61話
「なにこれ……。こんなの、私じゃない」
私は、気づけばどこかの公園に辿り着いて、遠い空を見上げていた。
暗くて、冷たい、夜の空。輝くものは何も無く、先に何があるのかわからない。
公園にいるのは、私だけ。いつも側にいてくれた雪乃先輩は、私が置いてきてしまった。
だから、胸の奥にぽっかり空いた穴を埋めてくれるものなんて、どこにもない。
夜風が頬を撫でる。
冷たいはずなのに、さっきまで触れていた雪乃先輩の指先の温度だけが、まだ残っている気がした。
「どうしたらいいの……?」
私は誰にでも好かれるような性格はしていない。
むしろ、大抵の人に嫌われる性格で、よく問題を起こすし、他人に迷惑をかけるのが常だ。
そんな人物が、雪乃先輩の側にいるのは相応しくないだろう。
きっと、雪乃先輩は私のことを嫌っては無いだろう。もし嫌っているのなら、私の家に泊ってくれたりはしないだろうし、ピアスのことを拒否してきたはずだ。
でも、どうせ私のことが好きと言うわけではないのだろう。良くも悪くも、大事な後輩の一人であり、それ以上では無い。
だから、この気持ちには、ずっと蓋をしないといけないんだ。
「……ほんと、もう少し前に出会っていたらなぁ」
中学の時、私が他人に期待するのをやめるより前……その時の私は、今の雪乃先輩みたいに、みんなに優しく接しようとして、誰かを助け続けていた。
そんな時に、雪乃先輩と出会っていれば、胸を張って彼女と向き合うことが出来たのだろう。
でも、今の私は……胸を張って、雪乃先輩の目を見ることが出来ない。
ほんと、すべてが手遅れだった。どうしようもないほど、私は道を間違ってしまったのだから。
その証拠に……こんな性格じゃ駄目だとわかっているのに、私はこの性格を治したいとは思えないんだ。
もちろん、雪乃先輩や茜のように、私と一緒に居てくれる人はいる。
けれど、きっとそっちは例外なんだ。お父さんも、先生も、クラスメイトも、今まで私の近くに居た人たちは、みんな私の期待を裏切ったんだ。
だから、もう私は引き返せない。
他人を信じると言うことを怖さを、誰よりも分かってしまっているから。
「どうしたらよかったのかなぁ」
そう、呟いた時だった。
「あれ、澪?」
背後から、コンビニ袋を片手に持っている茜が声を掛けて来た。
「……茜?」
「どうしたの、こんなところで? 澪の家って、ここらへんだったっけ?」
茜は私を見つけた瞬間、ほっとしたように息をついた。
そのまま、袋を片手にぶら下げたまま、ためらいもなく私の隣に腰を下ろす。
「茜こそ、なんでここにいるの?」
「晩御飯を買いに行ってたからね。ほら、これが今日の晩御飯」
「コンビニ弁当ばかりじゃ駄目でしょ。もっと健康にいい物を食べないと」
「それ、澪が言うの? 澪も同じような食生活をしてると思うけど」
「……」
茜は私の隣に座りながら、肩が小さく揺れていた。
この話の何処に笑えるところがあったのだろうか。よくわからない。
「それで、どうしてここにいるの?」
「………………ちっ」
立ち上がって何処かに行こうとする。これ以上、一緒に話をしていると、言いたくないことまで行ってしまいそうで。
でも、茜が私の腕を掴んできて、引きはがせない。
無理やり手を引っ張れば、この手を引きはがすことが出来るはずだ。けれど、そうしてしまったら、茜が怪我をしてしまうかもしれない。
だから、私は大人しく茜に従うしかなく、小さな溜息を吐きながら、ベンチの背もたれに体重を預けた。
「別に、なんでもいいでしょ」
「雪乃先輩と何かあったの?」
「っ!」
茜の言葉で、息が詰まった。胸の奥がぎゅっと縮んで、心臓が一瞬止まったみたいだった。
どうして、それに気づくことが出来たのだろうか。茜と出会ってから、一度も雪乃先輩の名前なんて口にしていない。
態度に出さないように、必死で隠していたはずなのに。
