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嫌われ者と生徒会長  作者: 月星 星成


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二話

「みんな、おはよう! わたしは、この一年間、一年三組の担任をする笹見 志乃(ささみ しの)だよ。これからよろしくね!」


 入学式が終わった後、教室でその声が響いた。私のクラスの担任は、無駄に明るい人物であり、その言葉がいちいち癪に障った。

 ああいう人は、善人だと信じて疑わないタイプで、他人にもその光を分けようとしてくる。その眩しさが、こっちの目にはただのノイズにしか見えない。

 

「えっとね、まずは出席番号順に点呼をとるねー」


 担任の声は軽くて、よく通って、教室の空気を勝手に明るくしようとしていた。

 その善意の押し売りみたいな空気が、教室の空気だけ勝手に軽くしていく。

 

(勝手にやってればいいじゃん)


 そんなことを思っている間にも、点呼はどんどん進んでいく。

 そして――


「出席番号九番、黒瀬 澪(くろせ みお)さん」


 私の名前が呼ばれる。


「……」

「えっと、黒瀬さん……?」


 呼ばれても、瞼ひとつ動かなかった。

 返事をする価値があるかどうか、考えるまでもない。こんなことに付き合う必要なんて無いだろう。


「あと……金髪とピアスは校則違反なんだけど……」

「へぇ、そうなんだ」

「今日は良いけど、明日からは直してね」


 そんなこと、するわけないじゃん。これを元通りにしてしまったら、こうした意味が無くなってしまうんだから。

 そして、担任は、私の返事に特別な反応を示すこともなく、ただ淡々と次の名前へ進んだ。きっと、これだけで何とかなると思っているのだろう。世の中、そう簡単なものでは無いと言うのに。


「次は、学級委員などを決めていくよ、やりたいものがあったら言ってね!」


 そうして、自己紹介が終わった後、担任はまるで楽しいイベントでも始めるかのように言った。

 学級委員? 名前を聞いただけで、眠気が背中を撫でてくる。


「通年なのは、生徒会と風紀委員と図書委員。学期ごとなのが、委員長や保健委員、数理、英国、家庭科の委員に、美化委員と体育委員だよー。どれもクラスを支える大事なお仕事だから、興味があったら遠慮なく言ってね!」


 担任がそう言った後、クラスメイト達はざわついて、近くの人たちと話し始めた。

 これがしたいだの、これは嫌だの、誰が向いてるだの――そんなつまらない会話でさえ楽しいのか、笑顔を浮かべて話している人が多く、理解に苦しむ。


(よくそんなことで盛り上がれるね……)


 私は頬杖をついたまま、机の端を指でトントンと叩いた。その小さな音だけが、私の退屈と苛立ちを代弁してくれているようだった。


「じゃあ、決まったかな? やりたい委員のところに名前を書きに来て」


 担任の言葉と同時に、クラスメイト達が一気に白板へと押し寄せた。まるで、そこに行けば何か楽しいことが待っているとでも思っているみたいに。

 白板が無数の名前で埋められていく。ただし、それは学期ごとの委員ばかりで、通年の生徒会や風紀委員をやろうとする人はいない。


(まあ、そうだよね。誰も好き好んで一年中拘束されたいなんて思わないか)


 私は頬杖をついたまま、ただその光景を眺めていた。

 前の方では、誰かが「じゃあ私、美化でいいや」とか、「体育委員って何するの?」なんて言いながら笑っている。


「まだ生徒会と風紀委員が埋まってないけど、誰かやってみない?」


 担任が、困ったよぅにクラスメイト達に呼び掛けた。

 けれど、みんなは、その役目を互いに押し付け合おうとして、誰も立候補しない。


 「えー、生徒会とか絶対無理」「風紀とか怖そうじゃん」「一年からやる人いるの?」


 そんな声があちこちから聞こえてくる。

 笑いながら、軽口を叩きながら、誰も前に出ようとしない。


 そして――


「誰でもいいんだよ。やってみたいって気持ちが少しでもあるなら、それだけで十分だからね。失敗しても全然大丈夫。先生もクラスのみんなも、ちゃんと支えるから――あっ」


 担任の言葉が止まった。

 それは――私が手を挙げたからだ。


「黒瀬、さん……?」

「私が生徒会をやります。他に立候補者がいないんで、これで決定ですよね」


 担任の目が、ほんの一瞬だけ大きく見開かれた。

 驚きというより、理解が追いついていないような、そんな表情。


 教室の空気が、ざわりと揺れた。


「えっ、生徒会……?」「黒瀬さんが?」「マジで?」


 担任だけではない。クラスメイト全員が驚いて、私の方を見る。

 その視線は、金色の髪や耳についているピアスに向けられていて、こんな人が生徒会をやって大丈夫なのかと、言葉にせずとも視線だけで、十分語っていた。


「黒瀬さん、生徒会だよ。分かってる……?」

「分かってますよ」

「え、でも――」

「誰でもいいって言いましたよね。せんせぇ?」


 その言葉を口にした瞬間、教室の空気がぴん、と張り詰めた。

 担任が何か言おうと、口をぱくぱくと動かしていたが、言葉にならない。誰でもいいと言ったのはそっちなんだ、私はその言葉に従っただけ。何も悪いことをしていないし、何も間違っちゃない。


「それとも、先生は、さっきの言葉を取り消すんですか? 取り消すのなら、早めにしてくださいよ。わたしは、自分の発言に責任を取れない大人ですって」

「それは……」

「言わないんですか、それなら私で決定ですね」

「――ッ」


 担任の喉が、小さく震えた。

 言い返そうとして、でも言葉が出てこない。その沈黙が、教室全体にじわりと広がっていく。


 ざわ……と、誰かが息を呑む音。

 誰かが椅子を引く音。誰かが友達の袖をつまんで、目だけで、やばくない?と伝えている。


「つ、次は、風紀委員になりたい人……」


 担任は、明らかに動揺を隠しきれない声でそう言った。

 さっきまでの明るさはどこにもない。声の端が震えていて、喉の奥で言葉がつっかえているのが分かる。


 教室の空気は、まだ張り詰めたままだった。誰も笑わない。誰も軽口を叩かない。

 さっきまでの普通のクラスのざわめきは、跡形もなく消えていた。

 

(ははっ、楽しいなぁ)


 さっきまでの笑い声が跡形もなく消えて、空気がひんやりと沈んでいく。その中心に自分がいると思うと、胸の奥がじわりと熱を帯びた。

 性格が悪い? そんなこと、ずっと前から自覚している。

 でも、これは仕方が無いんだよ。良い子では、幸せになれないんだからさ。

 

(それに、アイツに喧嘩を売りたいしね)


 入学式で、私に優しさを向けて来た、あの生徒会の奴。その優しい視線を、触れたら壊れるものほど、踏みにじりたくなる。


(あぁ、楽しみだよ。ほんと)


 担任はまだ震えた声で風紀委員を募っている。

 誰も手を挙げない。誰も動かない。

 その沈黙の中心にいるのが自分だと思うと、胸の奥がじんわりと熱くなる。


(さあ、どうするの。次は誰が困るのかな)


 私は頬杖をついたまま、ゆっくりと笑った。

 誰にも見えないくらい、小さく。でも、確かにそこにあった。


 


 

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