三話
「えっと……生徒会と風紀委員に入った人は、これから指定された教室に行ってね。その……ま、また明日!」
あれからしばらく時間が経ち、終礼が終わった。
担任の先生は、私の方をちらちらと見ながら、気まずそうに、それだけを言い残して教室から出ていった。それは、もはや逃げるようにと表現するのが正しいほどであり、今日一日だけで、私がどれだけ彼女に嫌われたのかが分かった。
(あぁ、本当に楽しいなぁ。麻薬みたいに、やめられないよぉ)
それを見て、胸の奥から喜びがじわりと滲み出してくる。熱くて、甘くて、喉の奥をくすぐるような、あの感覚。
クラスメイト達は、腫れ物を扱うかのように、私のことを見てくるが、この感覚を得られるのなら、そのくらいのことはどうでもいい。むしろ、私の存在で、彼女たちから笑顔を奪えるのなら、それは本望だ。
(ま、いいや。さっさと教室に行って、アイツに喧嘩を売らないと)
そうして、私は鞄を持って、教室から出た。
教室までの廊下は、四月の昼らしい、まだ少し冷たさの残る空気が流れていた。窓から差し込む光は白くて柔らかく、床に淡い影を落としている。
その影が、歩くたびにゆらりと揺れて、まるで私の胸の奥の熱を映しているみたいだった。
(えっと、ここだっけ? あぁ、楽しみだなぁ。良い子を曇らせるのは、最高の嗜好品だよねぇ)
目の前のドアには、生徒会室と書かれていて、白いプレートの文字は昼の光を受けて淡く光っていた。
この先にはきっと、私が嫌っているタイプの人が集まっているはずだ。そいつらに接するのは、心底ムカつくけど、そいつらに嫌がらせが出来ると思うと、怒りよりも喜びの方が勝ってくる。
だから、私は何のためらいもなく、ドアノブを握った。
扉の向こうにある空気を想像するだけで、指先がじんと熱くなる。その感覚が、私の背中を押してくれた。
扉を開く。
そこには、三人の先輩がいた。
一人目は、教室の空気とはまるで違う、張り詰めた雰囲気を纏った人だった。
背筋がまっすぐで、机の上の書類を整えている指先まで無駄がない。鋭い目つきは、こちらを一瞥しただけで人を値踏みするような冷たさを持っていた。
その隣にいた二人目は、対照的にゆるい空気をまとっていた。
椅子に浅く座り、ペンをくるくる回しながら、柔らかい笑みを浮かべている。
そして――三人目。
最も嫌いなタイプの人間。彼女は、生徒会長と言う紙がある席に座っており、真っ先に私と目が合った。
あの目だ。
入学式で、私に向けられた優しい視線。金髪でも、ピアスでも、態度が悪くても、怯えず、避けず、私のことを理解しようとしていた、あの気持ち悪いほど澄んだ目。
その目と目が合った瞬間、私は吐き気を覚えてしまった。
「君、ここがどこだか分かってるの?」
すると、鋭い目つきをした先輩が、私に話しかけて来た。
「生徒会室ですよね? 義務教育を受けて、その漢字が読めない人はいないでしょうに」
「そういう事を言ってるんじゃない。この学校の中にいるのに、その格好はどういうことなのって言ってんの」
「ああ、金髪にピアスのことでしたか。あれですよ、あれ……表現の自由と言う奴です」
私がそう言うと、厳しめの先輩の眉がぴくりと動いた。
怒りというより、呆れと苛立ちが混ざったような、そんな表情。
「あのね、ここは学校なの。学校には校則というルールがあって――」
「まぁまぁ落ち着きなよ、それよりも、この子がここに来た理由を聞かないと」
柔らかい雰囲気を纏った先輩が、鋭い目つきの先輩を宥める。
あーあ、勿体ない。もっと喧嘩が出来ると思ったのに。
「それで、どうして君はここに来たの?」
「単純なことですよ。生徒会に入りたいって立候補したので、ここに来ただけです」
「はぁ?」
私の言葉に、また鋭い目つきの先輩が反応し、その眉間に深い皺が刻まれた。
結構、整った顔立ちをしているのに、勿体ない。まぁ、私は普通の顔より、怒りで歪んだ顔の方が好きだから良いんだけどね。
「校則を破っている君が、生徒会に入りたい? ふざけるのも大概にして、そんなの生徒たちに示しがつかない」
「ですが、校則を破っている者は生徒会に入ってはいけないと書かれていませんでしたよ」
私は肩をすくめて、生徒手帳を軽く持ち上げた。
「しっかり読みました? 四十三ページ、いかなる生徒も校則を守るべし。――それだけですよね?」
鋭い先輩の目が細くなる。
