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嫌われ者と生徒会長  作者: 月星 星成


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1/7

一話

「よし、これでいいか」


 鏡に映るのは、皺が一つもついていない制服を着た少女。

 顎下まで伸びた髪は淡い金色に染めてあり、耳には小さなピアスが光っている。本当はどちらも校則違反だ。入学前の説明でも、しつこいほど注意されていた。


 けれど――


「はっ、どうでもいいでしょ。そんなこと」


 吐き捨てるように言って、わざと乱暴に前髪をかき上げる。鏡の中の自分が、少しだけ意地悪そうに笑って見えた。

 校則なんて守る気はない。周りがどう思おうと知ったことじゃない。

 むしろ、勝手に勘違いして、勝手に距離を置いてくれればいい。


 制服の襟を整えながら、わざと不機嫌そうな顔を作る。

 その表情が、妙にしっくりきた。


「はいはい、これで十分」


 誰に向けたわけでもない言葉を残して、少女は玄関へ向かった。

 金色の髪が揺れ、ピアスが小さく鳴る。


 その音だけが、やけに静かな朝に響いた。






「――ということで、高校生になったという自覚を持ち……」


 入学式で、壇上の教師が延々と話している。体育館の空気は重く、湿っていて、眠気を誘うほど退屈だった。

 質実剛健だの、親愛包容だの、聞き慣れない四字熟語が並ぶたびに、周囲の生徒たちが微妙に姿勢を正す。


(はいはい、ご立派ですね)


 けれど、私は心の中でだけ、薄く笑った。

 どうせ、この校長は性善説でも唱えているのだろう。だから、こんなことがすらすらと言える。でもね、人間の本質は悪なんだよ。どれだけ頑張っても、結局、誰かが誰かを傷つけるだけ。


 そんな現実から目を逸らして、綺麗事をすらすらと唱え続けるのは、ただ自分で気持ちよくなってるだけ。自慰と何にも変わらない。


(言ってて恥ずかしくないのかな)


 そんなことを思いながら、私は天井の鉄骨をぼんやりと眺めた。

 校長の声は相変わらず単調で、体育館の空気に溶けていく。周囲の生徒たちは真面目な顔をしているけれど、その視線の端がときどきこちらに向くのを、わたしは見逃さなかった。


 金色の髪。

 ピアス。

 着崩した制服。


 そのどれかに引っかかって、ちらりと見ては、すぐに目をそらす。人間は普通からかけ離れているモノを嫌い、排除しようとする。

 だが、普通とはなんだ? 全くの同じ人間など、この世に存在しない。人々は違いだらけであり、一人一人が特別なのだ。なのに、彼らは普通という幻想を生み出し、それで人を縛っている。


(ほんと、気持ち悪い)


 私は視線を前に戻しながら、心の中でだけ淡々と吐き捨てた。

 校長の声はまだ続いている。立派な言葉を積み上げ、まるでそれが世界の正解であるかのように語っている。

 周囲の生徒たちは律儀に姿勢を正し、真面目な顔をしているが、その奥にあるのは理解でも共感でもなく、ただ従っていれば安心という表情だ。


 いずれ……それが正義という名の同調へと変わり、きっと――


(ちっ、いらないことを思い出した。これ以上聞いてもどうしようもないし、寝ようかな)


 私はわざと大きく息を吐き、背もたれに体重を預けた。

 校長の声はまだ続いているが、もう耳に入ってこない。体育館の空気は相変わらず重く、湿っていて、まるで時間だけが無駄に積み重なっていくようだった。


 そんな時、その視線の中に、一つだけ、妙に刺さるものがあった。ほかの生徒みたいに、ただ金髪だから見る──そういう軽いものではない。

 私に対して寄り添おうとしてくるような、私が最も嫌いな優しい視線。


(誰?)


 周りを見渡す。けれど、その優しい視線の主は、すぐには見つからなかった。

 同級生じゃない。こんな視線を向けてくるのは、もっと別――上級生の席にいるかもしれない。

 そして――


(いた、アイツが――)


 私に視線を向けてきた人物と目が合った。そいつは、いかにも優等生ですと言わんばかりの見た目をしていた。

 真っ直ぐな背筋。整えられた前髪。胸元には、上級生の証であるリボン。そして――ただの上級生ではないことを示す、きらりと光る生徒会章。

 そして、その瞳は、どうしようもなく柔らかかった。


 私の金髪も、ピアスも、着崩した制服も、全部見た上で、私に対して、敵意や悪意のような物を向けてこない。

 向けてくるのは、私のことを理解しようとする優しさだけ。気持ち悪い、こんな誰に対しても優しさを向ける奴が、腹の奥そこからぐつぐつとしたものが沸き上がり、吐きそうになって来る。

 

(やめろよ……そういうの、ほんと嫌いなんだって)

 

 睨みつけるように視線を返しても、その上級生は怯むどころか、むしろわずかに目元を和らげた。

 その優しさが、本物なのか嘘なのか、私には判別できない。どちらにせよ、こういう勝手に寄り添ってくる目が、より私を不快にさせる。


「ちっ」


 思わず舌打ちをしてしまう。そのせいで、前後左右のクラスメイトが、驚いたようにこっちを見てくるが、あの視線に比べたら、少しも気にならなかった。


(まあいいや、無視しよう。どうすることも出来ないし)


 私は、瞼を閉じた。

 校長の声も、体育館のざわめきも、さっきの上級生の気配さえも、全部遠ざけるように。







 瞼の裏がじわりと熱を帯びた。

 その瞬間、押し込めていた声が、勝手に蘇る。

 

『お前が、あんなことをしなければ! ■■は、■■■かっただぞ! この、■■■!!』

『せんせー、コイツがやったんですよ!』

『なんで、こんなことをしてしまったの? 怒らないからちゃんと言って』


 全部嫌いだ。全部、全部……

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