55話
「黒瀬、これはどういうこと?」
「ちょ、絵理ちゃん。これはわたしが勝手にやったことで……」
「無い、それは無い。雪乃が自分から校則を破るわけないじゃんか。絶対に、黒瀬のせいに決まってる」
放課後、少し遅れて生徒会室に入ると、何故か茂木先輩が私のことを睨んできた。
一体何でだろうね。遅刻したからかな。
「何ですか急に。睨まれたせいで、心が傷つきました。慰謝料百万円」
「ふざけないで。雪乃がピアスをつけてる理由が、黒瀬にあるんじゃないのって聞いているの」
なんだ、そういう事か。
茂木先輩は、無駄に観察力があるから、雪乃先輩のピアスについて一瞬でバレてしまったらしい。
もちろん、いつかはバレると思っていたけれど、予想よりもずっと早くてめんどくさい。
というか、この調子だと一番最初に気付いたのが茂木先輩じゃないの? 先生たちは何をやってるんだろう。
「私はなんもかんけいありませんよー」
「目を見て言って」
「やれやれ」
どうせ、私の言うことは信用されないんだ。だから、どれだけ弁明したところで意味がない。
それに、今までの雪乃先輩の行動から見れば、私のことを妙に気に掛けていることもわかるし、彼女の周りにピアスをつけることを勧めするような人物は、私しかいないだろう。
「なんでこんなことをした? もしかして、弱みでも握ってるの?」
「弱みって……その人助けすることしか考えてない馬鹿に弱みなんて無いでしょうに」
「確かに、それは筋が通ってる」
茂木先輩は、眉間に皺を寄せながら黙り込んでしまった。
けれど、それは追及を諦めたわけじゃない。
むしろ、どうやって私を追い詰めるか。その最適解を探しているだけだということくらい、表情を見れば一瞬でわかる。
めんどくさい。これについては、私が悪から仕方がないってことくらいは理解しているけど、それでも、こうしてぐちぐちぐちぐちと追及されるのは、気分が悪くなる。
それに、会計の仕事をする時間がどんどん無くなってしまうことでもあるから、私にほんの少しも利益が無い。
(雪乃先輩は……あぁ、駄目だこりゃ)
あとは雪乃先輩に任せようかなと思い、ちらっと彼女の方を見た。
けれど、普段の落ち着いた雰囲気とは違い、おろおろと視線を泳がせているだけで、何もできていない。
きっと、今までは喧嘩の仲裁みたいに、自分が第三者で、しかも自分に非がない状況だったからこそ、あの人はあんなに堂々と立ち回れたんだ。
でも、今この瞬間のような、自分に非がある状況に慣れておらず、むしろ優しい性格の影響もあって、何も言い返すことが出来ていない。
ほんと、いつも悪い意味で、私の期待を裏切って来る。
ちょっとくらいは、私の想定通りの動きをしてくれてもいいのにね。
すると――
「まぁ、そのくらいでいいんじゃない? 酒やたばこみたいなものでもないんだし」
珍しく遠藤先輩が助け舟を出してきた。
私は、茂木先輩とは毎日のように衝突しているけど、遠藤先輩とはたまにしか話さない。ただ、それは仲が悪いとか、距離があるとか、そういう理由じゃない。
私と関わるとストレスがたまるから、関わろうとしていないだけ。
もちろん、最低限は話している。
それこそ、あいさつや業務上の最低限のことは。でも、それ以外では、ある程度大きな出来事が起きた時にしか話さない。
なのに、わざわざ助け船を出すなんて……いったい何を考えてるの?
