47話
「どんなピアスがいいんですか?」
「な――」
「何でもいいんですね。……めんどくさい」
「あはは……わたしのこと、かなり理解しているね」
わかってはいたことだけど、雪乃先輩には好みと言う物が無いらしい。
どうせなら、雪乃先輩の好みに合うピアスを送ろうとしていたけど、この調子だと、私が選んだものであれば、どんなピアスであっても喜びそうだ。
(はぁ、これだから、好みが無い人は厄介なんだよなぁ)
私も、雪乃先輩に対して文句を言えないほど好みの無い人間なのだが、そんなことは棚に上げて、ため息を吐いた。
「テストも終わったんだし、人助け以外に好きな物や好きなことを見つけたらどうですか?」
「澪ちゃんも一緒ならいいよ」
「……わかりましたよ、一緒に見つけましょう」
どうやら、好きな食べ物だけじゃなくて、他のものまで一緒に好きな物を見つけることになってしまった。
まぁ、それは雪乃先輩と一緒に入れる時間があるってことでもあるから、胸の奥が少しだけ温かくなってしまったのだが。
そんな気持ちからは目を逸らして、私はガラスの中にあるピアスを見ていった。
それら、無駄に輝いて、無駄に高そうなピアスばかりで、雪乃先輩に似合わなさそうな雰囲気がある。
(なんか、これをつけてる雪乃先輩は遠くに行ってしまうような気がする)
雪乃先輩の良さは、いろんな人に寄り添うことが出来ることだ。
なのに、無駄に高そうなピアスをつけてしまうと、元々の美貌もあってか別世界の人間のように感じられると思う。
私は雪乃先輩の良さを知っているから、そうなっても別にいいんだけど、他の人に雪乃先輩の良さが理解されないのは、納得できない。
めんどくさいよね。雪乃先輩が他の人と仲良くすることすら耐えられないのに、雪乃先輩の良さを他人に理解されないのは、もっと耐えられないなんて。
「別に高い物じゃなくていいんだよ。それに、あまりにも高い物を渡されると、ちょっと気後れしちゃうって言うか……」
「……はぁ、わかりましたよ」
雪乃先輩は立派な人なんだから、立派なピアスをつけてほしいなと思っていたけれど、そのせいで雪乃先輩の良さが隠れてしまうのなら本末転倒だ。
それに、世間一般の認識が雪乃先輩に追いついていないだけなんだから、値段や流行りなんて気にする必要もない。
「こういうのって、どうやって選ぶんでしょうね。雪乃先輩は知ってますか?」
「ううん、アクセサリーなんて初めてだし」
「……そ、そうですか」
雪乃先輩は、何事も無いように言うが、私はその言葉のせいで心臓が跳ねあがって、手に汗がにじんでしまう。
耳たぶに穴が無いから、ピアス系が初めてなことは予想できていたが、他のアクセサリーも付けたことが無いなんて思ってもいなかった。
中学生の時からピアスをつけたり、髪を染めたりしていたせいで、感覚がずれている部分もあったのかもしれないけど、雪乃先輩の初めてという言葉は、思っていた以上に胸に刺さった。
「責任、重大ですね……」
もしかしたら、私が選んだピアスによって、雪乃先輩がこれからつけるアクセサリーの傾向が決まるかもしれない。
そう思ってしまうと、この選択が未来の雪乃先輩を形作るような気がして、ちょっとだけ気が引けてしまう。
でも、それと同時に、雪乃先輩の初めてを貰えることに心が震えた。
真っ白な紙に、黒い線を書き込んだ時のような、達成感が身体を包み、嬉しさのような物も心に宿った。
(ははっ、一生……覚えてくれるのかな?)
