50話
「澪ちゃん、今日は楽しかった?」
「まぁ、楽しかったですよ」
あれから、ショッピングモールの中にある映画館でアクション映画を見てみたり、たい焼きやらクレープやら、甘いものを食べ歩いたりして、私達は家へと帰って来た。
最初のは、私が奢ろうとしていたが、気づけば雪乃先輩が私に分まで金を払っていて、少しだけ申し訳ない気持ちになってしまう。
(それに、駄菓子屋の一件でも迷惑をかけたし……情けないな、ほんと)
このデートらしきものは、私から頼み込んでしてもらった物だ。
なのに、結果がこの始末。雪乃先輩は楽しめていたようだけど、それでもまだ足りない。私に雪乃先輩を楽しませるような立ち回りが出来るとも思っていなかったけど、これはさすがに予想外だった。
「やっぱり……」
「もう、自分が楽しめたのなら、それでいいじゃんか。わたしだって、十分楽しめたんだから、気にしないで」
そう言ってくるが……いや、これ以上はやめておこう。
雪乃先輩のことだから、何を言ったとしても、無駄になる。だから、この件について、これ以上言ったとしても、時間の無駄になるだけであり、この疲れた身体には響くだろう。
「あ、そうそう。ピアスの穴をあけたいんだけど、手伝ってくれない?」
「もうつけるんですか?」
「うん、澪ちゃんが選んでくれたピアスを早くつけたいからね」
どうせファーストピアスをつけて穴を安定させるまで、私が選んだピアスはつけられないんだから、そんなに焦っても意味ないのに。
雪乃先輩の言葉を聞いて、そんなふうに思ったはずなのに――胸の奥がじんわり温かくなって、気づけば素直に穴をあける器具を取り出していた。
……ほんと、ずるいと思う。
私が選んだピアスを早くつけたいなんて言われたら、断れるわけがない。
「ほら、こっちに来てください。私が穴をあけてあげますよ」
「ありがとね、澪ちゃんに開けてもらえるのなら、わたしは安心できるよ」
「……うそつき」
私の日頃の行いを知っている人なら、絶対にそんなことを言うことが出来ないはずなのに、雪乃先輩は少しも躊躇わずに私のことを信用してきた。
ほんと馬鹿らしい。いつか、詐欺に騙されてしまうんじゃないの?
「チクッってするので、動かないでくださいね」
私は雪乃先輩の耳たぶを触って、穴をあける位置を探っていく。
雪乃先輩の耳たぶは、癖になるほど柔らかくて、一生触りたくなってくる。その証拠に……穴をあける位置を探っているのか、雪乃先輩の耳たぶを触るのを楽しんでいるのか、自分でもどっちかわからなくなってしまって、それでも手を止められなかった。
「ははっ。澪ちゃん、くすぐったいよ」
「あ、ごめんなさい。すぐ、見つけるんで」
「私は大丈夫だから焦らなくていいよ。それに、穴をあけるのを手伝ってくれて、ありがとね」
そもそもピアスをつけることになったのは私のせいなのに、こうして感謝されるのはどう考えても道理に合わない。
私は感謝されるような人間じゃない。
茜をいじめから助けた時はともかく、今雪乃先輩から感謝されるのは――どう考えても、マッチポンプだ。
「じゃあ、開けますね」
「うん」
私は雪乃先輩の耳たぶをそっと指で支え、深呼吸をひとつした。
雪乃先輩の肩がわずかに上がって、すぐに力が抜ける。覚悟を決めたみたいに、まつげが静かに伏せられた。
「……いきますよ」
「大丈夫。任せてるから」
その言葉に、胸の奥がまたじんわり熱くなる。
こんな時でも、私の方が緊張しているなんて、言えるわけがない。
器具を構え、迷いを断ち切るように手を動かす。
小さな抵抗が指先に伝わり、そして――
「っ……」
雪乃先輩が短く息を呑んだ。
でも、すぐにふっと力が抜ける。
「……終わりましたよ」
「うん……思ったより、全然平気だった」
