四話
「よし、一年生が揃ったかな? 黒瀬ちゃんにはさっきしたけど、改めて自己紹介をするね。わたしは、花咲 雪乃。この学校の生徒会長だよ」
あの後、しばらくして、他のクラスの一年生たちがやって来た。
彼女たちは、私を見てすぐに驚いた表情を見せ、距離を取るように後ずさった。その怯えた目、ざわつく空気、ひそひそ声。全部、私の胸の奥の熱を甘く刺激してくれる。
けれど、生徒会長はそんな空気をまるで気にしていないように、穏やかに続けた。
「みんな、今日は来てくれてありがとう。これから一年間、一緒に学校を支えていく仲間として、よろしくね」
(この空気に気付かないほどの鈍感? いや、違うかな。気付いた上で、無視しているんだ)
ただし、それは非情であるというわけではない。
強制的に理解を押し付けるのは、私が望んでいないと判断して、あえて触れないという選択をしているだけ。
強制的な理解の押し付けは、刃のように当事者を傷つけることがある。あなたのためという名目で、勝手に踏み込んでくる人間は、結局自分の正しさを押しつけているだけになるからだ。
それが分かっているから、生徒会長はそんなことをしない。そんな理解のある優しさが、胸の奥の古傷を指でなぞるみたいに逆撫でした。
「それで、この子たちが……」
「私は副生徒会長の茂木 絵理。よろしく」
「わたしは、書記の遠藤 美紀だよ。よろしくねー」
生徒会長に続いて、先輩たちが自己紹介をする。だけど、私の方を見ないようにしていて、彼女たちの視線が、私の輪郭を避けるように滑っていく。
そう、これが良いんだよ。あの生徒会長も、この人たちのような態度になってほしい。なのに、そうなる気配が一切ない。ギブアップしたわけじゃないけど、これは本気でやらないと難しそうだ。
「君たちの名前も教えてくれないかな?」
生徒会長が、私達に優しく話しかけてくる。
そのおかげで、一年生たちの緊張がほぐれ、彼女たちは口を開いていった。
「あ、あたしは、桃井 梅子です。よろしくお願いします!」
「私は、大江 初音です。よろしくお願いします」
他クラスの二人は、少し緊張していたものの、しっかり先輩たちの目を見て、そんなことを言っていた。
いい子だね、本当に。
「……」
「黒瀬ちゃんも、自己紹介をしてくれないかな?」
黙って同級生たちの自己紹介を聞いていたら、憎たらしい生徒会長がそんなことを言ってきた。
意味が分からない。さっき自己紹介したの、聞いて無かったのかな。
「なんで」
「まだ他の一年生が、黒瀬ちゃんの名前を知らないからね」
「生徒会長が教えればいいじゃん」
「こういうのは自分で言うから意味があるんだよ」
「……はいはい、分かりましたよ。せいとかいちょーさん」
めんどくさい。誰が言っても同じじゃんか。ま、このくらいは聞いてあげてもいいけど。
一瞬だけ、同級生の方を見ようとしたけど、すぐにやめる。一般的に考えて、自己紹介は相手の目を見てするべきものだろう。でも、何で私がその常識に従わなければならない?
常識とは同調圧力に他ならない。そんなクソったれな物、私は大っ嫌いなんだ。
「黒瀬 澪」
彼女たちに視線を向けず、私はぶっきらぼうに言葉を告げた。失礼かもしれないが、それは望むところだ。
嫌いな人間に好かれたいと思うほど、私の自己肯定感は低くない。
横目で彼女たちを見ると、私の見た目と態度に怯えているのか、さっきまでより一段階深く、身体を固くしていた。
なーんだ、張り合いの無い。どうせなら、副会長みたいないじりがいのある人なら面白かったのに。……まぁ、生徒会長のような、ムカつく人種が無いだけマシだけど。
「おっけー、これで自己紹介は終わりかな。それで、今日は生徒会での役職を決めたいの。これから説明するね」
自己紹介が終わると、生徒会長はそんなことを言って、さっきまでの空気なんて存在しなかったかのように、軽やかに話を進めた。
私に対して、何か言ってくるのもムカつくけど、わざわざ悪い雰囲気にしているのに、それを無視してくるのもムカつく。ほんと、存在が大っ嫌い。少しくらいは、嫌な顔をしてほしい。
「絵理ちゃん、ホワイトボードに書いてくれない?」
「なんで?」
「うーん、何となく?」
「はぁ、わかった」
生徒会長の頼み事に折れて、茂木先輩が生徒会室にあるホワイトボードに、役職を書いていった。
先輩たちで埋まっている生徒会長、副生徒会長、書記に加えて、会計、庶務、広報の三つ。おそらく、これが一年生の担当となる仕事なのだろう。なら……あれにしようかな。
「この学校は、受験勉強のために、生徒会の活動は一、二年生が主体で行っているの。だから、君たちにもちゃんとした仕事があるからね。もちろん、わたしたちがサポートするから、安心してね」
生徒会長が、柔らかい笑みを浮かべながら、そんなことを言ってきた。
まぁ、入って来た時から分かっていたことだけど、あの生徒会長に嫌がらせを出来るのは、一年間だけらしい。私の姿や性格からして、来年は生徒会長のような役職になることは出来なさそうだし、この仕事をするのは一年間だけにしようかな。
「それじゃあ、したい役職が合ったら言ってね。時間はたくさんあるから、話し合ってもいいし、質問もどんどんしていいから。美紀ちゃんに」
「って、なんで!?」
「だって、自己紹介の時しか喋ってないもん。ちゃんと話さないと」
生徒会長の言葉で、少しだけ場の空気が柔らかくなる。
そのおかげで、同級生たちの肩の力が抜け、先輩たちに質問しやすい状態になっていた。せっかく、私が悪い空気にしてあげたのにね。
(同級生は何をするんだろうか……?)
