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嫌われ者と生徒会長〜誰にも心を開かなかった私を、生徒会長はなぜか見捨ててくれない〜  作者: 月星 星成
第二章

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60話

「今日はありがとね。澪ちゃんのおかげで助かったよ」

「……急になんですか? 感謝されるようなことなんて一度もしていませんけど」


 生徒会が終わり、家に向かって帰っていると、隣で歩いていた雪乃先輩が、急にそんなことを言いだした。

 いったい、何のことなのだろうか? 心当たりが、全くないよ。


「桃井ちゃんに話しかけて、生徒会の雰囲気を柔らかくしてくれたこと。……ごめんね、本来ならわたしがすべきことだったのに」


 雪乃先輩は、歩幅を私に合わせながら、軽い調子で、でも目を伏せながら呟いていた。

 その横顔は、いつもの柔らかさとは少し違って、どこか申し訳なさそうで――それがまた、胸の奥をざわつかせた。


「謝らなくていいですよ。助け合いって言いますから」

「ふふっ。それ、澪ちゃんは嫌ってるって思ってたけど」

「もちろん嫌ってますよ。助け合いって言いますけど、アレは助けて貰う口実を作ってるだけじゃないですか」

「でも、澪ちゃんはわたしを助けてくれたよ」


 雪乃先輩が、私の顔を覗き込んでくる。柔らかい髪が私の前を横切り、ふわりとシャンプーの香りが漂ってきた。

 それに、雪乃先輩の柔らかい笑みが合わさって、胸の奥が静かに揺れた。


(近い……)


 ただそれだけのことなのに、頬が炭火に照らされたみたいに熱を帯びていく。

 夜風が触れているはずなのに、熱は引くどころか、じわじわと広がっていった。


「ん? どうかしたの?」

 

 なのに、雪乃先輩は不思議そうに私を見て、首を傾げてくる。

 その声も柔らかくて、 私は目を逸らすことしか出来なかった。


「……なんでもないです」

「そう? 何か言いたそうにしているけど」

「関係ないです。それに、助けたのは気に食わなかっただけですから」

「気に食わなかった?」


(……あ)


 あまりにも雪乃先輩が近づいてきたから、つい口を滑らしてしまった。

 言うつもりじゃなかったのに。でも、ここから誤魔化すことは、私でも出来ないだろう。


「何が気に食わなかったのか教えてくれない?」

「……なんで、わざわざ聞くんですか。雪乃先輩には関係ないことなんですよ」

「澪ちゃんが気に食わないって思ったことについて知りたいから」


 その言葉は、夜の静けさよりもまっすぐで、逃げ場がなかった。

 きっと、これは私が良い子と言われることを嫌っている理由と同じで、私に嫌な気持ちをさせないために聞いているのだろう。


 どこまで行っても他人のためで、自分のことを後回しで……全部、抱え込もうとする。

 そう言う所が、気に食わない。


「……だって、雪乃先輩は浮気者ですから」

「え?」

「……私の方が問題児なんですから、先輩たちじゃなくて私の方を見てくださいよ」


 言った瞬間、空気が固まった。

 自分でも、何を言っているのかわからない。

 でも、もう取り消せない。夜の静けさが、言葉の重さをそのまま浮かび上がらせる。


「嘘の噂でも流して、先輩たちを傷つけたらいいんですか? 無駄な仕事をして、桃井や大江を困らしたらいいんですか? 茜以外なら、どんなことをしたって、良心が傷つかないんです。私は、なんだって出来るんですよ」


 よくないことを言っていることは自覚している。雪乃先輩が生徒会のみんなを大事にしていることはわかっているのに、それを全て踏みにじるような言葉。

 でも、私だけを見てよ。変に私以外を見て、傷ついてしまうくらいなら……私だけを、見ればいい。


 雪乃先輩は足を止めた。あまりにも急で、数歩だけ私の身体が前に出る。けれど、私は振り返らなかった。足を止めるだけで、背後から投げ掛けられる言葉を待つ。

 

 夜の空気が、ひどく冷たく感じる。さっきまで胸の奥で燃えていた熱が、急に行き場を失って、喉の奥に溜まっていく。

 まるで、処刑をされる前のような静けさが、私の周りだけに降ちてきた。


 そして――


「ふふっ」


 予想外の声に、私は思わず振り返る。

 雪乃先輩は、怒ってもいなくて、呆れてもいなくて、ただ優しく笑っていた。


「…………は?」

「そこまで、悪ぶらなくてもいいんだよ」


 違う、これが本当の私なんだ。

 何も知らないくせに、否定しないでよ。


「もちろん、澪ちゃんが悪い子だってことくらいはわかっているよ。でもね、澪ちゃんはそんなことをする子じゃない。だって、私を守るために、私を傷つけるようなことはしないでしょ」


