51話
「カレー、ですか?」
「うん。カレーだったら明日以降も食べれるだろうし、わたしの料理はコンビニの弁当よりもおいしいって断言できるからね」
確かに、それは良い考えだと思う。
一緒に作ると言う部分を除けば。
「でも、何で一緒に? 雪乃先輩が一人ですればいいじゃないですか」
「え、でも澪ちゃんのことだから、私が料理をしている間は勉強してるか、寝ているだけで、暇なんでしょ? だったら、わたしを手伝ってくれないかなって」
「学業は学生の本分ですよ」
嘘だ。雪乃先輩は、そんな理由で手伝ってほしいとかいう人物ではない。
その証拠に、雪乃先輩は少しも悪びれた様子を見せず、柔らかな笑みを浮かべて、わたしに近づいてきた。
……こういう時の雪乃先輩は、ろくなことをしてこない。
そんなことは、わたしが一番わかっている。
「でも、わたしは澪ちゃんと一緒に料理をしたいなって思たんだけど」
「……それ、雪乃先輩がしたいことですか?」
「うん」
「……」
開いた口が塞がらないってのはこのことなんだろう。
雪乃先輩は、私が散々好きなことやしたいことを見つけてほしいと言ったことを利用して、こんな要望を通してきた。
それに、私はちゃんと理解しているんだ。
これは、雪乃先輩が私を気遣った結果、したいと思ったことで、純粋な欲求というよりは――私に合わせた結果、生まれた願望だ。
だからこそ、余計に腹が立つ。
「……本当に、雪乃先輩がしたいことなんですか?」
「うん、だって楽しそうじゃない?」
でも、決して嘘を吐いているわけではないんだろう。
一緒に料理をすれば、雪乃先輩はきっと楽しんでくれる。……ほんと、こざかしい。こんな方法で、私を気遣ってくるなんて。
(それに、何で料理なのかわからないし……もう、いつも雪乃先輩は予想を超えてくる)
ほんと、わからないことばっかりだ。
でも……いや、そのせいなのか、私は雪乃先輩を拒絶することが出来なかった。
「はぁ、わかりましたよ。でも、期待しないでくださいね。私はそこまで料理が得意じゃないんで」
「大丈夫、わたしが教えるから。それに、澪ちゃんが作った料理なら、きっとおいしくなるよ」
そんな根拠はどこにもないってのに、雪乃先輩は微笑んで、私にいろんな食材を渡してくる。
はぁ、めんどくさい。料理の何処が、楽しいと言うのか。
「じゃあ、まずはジャガイモを切るところから始めよっか。それは一人で出来る?」
「舐めないでください、普段は料理をしないだけで、料理が出来ないわけではないんですから」
雪乃先輩は勘違いしているようだったけど、私はもう高校生になったんだ。
この程度のことなんて一人でできるし、雪乃先輩に見守ってもらう必要なんてどこにもないんだよ。
私は、ピーラーを使ってジャガイモの皮をとった後、包丁を手に取った。
切り口が崩れないように、少しだけ角度を調整して――と、私は順調にジャガイモを切っていき、まな板の上に並べていった。
「ほら、ちゃんと切れてますよね」
「まぁ、きれいかな……」
「なんで、そんなに歯切れが悪いんですか?」
なのに、雪乃先輩は私が切ったジャガイモを見て、視線を少しだけ逸らしながら褒めてくる。
失礼な、いつもの雪乃先輩なら、どんなに簡単なことをしたとしても、大げさなほど褒めてくれるのに、今回ばかりはあまり褒めてくれない。
褒められるのは、それはそれで嫌なんだけど、褒められなくてもムカついてくる。
やっぱり、雪乃先輩はめんどくさい。何をしたとしても、私を腹立たせてくるんだから。
「ほんと、何ですか。言いたいことがあるんだったら、はっきり言ってください」
「う、うん。その……なんで、ジャガイモのサイズがばらばら何だろうなって……」
「は?」
言われてみれば、切ったジャガイモのサイズが少しだけ違うような気がする。……うん、少しだけ。
でも、それが何だと言うのだろうか。サイズが違うとは言っても、ジャガイモであることは変わらないんだし、どうせ噛むんだから関係ないでしょ。
「それが何ですか? 別にどうでもいいでしょ。あ、人参をとってください。それも切るんで」
「いや……大きすぎると火が通りにくくなったりするんだよ」
「なるほど、ならこうすればいいんですね」
「あ、ちょっと待って!」
(そう言うことなら、もっと早く言ってくれたらよかったのに)
そんなことを思いながら、私はジャガイモを細かく切っていった。
火を通すことを目的として切るんなら、細かければ細かいほどいいじゃないか。あ、もちろん、私は『中火で十分? なら強火で三分でいいか』とか言う馬鹿とは違う。それに、細かくすると言っても、みじん切りほど細かくはしない。
「こういうことですよね」
「うん、そうだね……。今度は、わたしと一緒に切ろうか」
なんで、そんなにも呆れたような目で私を見るんだろうか? ジャガイモを人差し指の第一関節くらいまでの大きさに切っただけなのに。
まぁいいや、味さえよければすべてよしなんだ。さっさと続きに移ろう。
「人参も切りますから、早く渡してください」
「……具材を切るのはわたしがするから、火の方をお願いしたいなって」
うん? 別に火の方でもいいけど、急にどうしたんだろうか。私は失敗していないはずなのに。
ま、いいか。私は切りたいって思ってるわけでもないし、火の方を担当してもいい。
それに、包丁を使って食材を切るよりかは、火の方を担当したほうが個人的には楽だ。
焦げないように火加減を見たり、たまに木べらで中の具材を混ぜるだけでいいんだし、雪乃先輩が具材を切っている姿も見ることが出来る。
「わかりましたよ。鍋は、どこかな……」
そうして、私達はカレーを作っていった。
その後も、度々雪乃先輩に呆れられたような気がすることもあったのだが、具材は鍋へと収まっていく。
「……よし、あとは煮込むだけだね」
「じゃあ、もう終わりですね。よかった」
「ふふっ、澪ちゃんが手伝ってくれたから、早くできたよ」
「別に……言われたからやっただけです」
鍋の中で、カレーがぐつぐつと音を立て始める。
その匂いが部屋に広がっていくのを感じながら、私は小さく息をついた。
(……まぁ、悪くはなかった、かな)
そんな言葉が喉まで出かかったけれど、もちろん口にはしなかった。




