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嫌われ者と生徒会長  作者: 月星 星成


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5/7

5話

 そうして、しばらく時間が経った後、桃井が広報、大江が庶務を担当することになった。

 適任かどうかなんて、私には興味が無い。広報や庶務の仕事内容については、私も覚えておくつもりだけど、別に手伝うことなんて無いんだから、気にする必要は無いはずだ。


「それじゃあ、今日はここまで。ただ、質問があるのなら、もう少しここに残ってもいいからね」


 生徒会長がそう言うと、同級生たちはほっとしたように息をつき、先輩たちも片付けを始めた。

 私は特に聞きたいこともないし、聞く気もない。けれど、ここで何も言わずに帰るのは、負けたような気がして癪だった。


「先輩たちは、どうするんですか……?」


 すると、桃井が先輩たちに、そんな質問をしていた。

 その声は、緊張と安心が半分ずつ混ざったような、弱々しいものだった。役職が決まったことで、肩の力がほんの少し抜けたのが分かった。


「わたしたちは残って、ちょっとだけ打ち合わせかな。すぐ終わるよ」


 生徒会長が柔らかく答えると、桃井はほっとしたように頷いた。


「一年生はもう帰って大丈夫だよ。初日だし、疲れたでしょ」


 その言葉に、同級生たちは一斉に荷物をまとめ始める。

 帰りたいのが丸わかりで、少し笑えてくる。まあ、帰りたくなる気持ちはわかるよ。今日は高校初日なんだ、朝からずっと緊張し続けていて、いち早く息を吐きたかったのだろう。


「それじゃあ、失礼します」

「失礼します」


 桃井と大江が、ドアを開いて教室から出ていく。その背中は、緊張から解放されたばかりの一年生らしく、どこか頼りなくて、急いでいて、おかしかった。

 きっと、こういう人達が周りに好かれるんだろうね。でも、私はこんな人たちと同類になりたくない。私は……私であり続けないといけないんだ。


「それで、澪ちゃんは、何で帰らないの?」


 すると、遠藤先輩がそんなことを言ってきた。

 あれ、おかしいな。生徒会長は帰っていいと言っただけで、帰れとは言っていない。だから、私がここに居座っても、問題なんて何処にもないし、責められるところは一つも無い。


 なのに、遠藤先輩の口調は、明らかにわたしのことを責めていた。顔を彼女の方に向けてみても、柔らかい笑みに隠れて、その目の中には苛立ちのような物が宿っている。

 あらら、私も嫌われたものだ。酷いよねぇ。


「帰るのがめんどくさいからと言えばいいですか?」

「あのね、ふざけないで。今からわたしたちは――」

「まぁまぁ、落ち着いて。わたしが、帰ってと言ったわけじゃないんだし」


 遠藤先輩が、今度こそ明確に怒りを見せて来たが、また生徒会長がそれを仲裁してくる。

 しつこい! いい加減、私を楽しませてほしい。誰かに嫌がらせをすることでしか、私は楽しめないんだから。


「黒瀬ちゃん、ここに居るのなら、ちょっとだけ話さない」

「嫌ですよ。めんどくさい」

「何で会計になったの?」

「……聴覚障害でも持ってます? めんどくさいと言ったはずでしょう」


 この人と話していると、胃の奥がじわりと重くなる。嫌いとかそういう単純な話じゃない。

 触れられたくない場所を、無意識に踏まれているような感覚だけが残ってしまうのだ。

 

「少なくとも一年間は関わるんだから、今のうちに仲良くなった方がよくない?」

「はぁ、分かりましたよ。話せばいいんですよね。私が会計になりたかったのは……えっと、やりがいがあって、生徒たちのためになる仕事だと思ったからですよ」


 何となく、嘘を吐いた。いやまぁ、嫌がらせをしたいからって理由を口に出すことは出来ないんだけど、嘘を吐くなら、もう少しマシな形にできただろうに。

 とは言え、口に出してしまった者は仕方がない。大抵なことはやり直しがきくのだが、失言はやり直しがきかない物なんだから。


『この、■■■!!』


 私は失言をされた側なんだから、それを誰よりも分かっているはずなのにね。


「へー、そうなんだ。偉いね、わたしが一年生だった時は、そんなことを考えてなかったよ」

「いや、どう考えても嘘でしょ」


 私の言葉に生徒会長が感心していたが、すぐに遠藤先輩に咎められ、少しだけ目を見開いており、どれだけ騙されやすい人物なのか察することが出来た。

……柄じゃないってことは分かっているけど、あの無防備さを見ていると、どこかで簡単に騙されそうで、胸の奥がざわついた。あれは、かつての――


 私と茂木先輩が、生徒会長のことを白けた目で見ていると、彼女は気まずそうに目を逸らし、頬を指先でかくような仕草をした。

 その動きが、妙に子どもっぽくて、余計に腹が立つ。騙されやすいくせに、悪意には鈍感で、人の嘘をそのまま受け取って、それでも笑っていられるなんて、どうかしている。


 普通なら、少しくらい眉をひそめる場面だろうに。彼女の顔には、そんな影が一つも落ちない。

 

「よく、今まで生きてこられましたね。生徒会長」

「あはは、嘘を見破るのは苦手だからね。でも、少しだけ意図してこうしてるところはあるんだ。嘘でも、本当のことでも、人が口に出した言葉には、意味があるって思ってるからね」

 

 生徒会長が、そう言って笑った瞬間だった。

 その笑みは、さっきまでの柔らかさと同じはずなのに、どこか違って見えた。

 まるで、こちらの嘘も皮肉も全部受け止めた上で、それでもなお手を伸ばしてくるような、そんな奇妙な温度を持っていた。


(……何その顔。気持ち悪い)


