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嫌われ者と生徒会長〜誰にも心を開かなかった私を、生徒会長はなぜか見捨ててくれない〜  作者: 月星 星成
第二章

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45話

「よく似合ってるね。今のままでも可愛いけど、もっと可愛くなったよ」

「……もうそろそろ、終わりませんか?」


 あの後、もう数える気が起きないほどの服を試着させられた。

 しかも、新しい服を着る度に、雪乃先輩から褒めたたえられるせいで、頬が熱くなってしまっており、試着室の中にある鏡で私の顔を見たら、まるでトマトみたいに顔が赤くなってしまっていた。


(うぅ……いつまで続くの、これ?)


 可愛いって言われた経験なんて、私にはほとんどないんだ。

 だから、こうなっても仕方が無いし、いつまでたっても慣れてくれない。

 

 それに、雪乃先輩が私を褒める時は、しっかり私の目を見て褒めるせいで、それが建前でもなく、心の底から思っているということがわかってしまい、だから余計に、逃げ場がなかった。


「澪ちゃん、次これね。絶対似合うと思う」

「……もう、ほんとに終わりにしませんか」


 情けないくらい弱い声が出た。

 雪乃先輩は一瞬だけ目を丸くして、それからふっと笑う。


「そう? まだ似合いそうな服あるけど」

「着なくていいです。……これが気に入ったんで、他の服は買いません」

「えー、似合ってたのに」


 うるさい、どうせ今日選んでもらった服を着ているのがバレたら、雪乃先輩は絶対にうざいと思うほど喜ぶじゃんんか。

 せっかく選んでもらったのだから、一着くらいは買うけど、出来るだけ買いたくない。


「じゃ、買ってきます。金は私が出すので、気にしないでくださいね」


 そうして、私は最初に着た黒を基調にしたシンプルなノースリーブを持って、レジの方へと向かった。

 絶対に落とさないように、両腕で抱えながら。





「ちょっと早いんですけど、昼食にしませんか?」

「確かに、並ぶかもしれないから、早めに行くのもいいかもね」


 まだ時刻は十一時半くらい。予定では、もう少し後に昼食をとるつもりだったけど、今から他の場所に行ってしまうと、昼食の時間がかなり遅れてしまいそうだから、臨機応変に予定を変えることにした。


「澪ちゃんって、予定をどんな風に組んでたの?」

「ああ、一応数分単位で予定を立ててましたよ。でも、想像通りに物事が進むことなんてあり得ないんで、余分に時間を取ってますし、予定から外れた行動をとることに抵抗はありません」


 実際、服屋に居すぎたせいで、予定よりも遅れてしまっている。

 でも、出来ないことは諦めて、昼食を優先するのが一番合理的だ。

 

「へぇ……なんか澪ちゃんらしいね」

「らしいってなんですか」

「ちゃんと考えてるのに、ちゃんと崩す余裕もあるところ」

「褒めてるんですか、それ」

「もちろん」


 らしいって、何なのだろうか? 私と雪乃先輩は、どこまで行っても他人なんだから、私がどう思っているのか、どう感じているかなんてわかるはずがない。

 そして、わからないものがある以上、黒瀬 澪の本当の姿を雪乃先輩が理解することは出来ないだろう。


 だから、『らしい』というのは、雪乃先輩が思う『黒瀬 澪』らしいだけで、『私』らしいということにはならない。

 だから、本当の意味で信用できるのは、自分自身だけしかないんだ。


「澪ちゃんは何を食べたいの?」

「食べれるなら何でもいいです。私の気分を聞くよりも、食べたい物を言ってください」


 ただ、それは私にも当てはまる。

 私も、雪乃先輩が何を考えているのかはわからないし、何を思っているのかすべて理解できるわけではない。


 私と違って、雪乃先輩は思っていることを言葉で伝えてくれることが多いし、行動と照らし合わせてみれば、それらが嘘ではないってことはわかるけど、それでも……まだ『信用したい人』であって、『信用できる人』になったわけでない。


「食べたい物かぁ……。うーん、やっぱり――」

「雪乃先輩が食べたいって思った物しか食べませんから」

「あはは……食べたい物って、難しいよね」


 だから、私は雪乃先輩のことを知りたいなと思った。

 服屋に行っても、雪乃先輩は私の服だけを見ていたし、こうして自分の食べたい物すら言ってくれない。


 もちろん、思っていることとかは話してくれるんだけど、趣味とか好きな物とかは知らないままで、人間味が感じられない。

 そのせいで、私の中の雪乃先輩がはっきりとした形を持たず、輪郭だけがぼやけているようで、落ち着かなかった。


「……雪乃先輩って、何が好きなんですか?」

「好きって、食べ物のこと?」

「はい」


 雪乃先輩は、手を顎に当てて少しだけ考え込んだ。

 その仕草が妙に静かで、さっきまでの軽さとは違って見える。


「好きな食べ物、かぁ……」


 ぽつりと呟いて、視線を上に向ける。


「澪ちゃんは何が好きなの?」

「同じものを言うつもりですか?」

「さすがにバレるよね……」

 