初めてが私であるのなら、雪乃先輩がアクセサリーをつける度、私のことを思い出してくれるかもしれない。
私のことを見捨てたのなら、罪悪感でずっと苦しんでくれるだろうし、その時も私と一緒に居るのなら、きっといい思い出として微笑んでくれるはずだ。
「そ、そこまで気負わなくていいんだよ」
雪乃先輩が少し慌てた様子で私に話しかけてきたが、それは私の心に届かなかった。
雪乃先輩がどう思ったとしても、永遠に私の存在を忘れさせないように、雪乃先輩の心と身体に刻む重要なことなんだ。
気負ってしまうのも、仕方がないでしょ。
「そんなことを言うんだったら、ちょっとくらいは好みの物を言ってくれるとありがたいんですけどねー」
「うっ、それはそうだけど……」
「まぁ、見た目はともかくどの種類は決めておきましょうか。ほら、このスタッドピアスとかはどうですか?」
雪乃先輩の見た目は、派手でも地味でもなくて、どこに置いても馴染むような柔らかさがある。
だからこそ、余計な飾りがついているものより、こういう小さくて控えめなものの方が似合うと思った。
「あ、それはいいかも。公民館で子供と遊んだりすることもあるから、引っ掛かる可能性があるピアスは危ないし」
「じ、実用的ですね……」
好きな物とかがあるような人じゃないから、見た目以外の評価もするのかなって思っていたけれど、まさか子供たちと遊ぶ時のことを考えるとは……私でも、予想できなかったよ。
とはいえ、これでどの種類のピアスを送るのかは決まった。
あとは、どのピアスを送るか、だ。
「あ、このパンフレッドを参考にしてみたら?」
「……雪乃先輩が決めたらいいじゃないですか」
「だって、澪ちゃんが選んでくれるから、つけたいなって思えるんだよ」
聞いているだけで恥ずかしくなるようなことを、雪乃先輩は躊躇わずに言ってくる。……この人たらし。どうせ、私以外にもこんなことを言ってるんでしょ。
そんなことを思いながら、私は周りを見渡して良さそうなピアスを探していった。
雪乃先輩が持ってきたパンフレットは、癪だから使わない。あんなものに頼ったら、私が選んだ意味が薄れてしまう気がしたから。
(……雪乃先輩の初めてなんだから、ちゃんと私が決めないと)
ガラスケースの中だけではなく、壁際の棚や、奥のディスプレイにも目を向けていく。
どれも綺麗で、どれもそれなりに魅力があるけれど、雪乃先輩につけてほしいと思えるものは意外と少ない。
けれど――その中で、ひとつだけ光り方の違う石があった。
透明に近い白い石が、照明を受けて淡く青く光る。
月長石――ムーンストーン、と書かれた小さな札が横に置かれている。
(……これ、いいかも)
派手じゃない。
でも、光を反射して淡い青色で光るところが、温かくて優しくて、雪乃先輩に似ている気がした。
「澪ちゃん、何か見つかった?」
すぐ横から声がして、心臓が跳ねる。
振り返ると、雪乃先輩が覗き込むようにして私を見ていた。
「これ、どうだと思います?」
「きれい……すごくいいと思うよ」
「あ、雪乃先輩の発言は当てにならないんだった」
「ちょっと!?」
雪乃先輩が抗議してくるが、好きな食べ物すら言えないし、何より私が選んだピアスなら何でもいいと言っていた人だ。参考になるはずもない。
でも、私はこれがいいと思った。
雪乃先輩の顔に、いちばん似合うのはこれだと、理由もなく確信していた。
「月長石……ムーンストーン……へぇ、パンフレッドに意味とか書かれているけど、読んでみる?」
「いりません。これは、私と雪乃先輩にしか関係なくて、第三者の意見なんて不要ですから」
「そっか。なら、しまうね」
雪乃先輩は、パンフレットをそっと閉じてバッグにしまった。
石の意味なんてどうでもいい。私はこれがいいと思った。雪乃先輩は私が選んだという部分で喜んでくれる。なら、それだけで十分だ。
「これに決めたので、買ってきます。雪乃先輩は外で待っててください」
私はムーンストーンのピアスを手に持って、雪乃先輩に話しかけた。
値段は八千円くらい。決して安くはないけれど、これで雪乃先輩に忘れられなくなるのなら、あまりにも安い投資だ。
雪乃先輩は一瞬だけ驚いたように目を瞬かせて、それからふわりと笑った。
その笑顔が、胸の奥にじんと残る。
「いや、一緒にレジに向かうよ。そっちの方が、忘れられない約束って感じがしない?」
雪乃先輩が、私のピアスを持ってない方の手を握って来る。
その手は温かくて、頬が熱くなってくるような気がする。
「……勝手にしてください」
そう言いながらも、手を振りほどくことはできなかった。
指先に伝わる体温が、妙に落ち着かなくて、でも嫌じゃなくて……強がろうとしてるけど、目を少しだけ逸らしてしまう。
レジへと向かう。
雪乃先輩は、私の横で小さく笑っていた。その笑顔が、今日のどの光よりも眩しく見えた。