 胸の奥がざわりと揺れる。

 嫌悪とも違う、苛立ちとも違う、もっと形の曖昧な何かが、喉の奥に引っかかった。


「はぁ、わかりましたよ。帰ります」


 気づけば、私は立ち上がっていた。

 椅子の脚が床を擦る音が、生徒会室の空気を裂いた。その音に、茂木先輩がわずかに眉をひそめ、遠藤先輩は露骨に舌打ちしそうな顔をした。


 けれど──生徒会長だけは違った。


「そっか。帰るんだね」


 私が帰ると言うことを聞いて、生徒会長はほんの一瞬だけ、言葉を探すようにまつげを伏せた。

 すぐに笑みを戻したけれど、その笑みは、さっきよりもわずかに輪郭が弱かった。


「気をつけて帰ってね、澪ちゃん」


 名前を呼ぶ声が、いつもより少しだけ低い。その微妙な揺れが、背中に触れてくる。

 なんで、そんな顔をするの。私のことを、嫌ってほしいのに。


「これ、貰います」


 近くの席に置いてあった冊子を、乱暴に奪い取った。その表紙には、生徒会の会計についてと書かれており、いずれ私に渡される物だと察することが出来た。

 だからこそ、今の気持ちを、そのままぶつけることが出来たんだ。


 私が冊子を取ったことを見て、生徒会長が目を見開く。

 驚きのあとに、ほんのわずかに口元が緩んだ。

 その変化は、茂木先輩や遠藤先輩には気付かれない程度の小さなものだったけれど、私の視界には、妙に鮮明に映った。


「いいよ、それは黒瀬ちゃんに渡そうとしていた物だから。でも、来年や再来年も使う奴だから、丁寧に扱ってくれると嬉しいな」

「そうですか。じゃあ、破いて返します」


 わざとらしく言ってやったのに、生徒会長は眉ひとつ動かさなかった。

 むしろ、ほんのわずかに、目元が緩み、私のことを優しく見てくる。


「返してくれるなら、それでいいよ」


 その声は、相変わらず柔らかかった。私の言葉の棘なんて、最初から存在しなかったみたいに。

 そのせいで、胸の奥のどこかがきゅっと縮んだ。呼吸が浅くなる。喉の奥に、言葉にならないざらつきがひっかかる。


 冊子を握る指先に、無意識に力が入った。紙に皺ができたはずなのに、その音は耳に届かなかった。


「ちっ」


 乱暴にドアを開いて、生徒会室から出ていく。いつもより大きな足音が廊下に響き、その音が、静まり返った校舎の空気を無遠慮に叩いた。

 あの人はずっとこうだ。存在するだけで、私の心の平穏を乱し、 優しさと言う刃を突き立ててくる。


 私は、生徒会長のような人物が存在することを許せない。

 この世に善意と言う歪な物は必要ないし、あったとしてもすぐに砕け散るだけ。私は今までの人生で、それを嫌と言うほど理解させられたのだ。もし、そうでないとしたら……私の人生は、一体なんだと言うの?




















 静かに、ドアを開ける。誰もいない家から、冷たく乾いた空気が頬を撫で、荒らされた心を洗い流してくれる。

 鍵を置く音、上着をハンガーにかける音、私と言う存在から出る全ての音が、必要以上に響き、私がいると言うことをより強く示してくれる。


「はぁ、疲れた」


 耳からピアスを取り、空のアクセサリー入れに優しく入れる。金属が小さく触れ合う音が、やけに澄んで聞こえた。

 玄関の照明を落とし、リビングへ向かう。足音が床に吸い込まれていくような静けさが広がる。

 鞄をソファに置くと、沈んだクッションがゆっくりと形を変えた。そのわずかな沈み込みさえ、胸の奥に触れてくる。


(あ……)


 鞄から、生徒会室で盗んできた冊子を取り出す。その冊子は、文庫本ほど厚いわけでは無かったのだが、会計のやり方を載せるだけにしては妙に厚く、これを作った人が、どれだけ後輩のことを思っていたのかを理解させられる。

……とは言え、そんな優しさは、空っぽの胸を埋めることは無く、むしろ冊子の重さが、手のひらにじわりと沈んでくる。


 ページの端を指でなぞると、紙のざらつきが肌に引っかかった。その感触が、胸の奥のざらつきと妙に重なる。

 でも、これを開くのは夜でいい。今日はもう疲れた、どうせ夜は時間がたっぷりあるんだから、今のうちに休ませてくれ。


「げ、本棚いっぱいじゃんか。新しいの買うべきなのかな?」


 冊子を持って、本棚の方に向かうと、それは()()()で埋まっており、冊子を入れることが出来る隙間なんて、どこにもなかった。

 一冊でも捨てることが出来れば、この冊子を入れることが出来るのだが、捨ててしまったら復習が出来なくなってしまう。仕方がない、本は机の上に置いておくしかない。


 疲れ切った身体を、ベッドに深く沈みこませる。マットレスがゆっくりと形を変え、その沈み込みが背中にまとわりつき、私の身体を癒してくれて、思わず大きく息を吐いてしまう。

 まばたきすら忘れ、天井をじっと見据える。脳裏によぎるのは、たった数時間ではあったものの、中学とは全く違う高校での出来事。楽しいこともあった、嫌なこともあった。……まぁ、嫌なことの原因は、どこからどう見ても私だったんだけど。


 でも、この一日は、総じて悪くは無かった。生徒会長は相変わらず気に食わないけど、ちゃんと楽しむことは出来ている。

 だから、ここでならきっと、私は幸せになれるはずだ。


(目、閉じたいなぁ)


 そうして、私は目を開けたまま、身体から疲れをゆっくりと手放していく。

 ちゃんと休めている気はしないけど、私にはこれしか方法が無い。だから、これは、仕方ないんだ。

 

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