 ほら見ろ。自分のことになると、こうして話を逸らそうとする。

 ボランティア活動をしているのも、結局は他人のためだし、生徒会長をやってるのも、どうせ他人のためなんだろう。


 他人のため、他人のため。雪乃先輩が楽しんだり、好きだと思うようなことは、全部他人に何かを出来ていた時だけであり、こうして自分だけしか関わることが出来ない物には好きが無い。

 そんなの、聖女でも、聖人でも、女神でもない。ただの、他人のためにしか稼働できないロボットだ。


(だから、嫌なんだよね……)


 もし、私のことを助ける必要が無くなった時、雪乃先輩が私のことを捨てないと保証することは出来ない。

 なにせ、ここまで他人のためにしか動くことが出来ないロボットなのだ。私を助け終わったら、また別の人を助けに行ってしまうだろう。……それも、合理的に、効率的に。


 そんなことをされてしまったら、きっと私は耐えられない。

 ずっと私に寄り添ってきて、何度も私の心に触れようとしてきたんだ。私はもう、雪乃先輩に浸食されてしまって、彼女がいなくなったら……本物の空っぽになってしまう。


「うーん、何が好きなんだろう。わたし」


 出来ることなら、雪乃先輩を捕まえて、ずっと私の側に置いておきたい。

 でも、雪乃先輩は私の思い通りになってくれないから、きっとどこか遠くへ旅立ってしまう。


 だから、雪乃先輩の意志で私の側にいることでしか、私達は一緒に居られないんだ。


「あのさ……本当に参考にするだけだから、澪ちゃんの好きな食べ物を教えてくれない?」

「参考に、ですか?」

「うん、どうしても思いつかなくて」


 馬鹿じゃないの。他人の好きな物が参考になるわけないじゃんか。

 けれど、それは私の考えだ。もしかしたら、雪乃先輩にとって、それはかなり参考になるものかもしれない。

 同じ人間だからと言って、思考回路まで同じとは限らないんだから、そういう事もあるだろう。

 

「参考にするだけならいいですよ。私の好きな食べ物は……」


 が、言葉が続かなかった。

 好きな食べ物、たったそれだけを連想しようとしたのに、なにも思い浮かばない。


「……」

「あれ? 澪ちゃんも無いの?」

「……うるさい」


……どうやら、それは私も同じだったようだ。

 しいて言うなら、お母さんの料理が好きだったことは覚えているが、もう食べることは出来ないし、好きだったことしか覚えてなくて、味はもう……思い出せない。


「好きな食べ物なんて、何でもいいじゃないですか。さっさと雪乃先輩の好きな食べ物を教えてください」

「その理論なら、わたしの好きな食べ物もなんでもいいんじゃない?」

「私がいいだけで、雪乃先輩は駄目なんです」

「……理不尽だね」


 人生の中で、理不尽なことに直面することは、数えきれないほどあるんだから、この程度の理不尽に文句を言わないでほしい。


 すると――


「じゃあさ、一緒に好きな食べ物を見つけない?」


 雪乃先輩が、優しく微笑んできた。


「好きた食べ物を見つける、ですか?」

「うん。まだ五月、時間はたくさんあるんだから、二人で色んな食べ物を食べて、これが好きってものを見つけようよ」


 一緒に……か。それなら、悪くはない。

 だって、雪乃先輩と一緒に居ることができるということなんだから。


「一緒に、ならいいですよ」

「よし。それなら、まずは今日の昼食を決めよっか。何を食べたい?」

「……なんか、話が一周してませんか?」


 昼食を決めるだけなのに、何故かすごく遠回しして、また最初に戻ったような気がする。

 やっぱり、遠回りが最短の近道だったってのは嘘だったじゃん。


 とはいえ、今の話が無駄だったわけではない。

 たとえ、無価値な話だったとしても、私は雪乃先輩の新たな一面を知ることが出来たのだから、無意味では無かったんだ。

 

「はぁ、すぐそこにあるうどん屋にでも行きましょう。お互いに食べたい物なんて無いんですから、近くで並ばないところでいいですよね」

「うん、そうしよっか」


 雪乃先輩が軽く頷く。

 その仕草を見た瞬間、もうこれ以上考えるのが馬鹿らしくなった。


「……行きますよ」


 私は歩き出す。雪乃先輩は、当然のように隣へ並んだ。

 それだけで、十分だった。

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