「美紀、どういうこと?」
「どういうことも何も、ピアスくらいは良いんじゃない。透明だし」
「でも、校則は校則。透明だからいいってルールは無い」
遠藤先輩は、軽い調子でそんなことを言っている。
それも、茂木先輩の方を見ずに、手元で自分の仕事を進めながら。
「雪乃、それってファーストピアスでしょ」
「う、うん」
「はぁ、やられたね。絵理は知らないかもしれないけど、ファーストピアスって外すと感染症とかのリスクがあって、外させることができないんだよ」
遠藤先輩の言葉に、茂木先輩が驚いている。
確かに、茂木先輩はアクセサーのような物を知らなそうな雰囲気があって、だからこそ余計に、遠藤先輩の言葉が刺さったのだろう。
「え……」
「だから、この件は何をやっても無駄。黒瀬を叱ることくらいは出来るかもしれないけど、そんなことをしても、そいつは反省しないでしょ」
「私のこと、よく理解してますね」
あらら、茂木先輩なんて、まだ私のことを理解してないのに、遠藤先輩はもう私のことを理解している。
雪乃先輩や茜のようにとは言わないけど、そのくらいは理解してくれないと。
(まぁ、それも無理か)
茂木先輩は頭がいいけれど、その分頭が固い。
だから、駄目なことは叱らなくてはならないという考えに固執して、私に対して叱り続けるんだ。ほんと、かわいそうに。
「……美紀。それは、理屈は通っているけど、私情を含んでないよね?」
(……え?)
それは、どういうことなのだろうか?
遠藤先輩は私のことを嫌っている。だから、私情で私を庇ったなんてことはあり得ないはずだ。
なのに、茂木先輩は私情という言葉を使った。
他の一年生の桃井と大江は、この違和感に気付いていないようだけど、私は気付いてしまったんだ。
「あると思うの?」
「……はぁ、これだから黒瀬も美紀も嫌なんだ。雪乃、この二人に影響されないでよ」
「それ、どういう意味? わたしが問題児だとでも言いたいわけ?」
「黒瀬よりはマシなだけで、問題児であることには変わりないでしょ」
茂木先輩の追求を受けて、遠藤先輩が眉を顰める。
そのせいで、生徒会の空気が重くなり、両肩にのしかかってくる。
今まで、生徒会の空気が悪くなった時の原因は私であったはずなのに、今では先輩たちの言い合いが原因になってしまう。あぁ、こうなってしまうと――
「……面白くなったね。そう思わない?」
「えっ、いや……その……」
「ははっ、そんなに慌てないでいいのに。だって、慌てたところで、君にはどうにもできないんだから」
先輩同士が初めて言い合いをしているのを見て、動揺してしまっている桃井を煽ってみる。
目を丸くして、口をぱくぱくさせて、完全に状況についていけていない。きっと、彼女は良い子なんだろうけど、そんな子が何もできていない所を見ると、胸が高鳴ってしまう。
「そこまで、絵理ちゃんも、美紀ちゃんも言い合いしない。……わたしのせいだからあれだけど、一年生の前で喧嘩しないの」
「けど――」
「それとも、また一年生の時のやり直しをしたいの? わたしは嫌だよ。二人には仲良くしてほしいし」
雪乃先輩が二人に優しく話しかけて、やっと二人は言い合いをやめた。
でも、心の底からは納得していないようで、茂木先輩は小さく舌打ちをしているし、遠藤先輩はみんなに聞こえるように大きなため息を吐いていた。
(……てっきり、先輩たちは仲がいいと思ってたのに)
今までは、私と言う共通の敵がいたから意見が纏まっていたと思ってしまうほど、茂木先輩と遠藤先輩の二人は仲良くなかったらしい。
きっと、この二人が一緒に生徒会に所属出来ていたのは、雪乃先輩が頑張って間を取り持っていたからだろう。
そう考えると、雪乃先輩は私のせいで、発言に説得力を無くなってしまってるから、この二人の言い合いは今後も続いてしまうのだろう。
あははっ、やったね! まさかまさかの副産物、私好みのドロドロとした人間関係が見られるよ。
「さ、みんな仕事をしよっか。焦らなくていいけど、仕事はまだまだ残ってるんだから」
雪乃先輩がそう言うと、茂木先輩も遠藤先輩も、渋々といった様子で席に戻った。
桃井と大江も、ようやく緊張が解けたみたいに小さく息を吐く。
生徒会室に、いつもの作業音がゆっくり戻っていく。
でも、事態はなにも解決していなかった。