二人で相談している同級生を見て、何をしようとしているのか探ってみる。
けれど、彼女たちは、中身の無い相談をしてばかりで、一向に決まる気配が無かった。この決断は一年間続く、だから慎重になるのも理解できるけど、こうして中身の無い会話になることだけはごめんだった。
(これがやりたいってのが無いんだったら、私の要望を通そうかな)
「せいとかいちょーさん」
「黒瀬ちゃん、何か質問あるの?」
出来るだけやる気のない声で、生徒会長に呼び掛ける。
なのに、彼女は嫌な顔一つもせずに、優しく私の方へとほほ笑んだ。気持ち悪い。
「会計、していいですか?」
その瞬間、空気がぴたりと止まった。
同級生の二人は、驚いたような目で私を見ているし、茂木先輩なんて私のことを睨んでいる。私のことを嫌いすぎじゃないかな? 胸の奥がぞくぞくとしてくるから、もっと私のことを嫌ってほしいけどね。
「いいね、君たちは会計をしたい? 早い者勝ちとかじゃないから、遠慮なく言っていいよ」
「い、いえ……」
「それなら、会計は黒瀬ちゃんに決定ね」
生徒会長は、他の一年生の同意を取ると、すぐに私の名前をホワイトボードに書いた。
正直、ちょっとだけ驚いている。会計、庶務、広報の中では、会計が一番重要だと思い、反対されると思って立候補したんだ。こんなにもスムーズに決まるなんて聞いて無い。
「雪乃、本気!?」
すると、やっぱり茂木先輩が反対してくれる。うん、それで良い。それが良い。
やっぱり、私はこうであるべきなんだ。みんなで嫌われてこそ、胸の奥の空洞が静かに満たされていく。
「茂木先輩、私が会計をすることの何が駄目なんですか? 説明していただきたいです」
「自分のことを客観視したほうが良い。君のような人に、重要な仕事を任せられるわけない」
「えー、茂木先輩は外見で決めつける人なんですね。そう言うの差別って言うんですよ。このご時世、差別差別って言ったら、何でも通るんですから。ちゃんと気を付けてくださいね。後輩からの助言です、ふくせいとかいちょーさん」
ほんと、差別って言葉も軽くなったものだ。少し前までは、差別という言葉はもっと重かったけど、今では取り敢えず言っておけば、自信の正当性が確保できる魔法の言葉になってしまった。
深堀もされず、表面上で捉えられるだけ。つまらない。
「――ッ」
その証拠に、茂木先輩は何も言い返してこない。
もちろん、私の言い分なんて、穴だらけだ。言い返そうとしたら簡単に言い返せる。でも、茂木先輩のような頭に血が上りやすい人には、かなり効いてくれる。
悲しいね。せっかく頭がいいのに、うまく使いこなせないなんて。
「絵理ちゃん、これについては絵理ちゃんが悪いよ。それに、最初の方は、私が一緒にするから安心して」
「……本当に?」
「もちろん、後輩たちの失敗は、先輩であるわたしの責任なんだから」
「いいよ、分かった。雪乃だけじゃなくて、私の責任にもなるなら、その決定に従うよ」
「ありがとね、絵理ちゃん」
生徒会長が柔らかく微笑むと、茂木先輩は悔しそうに眉を寄せながらも、しぶしぶ頷いた。
その横顔は、怒りと諦めと、生徒会長への信頼が入り混じった複雑な表情だった。
「黒瀬ちゃんも、これでいいよね」
「……はい、ありがとうございました」
そう答えると、生徒会室にまた静けさが戻った。
茂木先輩はまだ納得していない顔をしていたし、同級生たちは私と目を合わせないようにしている。
でも、胸の奥に残ったざらつきだけは、どうしても消えなかった。




