や☆などをいただけたら、とても励みになります。

三章でも、澪の物語を見守っていただけたら嬉しいです!


本当に、ありがとうございました!

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