「つまり、守ってないと生徒会に入れないなんて、どこにも書いてない。あなたの常識を、校則に勝手に混ぜないでくださいよ。それこそ、生徒たちに示しがつかない」
「おまえ……」
先輩が、私に詰め寄って、襟首を掴んでくる。
「ふざけるのも大概にして。お前みたいなのが生徒会に入ったら、学校がどうなるか分かってるの?」
(あぁ……いいねぇ、その顔)
私は一歩も引かず、むしろ楽しむように微笑んだ。
「あーあ、襟首を掴んだりして。これって、立派な暴力ですよね? あなたの言い分を聞くなら、あなたこそ生徒会から出て行かないと」
「――ッ」
鋭い先輩の喉が、小さく震えた。怒りで言葉が詰まったのか、それとも図星を突かれたのか。
どちらでもいい。だって、私にとっては、どちらも勝ちだから。
別に、私の意見が正しいとは思っていない。
私はただ、相手を嫌な気持ちにさせたいだけ。間違っていると指摘されたとしても、その過程で相手を苛立たせることが出来れば、それで十分。
「おま――」
「落ち着いて、絵理ちゃん。君も、無駄に煽らないで」
鋭い目つきの先輩が、怒りを露わにしたが、すぐに柔らかい雰囲気を纏った先輩に止められてしまった。勿体ない。
もっと怒らせて、もっと顔を歪ませたかったのに。
でも、標的が変わるだけだ。別に困らない。
「君の言うことも一理あると思うよ。でもね、生徒会にも面子という物があるの。申し訳ないけど、校則に則った身だしなみになって、出直してくれないかな?」
その言い方は、怒っているわけでも、突き放すわけでもない。ただ正しいことを言っているだけという、あの担任と同じ種類の声。
でもね――
「分かりましたよ。生徒会は、入りたいと思っている新入生を追い返すって広めてきますよ」
「……それで、みんなが仲間になると思っているのかな?」
柔らかい雰囲気の先輩がそんなことを言ってくるが、それは見当外れだ。人間と言う種のことを全く分かっていない。私がやろうとしていることは、もっと別のことなのに。
「思ってませんよ」
私は軽く笑って、肩をすくめた。
「ただ、噂にはなるでしょうね。人間は、叩いていい人間がいるなら、喜々として叩きに行く生き物ですから、私の格好なんて伝わらずに、生徒会が新入生を追い返したって事実だけが独り歩きすると思いますよ」
SNSとかで、証明できていると思いますけど、と続け柔らかい雰囲気の先輩に目を向ける。
彼女は、言葉を失っており、何も私に対して言うことが出来なかった。あくまで、この噂は一時的な物であり、いずれは消え去ってくれるだろう。
でも、長年の信頼という物が無い新入生たちには、この噂は一瞬で広まってしまい、下級生からの信頼を損なってしまうと想像できただろう。たとえ、一瞬であったとしても、新入生が入って来た四月に悪い噂が広まるのは、彼女らにとっても避けたいはずだ。
そんな時――
「良いよ」
最も嫌いな声がした。
「君が生徒会に入ることを、わたしは歓迎するよ。名前を教えてくれないかな?」
その目は、あの時と同じだった。
金髪でも、ピアスでも、態度が悪くても、それでも君を理解したいとでも言うような、あの澄んだ目。
(……は?)
胸の奥がざらりと逆撫でされる。
吐き気に似た感覚が、喉の奥をゆっくりと這い上がってくる。
「黒瀬、黒瀬 澪です」
私は淡々と名乗った。挑発でも、反抗でもなく、ただ事務的に。
「ちょ、ちょっと本気? この子を、生徒会に入れるの?」
「そうだけど?」
「本気? だって、あの子が真面目に生徒会の仕事をすると思えないんだけど!?」
柔らかい雰囲気の先輩の声は裏返っていた。
怒りと困惑と、理解できないものへの拒絶が混ざった、ひどく人間らしい声。
「だって見たら分かるでしょ!? 校則破りの金髪で、態度も悪くて、さっきだって――」
「美紀ちゃん」
けれど、例の先輩が、それを咎めた。
「見た目だけで判断したら駄目でしょ、何か理由があるのかもしれないしね」
「……人は、変わることが出来るからって言わないんですね」
「わたしはその言葉が好きじゃないんだ。だって、今のその人を否定している気がしない?」
ムカつく。
先入観も無い、誰かを否定しない、無条件の信頼と優しさ。
そのすべてが、憎かった。
「よろしくね、黒瀬ちゃん。わたしは、生徒会長の花咲 雪乃。仲良くしてくれると、嬉しいな」
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