 その言葉は、優しさでも甘さでもなく、私の虚勢を、まるごと抱きしめるみたいな声音だった。

 私のことなんて、まったくわかってないくせに、。


 でも、私はそれを拒絶することが出来なかった。

 まるで、理性と心が分離したかのように、頭の中では雪乃先輩を否定する言葉で溢れかえっているのに、それらを一つも口に出せない。


「ごめんね」


 雪乃先輩が、私に近づいてきながら手を伸ばしてくる。

 ゆっくりと近づいてくる手は、私の頬に優しく触れて、撫でるようにピアスのある耳たぶ滑っていく。


 柔らかくて温かい指が、私の心まで伸びてくるような気がして、手を払おうとしてしまう。

 けれど、出来たのは雪乃先輩の腕を優しく掴むことだけ。それ以上は、何も出来なかった。


「心配させちゃったよね? 絵理ちゃんと美紀ちゃんのことは、わたしたち先輩の問題なのに、それに巻き込んでしまって。でも安心して、明日からは、わたしが何とかするし、今まで通り澪ちゃんのこともしっかり見るよ」


 違う、違う、そうじゃない。なんで、そうなってしまうのか。

 雪乃先輩は、また全部背負おうとしている。また自分を後回しにして、誰かのために動こうとしている。


 その優しさが、いちばん嫌いで――いちばん、好きで――いちばん、苦しい。


(堕ちちゃえばいいのに)


 そんなの、捨ててしまったらいい。

 私以外の全ての問題を捨てて、私だけを見てくれてれば、もうこれ以上雪乃先輩は傷つかなくてすむ。

 私は近くにいてくれる人を手に入れれて、雪乃先輩はもう傷つかなくなる。winwinなんだから、それでいいじゃんか。


「……馬鹿」


 でも、絶対に……雪乃先輩はそうしてくれない。

 雪乃先輩は、いろんなものを見て、いろんなものに手を伸ばして……手が届かないはずのものまで救い上げ得ようとする。


 だから、私は雪乃先輩に救われたんだ。私だけを見る雪乃先輩なんて、私を救ってくれた雪乃先輩じゃない。

 私なんて、雪乃先輩の大切な物の中で、一欠けらほどの価値しかなく、それ以上の存在じゃない。……雪乃先輩と茜以外を、何一つ大切に思っていない私とは、住んでいる世界か違うんだ。


「ずるいよ……ほんとうに、ずるい」


 雪乃先輩は、私の言葉を聞いて、不安げにまるで胸の奥をそっと掴まれたみたいに、わずかに目を揺らした。

 不安げに、でも逃げずに、まっすぐ私を見つめてくる。でも、この優しさは……きっと、私だけの物じゃない。


「……澪ちゃん?」


 呼ばれた名前が、夜の空気に溶ける。

 その声は、優しさと戸惑いが混ざっていて、胸の奥が痛くなる。


 私は唇を噛んだ。

 言いたくないのに、言わずにいられない。言ったら壊れるのに、言わなきゃもっと壊れそうで。

 

 知りたくもない自分の気持ちを知ってしまった。

 

「……ごめんなさい。急用を思い出したので帰ります」

「えっ」


 その瞬間、雪乃先輩の表情が、 ほんの一瞬だけ、ひどく痛そうに歪んだ。

 でも、私はそれからすぐに目を逸らした。それを見てしまったら、私の心が傷ついてしまうってことがわかっていたから。


「……また明日」


 私は、雪乃先輩の手を振り払って駆け出した。

 背後なんて振り返らない。何処に行くかも決めていない。前も後ろも真っ暗だ。


『ほんと、雪乃先輩のことが好きなんだね』


 昼、茜が話していた言葉が、夜の闇の中で鮮明に蘇る。

 走っているのに、胸の奥だけが重くて、足が地面に吸い付くみたいに遅くなる。


(……違うよ)


 否定したいのに、否定すればするほど、胸の奥が熱くなる。

 雪乃先輩のことを頭から追い出そうとしているのに、雪乃先輩の色んな表情が、鮮明に浮かび上がってしまう。

 

 街灯の光が途切れ、暗がりに足を踏み入れた瞬間、呼吸が乱れた。


(好きなんかじゃ……)


 どんなことを言っても、私のことを受け止めてくれる雪乃先輩は救いだった。

 私以外のことで傷ついている雪乃先輩を見るのは嫌だった。

 周りに起きたことを全て背負おうとする雪乃先輩は、心の底から尊敬出来た。……でも、その優しさが私以外にも向けられることに、嫉妬した。


 嫉妬なんて、したくなかった。そこまで執着してしまうと、裏切られた時に傷ついてしまうから。

 でも――雪乃先輩の優しさが、私以外にも向けられるたびに、胸の奥がじくじくと痛んだ。


「ははっ、どうすればいいのかな? お母さん」


 夜空を見上げる。街の光に押しつぶされて、星は一つも見えない。

 まるで今の私みたいだと思った。光に負けて、何も見えなくて、どこに向かえばいいのかもわからない。


 今日ほど雨が降ってほしいと思った夜は、他に存在しなかった。

 

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