「なん、で……」
「だって、そうでしょ。澪が悩むことなんて、雪乃先輩に関することだけじゃんか」
「……そもそも、私は悩んでない」
「嘘つかないで。これでも、わたしは澪の友達なんだよ。そのくらいのことは、わたしにだってわかるんだから」
茜は、力強く言い切った。その声音には怒りも苛立ちもなくて、ただまっすぐで、揺るがない声。
友達……たったそれだけの関係なのに、茜はこんなにもまっすぐ私に向き合っている。
(どうして……)
茜は私のことをわかっているのに、私は茜のことをさっぱりわかっていない。
どうして、私の心を読み取れるのか。どうして、私と一緒に居てくれるのか。私だって、茜のことを友達だと思っているはずなのに、なんでこんなにも差があるのだろうか。
「……友達と言っても他人でしょ。思ってることは、言葉にしないと伝わらないし、その言葉でさえ嘘がある。だから、私の気持ちなんてわからないに決まっているでしょ」
「表情……と言っても、澪は信用しないよね。うーん、どうしよう?」
茜は少しだけ視線を落とし、考えるように眉を寄せた。
ほら、確証なんてどこにもないじゃないか。だから、私が雪乃先輩のことで悩んでいるって断言できるはずがない。
「じゃ、さっさと帰りな。明日も学校なんだよ。私も、あと少しで帰るから」
「逃げないで。確かに、確証は無いよ。でもね、わたしにはわかるんだよ。澪が雪乃先輩とのことで悩んでるって」
「……なにそれ。予言とか霊のようなスピリチュアルな物にハマってるの?」
皮肉を込めたつもりだった。
けれど、茜はまったく動じなかった。むしろ、肩がほんの少しだけ揺れて、呆れたように息を漏らした。
「……もう、それでいいよ。でもね、友達なんだから、ちょっとくらいは相談してよ。澪にはわたししか友達がいないんだからさ」
「茜もでしょ」
「そうだけど、それがどうしたの? わたしは、澪一人で十分だから、まったく気にしてないよ」
(……変わったね、茜は)
出会った時の茜は、ここまで強くなかった。周りの人に怯えていたし、必要以上に他人に優しくして、自分の意志を弱くして、いじられることを避けようとしていた。
でも、今の茜は、自分の意志をはっきりさせて、私に向き合おうとしている。
そんなの、私は出来ないのに。
(ははっ、もう追い越されちゃったんだ)
それに対して、私は逃げてばっかりだ。
他人を傷つけることで、自分の心を守ろうとして、雪乃先輩には、自分に嘘を吐きながら接してる。
優しくされるのが怖くて、期待するのが怖くて、裏切られる未来ばかり想像してしまって。
そんな自分が情けなくて、茜のまっすぐさがまぶしくて、胸の奥がひどく痛んだ。
「ほら、言ってみて。ちょっとくらいは、わたしに甘えてよ」
「……茜の方が小さいのに」
「もう、身長は関係ないでしょ。それに、澪は甘えるのが苦手なんだから、雪乃先輩に甘える練習だと思って言ってみて」
「雪乃先輩は関係ない」
茜は、頬を緩ませながら、私の反応なんて最初から読めていたみたいに、少しだけ得意げに笑った。
まったく、私の反応で遊ぶだなんて、茜も偉くなったね。そういうのは、私の専売特許でしょ。
でも、それを拒むことは出来なかった。
心のどこかで、誰かに話したいと思っていたのか……気づけば、喉の奥が熱くなっていた。
(……ああ、もう駄目だ)
逃げ続けていた気持ちが、茜の前では隠しきれない。
茜は、私がどんな嘘をついても、どんな顔をしても、その奥にあるものを見ようとしてくる。
「……茜」
「なに?」
「幻滅するかもしれないけど、聞いてくれる?」
「いいよ、澪がどんな人になっても、わたしは澪の友達だから」
(……私には、出来すぎた友達だよ。ほんと)
ここまで、私に向き合ってくれる友達が出来ると思ってなかった。
だから、初めての友達が茜で、本当に良かった。
「あのね、私は――」