雪乃先輩は目を開け、少し照れたように笑った。
その笑顔を見た瞬間、胸のざわつきがすっと静まっていく。
「ファーストピアスをつけましたから、穴が安定するまで取らないでくださいね」
「うん、一か月くらいだっけ?」
「早かったらそんな感じです。私の場合は、二か月くらいつけっぱなしでしたが」
とはいえ、だいたいは一か月から一か月半くらい。
そこまで長期間つけっぱないしになることは無いだろう。
「じゃあ、逆の耳たぶにも開けますね」
「うん、ありがとね」
逆の耳たぶにも、しっかりと消毒した後、穴をあける。
いっかい穴をあけたからなのか、雪乃先輩は何事も無かったかのように、ただ静かに目を閉じていた。
「……これで、澪ちゃんとお揃いだね」
「……生徒会なのに校則を破っている共犯者になってしまいましたけどね」
「うっ、それはそうだね……。でも、赤信号みんなで渡れば怖くないって言うし……」
「ふざけたことを言わないでください」
馬鹿らしい。なにが赤信号みんなで渡れば怖くないだ。
たとえ百人以上で赤信号を渡ってたとしても、それは立派なルール違反で咎められるべきことなのは変わらない。
(はぁ、でも指摘するだけ無駄か。私が言えるようなことじゃないんだし)
でも、私は問題児の極みみたいな人物だ。
だから、雪乃先輩に注意したとしても説得力なんて無いし……そもそも、これが冗談だってことも分かっている。
「そんなことより、雪乃先輩はお腹減ってますか? たい焼きとかクレープとか食べてましたけど」
「澪ちゃんはどう?」
「質問を質問で返さないでください」
この人と話していると、どこか腹が立ってくる。
雪乃先輩は、もっと我儘になるべきだ。いつも他人に合わせようとして、気持ち悪い。
「私を気遣っているのはわかっていますけど、まずは自分のことを優先してください。次、自分よりも私のことを気遣ったら、この家から追い出しますよ」
「あはは……今度からは気を付けるよ。私は、ちょっとお腹が空いているんだけど、澪ちゃんはどう? ……こういうことかな?」
「及第点はあげますよ。あと、私も同じような感じです」
「なら、晩御飯を作り始めよっか」
そうして、雪乃先輩は立ち上がり、キッチンの方へと向かって行った。
雪乃先輩が毎日私の家に泊っててくれた時にも思ったけれど、どうやら彼女は料理をすることが好きだったらしい。
それも、自分が作った物を誰かに食べてもらうのが時に好きなようで、私が珍しくおいしいと言った日には、わかりやすく機嫌が良くなってしまった。
別に褒めたつもりなんてなかったのに、あの人は勝手に嬉しそうにしていた。
(ちょっとだけ、悔しいかも……)
少しずつ、でも着実に、私は雪乃先輩の料理を楽しみにしてしまっている。
そのくせ、私は素直においしいと言えないことが多く、雪乃先輩に何も返すことが出来ない。
その事実が、胸の奥で燻ってしまい、雪乃先輩の後ろ姿から少しだけ目を逸らしてしまった。
「澪ちゃんは食べたい物ある? あっ、これは参考程度に聞いているだけだから」
「参考って言えばいいってわけじゃないんですけど……。まぁ、今のは許してあげます」
雪乃先輩がまた私のことを気遣ってくるが、今度は直前でそのことを自覚したようで、しょうもない言い訳をつけたしてくる。
まぁ、雪乃先輩がこの短時間で自分を優先できるようになるならば、こんな自己犠牲の塊のような人生を送っていなかったんだろうし、今回だけは許してあげる。
「そうですね……特に無いんで勝手に決めてください」
「うーん、困ったなぁ。……あっ、こういうのはどうかな?」
雪乃先輩は少しだけ悩んでいる様子を見せたが、急に何か思いついたかのようにうなずいた後、ぱっと顔を上げて、こちらを見た。
「ねぇ、一緒にカレーを作ってみない?」




